イベント会場やスタジアムのトイレの前に長蛇の列ができる。これは「女性特有の悩み」だと思っていた。
ところが先日サウジアラビアで「TOURISE」という延べ来場者が9000人を超える旅行業界の世界的カンファレンスに参加した際、「男子トイレ」でこれを体験した。一方「女子トイレ」の外には行列などない。さて何が起こったのか?
男子トイレの外に長蛇の列。その驚きの理由とは?
ザッと見て2:1の割合で男性の来場者のほうが多かったことを考慮しても、おそらく日本では絶対に見られない現状である。
その理由は……男子トイレに小便用スペースがないのである。

つまり女子トイレ同様に「個室」が並ぶのみ。
それで来場者の数は男性が倍なのだから、当然男子トイレのほうが混雑する。
3日間通い詰めたこのカンファレンス会場だけの話ではない。大規模商業施設やホテルのロビー階でも男子トイレの小便用スペースがないのだ!
筆者はトラベルジャーナリストとして現在住んでいるオーストラリアや母国の日本以外、コロナ明けの2024年以来アラブ首長国連邦、ドイツ、オーストリア、スイス、フィンランド、ポーランド、チェコ、シンガポール、タヒチ、フィジー、カナダ、チリと世界各所を旅してきた。だが「男子トイレの小便用スペース」がないというのは初めての経験である。

こちらの男子トイレも「個室」が2つのみ。
一体どうしてなのだ? どうしてサウジアラビアにだけ「小便用スペース」がないのだ。トラベルジャーナリストからトイレジャーナリストに早変わりして、何人かのサウジアラビア人に聞いてみた。もちろん男性限定である。ところが。
「う~ん、生まれたときからこうだったので、どうしてと言われても……」
異口同音にそんな答えしか返ってこない。まあ考えてみればあたりまえだ。和式トイレしかなかった江戸時代の人に「どうしてここには洋式トイレがないのか?」と詰問すると同じである。
「小便用スペースがなくて不便だとは思わないんですか?」
「いや、生まれてこのかたこうだったので……」
まあ、聞くだけ野暮だった。
ちなみに4人に聞いたうちの2人は海外旅行の経験があり、「小便用スペースも設置されている男性用トイレ」にも入ったことがあるという。だが「やっぱりオシッコのときでも個室のほうに並びました」という。「三つ子の魂百まで」だ。
個室の中にあるシャワーノズル
さてそのサウジアラビアの男子トイレの個室の中に入ってみよう。
最近日本の家庭では男性も「座りション」が推奨されることが多い。便器に向かって立ったまま放尿した場合、飛沫があちこちに散るという衛生的な観点からである。
一方サウジアラビアのトイレでは別の「飛び散り問題」がある。それは「水」である。床が水でびしょびしょになっていることがままあるのだ。
さてその水はどこから来たのか。

それは個室にもれなく設置されている「シャワーノズル」からだ。
場合によっては便器の横に、「シャワーノズル」のみならず「ビデ」まで設置されているところも。つまり日本や欧米の個室の1.5~2倍ほどの広さ。スペース的には優雅である。
ただこのシャワーノズル、写真で設置されている位置を見ていただければわかるが、決して頭の上から全身を洗い流すためのものではない。「陰部、特におしり洗浄専用」なのだ。つまりは「大」をしたあとの。
うまいこと便器の中だけで洗浄する分にはまったく問題はない。むしろ清潔で素晴らしい。ところが中にはおしりの洗浄を苦手とする人がいるのか、床がまるで普通にシャワーした後のようにびしょびしょになっていることがある。
一見無色透明の水だ。シャンプーやボディーソープなどの泡もない。だがもちろんその水はシャンプーやボディーソープを洗い流したものではなく、「大」のあとのお尻を重点的に洗浄したものである。

ホテルの部屋のいわゆる「バスルーム」にもシャワーノズルはついている。
靴を履いている公共の場所ならまだしも、ホテルの部屋にある「バスルーム」では風呂やシャワーのために裸足でいることが多いと思うのだが……。
いくら無色透明に見えようが私はやっぱり不潔だと感じる。だがこれに関してもサウジアラビア人たちの答えは「生まれたときからこうだったから」である。
そこで一つ提案がある。日本の各メーカーのみなさん、今こそわが日本が誇る「温水洗浄便座」をサウジアラビアに売り込むべきではないだろうか。外に水を飛び散らすことなくお尻をきれいに洗え、歌手のマドンナを始めとする外国人アーティストやインバウンド客からも絶賛される日本が世界に誇るあの偉大なる機器を。
もちろん「生まれたときからこうだった」のサウジアラビア人には、最初はなかなか良さを理解してもらえないかもしれない。ただいっしょにTOURISEに参加した世界中を旅するジャーナリストたちに「日本の温水洗浄便座って知ってる? シャワーノズルじゃなくてあれを設置すればいいのに」とつぶやいたところ、多くの人たちから「まさにそう!」と激しく同意されたので、少なくともサウジアラビアを訪れる外国人からは喜ばれるはずである。
これは決して「便乗商法」ではない。
世界のトイレ問題あれこれ
最後にサウジアラビアに「便乗」して「海外トイレ事情」に触れておくことにしよう。
「海外のトイレに驚いた」という場合、通常は「あまり汚くて」か「あまり開放的で」だ。汚くてのほうはわざわざ描写する必要もないしすべきではないだろう。
開放的なほうは「個室なのにドアがない」とか「そもそも個室がない。大のほうも男性のオシッコ同様、その様子をまわりの人に見たり見られたりしながらする」というものが多い。主に中国方面からそういう話が聞かれる。

逆にグランピング施設などでは「抜群の開放感」を売りにしているところも(オーストラリア・ノーザンテリトリーのアーネムランドで撮影)。
また欧米やオセアニア全般に見られることだが「個室のドアや隣との壁の下の隙間が空きすぎ」なことに違和感を覚える人も多い。15センチメートルほどの隙間が空いていて、隣の個室にいる靴などが見えて、それで何か不都合があるわけではないがどうにも居心地が悪いと感じる日本人も多いだろう。
便座の位置が高く、日本とは数センチメートル異なることもある。日本ではかかともつけて着座できたのに、欧米ではつま先立ちならぬ「つま先座り」になり、「いきみづらい」という人もいるだろう。
高さでさらに深刻なのは「朝顔」、つまり男性用の小便器の位置も欧米は日本よりもかなり高い。おそらく10センチメートルくらいは違う。筆者は胴長短足だが身長は180センチメートルあるので問題はないが、日本人の中でも背が低めの人などはアレが朝顔の位置よりも下になり、かなり苦労するはずである。
もう1つ男性用の小便器の話をすると、特に筆者が住むオーストラリアでは個人用の「朝顔」がなく、「高さ60センチメートルくらいのところに奥行20センチメートルくらいの樋が渡されている」または「床に奥行30センチメートルくらいの溝がある」というパターンもある。後者の場合特に隣の人が排泄した尿の飛沫が自分の靴やズボンに跳ね返っているような気がして、ちょっと嫌な気分になることもある。

優に8畳はあろうかという広大なバスルームも落ち着かいものだ(オーストラリア・メルボルンで撮影)。
くだらない話だと片づけないでほしい。排泄は大切だ。
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住







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