お正月は、特別だ。初日の出を拝み、初詣に足を運び、「初」のつく行動を重ねることで、私たちは1年の区切りをつける。
しかし、その区切りが「1月1日」である必然性については、あまり考えたことがないかもしれない。なぜ、1年はこの日から始まるのだろうか。
実は世界には、1月1日を新年と考えない宗教や民族共同体が数多く存在する。年の始まりは、文化や暦によって驚くほど多様なのだ。
そもそも、私たちは「グレゴリオ暦」で暮らしている
私たちが日常的に使っている暦は、グレゴリオ暦と呼ばれるものだ。1年を365日として、4年に一度うるう年を設ける、いまや世界で最も広く使われている暦である。
このグレゴリオ暦が導入されたのは1582年。世界史でいえば大航海時代のただ中であり、ヨーロッパでは世界を横断する航海や交易が本格化していた時代だ。そうした背景のもと、ローマ教皇グレゴリウス13世が、それまで使われていたユリウス暦の誤差を修正する形で、この新しい暦を制定した。
グレゴリオ暦を日本が正式に採用したのは、1873年(明治6年)のこと。それまで日本では、月の満ち欠けを基準とする太陰太陽暦、いわゆる旧暦が使われていた。
当時の日本は、近代国家として欧米と外交や貿易を行ううえで、国際的に通用する暦を使う必要があったことに加え、暦の計算や行政運営を簡素化する狙いもあったようだ。その結果、明治5年は12月が2日で終わるという、少し不思議な出来事も起きた。
今年は2月17日から!中国のお正月「春節」
春節は、中国で新しい年の始まりを祝う、もっとも大きな節目のひとつだ。
中国では、旧暦、正確には太陰太陽暦にもとづいて暦が決められている。月の満ち欠けというわかりやすい指標を用いながら、季節のずれを防ぎ、農耕のリズムと暦を結びつける必要があったためだ。
今年の春節はグレゴリオ暦では2月17日にあたる。
この日を境に、中国では新しい年が始まる。都市部で働く人々が故郷へ戻り、家族とともに新年を迎えるため、この時期には世界最大級ともいわれる人の移動が起きる。
春節が単なる祝日ではなく、中国社会における「年の切り替わり」であることがよくわかる光景だ。
世界を見たら、毎月お正月がある
中国の春節だけが特別なのではない。
ちょっと調べてみただけでも、世界にはいくつもの「正月」があることがわかる。
月ごとに並べてみると、1年のどこかで、ほぼ毎月のように、どこかの地域が新しい年を迎えていることが感じられる。

自然や信仰、祝祭のリズムで決まる「年の始まり」
3月の春分の日を「年の始まり」とするイランや中央アジアの地域は、自然な区切りといえる。昼と夜が等しくなるという明確な節目は、暦の知識がなくても、自然そのものが「切り替わった」ことを示している。
また、イスラム暦は月の満ち欠けだけを基準にした太陰暦(1年は約354日)を採用しており、季節と連動せず、新年の時期が毎年少しずつずれていく。2026年は、グレゴリオ暦の6月16日「ごろ」が新年にあたると見込まれている。
この「ごろ」という幅をもった日付は、地域ごとの新月の観測によって、1〜2日ほど前後する可能性があるのだそうだ。
さらにインドでは、大きな祝祭「ディワリ」で1年を締めくくり、その翌日を新年と考える地域や共同体もある。ヒンドゥー暦に基づいているので、毎年日付が変わるが、2026年のディワリは11月8日。
光の祭典とも言われる「ディワリ」は、家や街をランプや灯りで飾り、心や暮らしを清め、豊かさや幸運を願うお祭り。この「ディワリ」で家や心を整えたあと、新しい年を始めるのだという。
特定の日付よりも、「きちんと祝って区切ること」そのものが、新年をつくっているように見える。
世界のどこかで、今日も新しい年が始まっている

理由はそれぞれ違うけれど、世界のあちこちで、人々は自分たちの暦に合わせて新年を迎えている。
もしかすると、今回見てきた範囲では見つけられなかっただけで、長い歴史の中には、5月や12月を年の始まりとしていた人たちも、どこかにいたのかもしれない。暦はいつも、人々の暮らしに沿うように、形を変えてきた。
私たちにとって当たり前の1月1日も、世界を見渡せば、数ある「年の始まり」のひとつにすぎない。それぞれの暦によって、それぞれの年の始まりがあり、自分たちのやり方で、新しい年を祝っている。
世界のどこかで、今日も誰かが新しい年を迎えている。そう思うと、少し前向きな気分になってくる。
取材・文/内山郁恵







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