アスリートを支える声援という名のエール。アスリートにとってそのエールが大きな原動力となる一方で、残念ながら応援の名のもとに誹謗中傷が起きてしまうこともある。そんな中で今、私たちができるアスリートファーストの応援とは——。
第7回は、パリ2024パラリンピック競技大会でシングルス・ダブルスともに金メダルを獲得した車いすテニスの上地結衣選手と考える。
上地結衣(かみじ・ゆい)
1994年兵庫県生まれ。プロ車いすテニス選手。14歳で日本ランク1位到達。2014年、全仏・全米で単複優勝。ダブルスは全豪と全英も併せ年間グランドスラムを達成(史上最年少)し、ギネス認定。同年世界ランク1位到達。パラリンピックでは2021年東京大会でシングルス銀、2024年パリ大会で単複金メダル獲得。
自然体の世界王者。その裏にある “言葉へ慎重さ”
上地結衣選手には、まず“距離の近さ”に驚かされる。
地元大阪の靭テニスセンター。大会中にもかかわらず、観客に呼ばれればふっと笑い、写真にも自然に応じ、しばらく談笑までしていた。現役の世界ランク1位、パラリンピック金メダリストにして、この柔らかさ。
「気軽に声をかけてもいい人に見えるんでしょうね。いまだに“ゆいちゃん”って呼んでくださる方も多いですし」
そう屈託なく笑う一方で、上地選手には“言葉への慎重さ”もある。
伝えたい言葉が、受け手にどう伝わるか。場合によっては、発した意図とは違って受け止められるかもしれない。 彼女がそんな意識を向けるようになるきっかけは、まだ14歳の時に訪れた。

「14歳で初めて日本一になった時、『来年またここに戻ってきたい』とスピーチしたんです。“この大会に”という意味だったのですが……」
テレビニュースは、こう字幕化した。
——来年またここ(表彰台)に戻ってきたい——
「10代前半の私は、怖いなって率直に思いました」
そこから、彼女は“言葉がどう伝わるか”に強く意識を向けるようになる。
「取材には中途半端な解釈でお答えしたくないので、質問の意図がわからなければ『今の質問、もう一度よろしいですか?』って聞くこともあります」
軽々しく答えない。疑って跳ね返すわけでもない。
その中間にあるのが、確かめる姿勢だ。相手がどういう考えでその言葉に至ったのか――ゆっくり、ていねいに確認していく。思い込みやすれ違いで、自分が、誰かが、傷つくことを防ぐ習慣は、上地選手と周囲の人々とのコミュニケーションを支える、大きな柱となっている。
受け止めて、活かして、関係が深まる
上地選手には、もう一つの特徴がある。言葉を受け止めたら、活かそうとすることだ。
「私の場合、いまだにたくさんアドバイスをいただくんですよ。地元の方とか、ご趣味でテニスをされている方からも」
トップ選手なら、部外者の助言はノイズにもなり得る。だが彼女はそこに価値を見出す。
「その方の考え方から出てくる意見だから、新鮮なんです。あ、そうだなと思えば実際に試してみますし、それでうまくいかなかった時は正直に『やってみたんですけど……』って、ご本人にフィードバックもしてみたり(笑)」
受け取る → 試す → 返す、この往復を面倒がらず、むしろ楽しむ。
「『そういう見方もあるんだ』って知れるのが楽しいんです」
言葉を通じて、相手の人柄や考え方に触れるプロセス自体が、上地選手にとって喜びになっている。
ブレない理由――一人で抱え込まない
ごく稀に、ネガティブな表現に触れる機会もある。だがそんな時も、彼女の周りには必ず誰かがいる。
「たとえどんな表現であっても、発せられた言葉には、絶対それなりの思いがあると思うんです。でも、100%受け入れる必要はないと思っています。
私は、誰かの言葉が自分の心に引っかかった時には、家族とか友達とか、テニスを全然知らない人にも聞いて確かめます。『こう言われて、自分はこう受け取ったんだけど、他の解釈ってある?』って。私だけがわからないわけじゃない、と確認できる時もあります」
“確かめる”ことを、自分一人の内側で閉じない。
他者にゆだねてみれば、「その言い方なら、こういう理由があるんじゃない?」「その人の立場だったら、そう言うしかなかったんじゃないの?」など、別の視点が返ってくる。
「意見を聞くと、『そうかもな』って思えるんですよね。それでスッと楽になります」
傷つかないのではない。強がっているのでもない。わからないまま抱え込まない。この静かな選択が、彼女をしなやかに支えると同時に、人を知るきっかけになっている。
「応援」は声よりも“雰囲気”。近い人ほど、その温度を感じ取れる
「実際に『勇気をもらっています』と言われると、嬉しいと同時に、自分としては好きなことをやらせてもらっていて、皆さんに支えてもらっていると思っているので、『自分でいいのかな』『勇気を与えられてるのかな』とも思ったり。むしろ感謝を伝えるのは自分の方だと思うんです。
その感謝を伝える方法は、プレーであり、結果を残すことだと思いますし、何かもっと方法があるんじゃないかなとも考えています」
自分のプレーや表現、振る舞いが、誰かに勇気を与えられているだろうか——。上地選手は応援という種を受け取っては、自己を高めるために水をやり続ける。
そんな彼女だからこそ、熱い応援がプレッシャーになることもない。
「たとえば、『頑張れ』と言われれば、『頑張ります。ありがとうございます』という気持ちが湧いてきます。頑張っている人に頑張れって言ったら失礼かなと気を遣ってくださるる方もいらっしゃいますが、その方なりのパワーの送り方だと私は捉えています。どんな言葉であっても、私をマイナスなイメージにさせようと思って言ってくださっているわけでは、絶対にないですから」
「それに、皆さんが楽しんで見てくださっているのが伝わると、それが本当に力になります」
上地選手にとって、応援とは、熱い声援や強い激励がすべてではない。
初めて車いすテニスを見た観客の驚き。対戦相手のファンからも送られる拍手。「あ、今年も来てくれたんだ」と気づく再会。観客が楽しそうにそこにいる――その雰囲気そのものが、彼女のパワーとなり、「次のラウンドも頑張りたい」という気持ちを呼び起こす。
愛情のある空気が後押しとなって、気持ちよくテニスコートを後にできる温かさ。上地選手はそれを、そっと“エール”として受け取っている。
そんな上地選手を勇気づける言葉とは?
和訳すると「最後にはすべてうまくいくよ。もしうまくいっていないなら、それはまだ終わりじゃないってことさ」。ビートルズのメンバー、ジョン・レノンの残した名言。現状がうまくいっていなくても、最終的にこのまま終わるわけじゃない——そんなジョンのささやきから、上地選手は希望を与えてもらっている。
最後に4つの一問一答!
Q 好きな音楽は?
globe
「いろんなジャンルの音楽が好きで一つに絞れないので……昔から聴いているglobeにします」
Q 元気の源は?
テニス用品を持たない海外旅行
「遠征の合間に1泊か2泊ぐらい、友達とよく旅行に行くんです。来週は韓国!冷麺大好き!」
Q 日々ポジティブでいるためのルーティンは?
人と話すこと
「話して発散する。やっぱり人と関わることが 好きなんです」
Q 今ハマっているトレンドは?
いいもの探し
「1個にハマるってことがないんですよ。あれもしたいこれもしたい。行きたい場所リストがスマホに溜まっていく一方。でも、そうやって楽しみを探すこと自体が楽しみなんですかね」
その道のりに、賞賛を
日本オリンピック委員会(JOC)と日本パラリンピック委員会(JPC)は、SNSの存在感がこれほどまでに大きくなったことを踏まえ、アスリート等に対する誹謗中傷対策の取り組みとして、アスリートや関係者が安心して競技に集中できる環境を整えるため啓発映像を制作し、各競技団体や関係機関の協力のもと、国内主要大会や各種イベント等で広く展開しています。
DIMEでは、第一線で活躍するアスリートとの対話を通じて、これからの“エールの在りか”を探っていきます。ぜひ今後もご注目ください。

協力/
JOC-日本オリンピック委員会
JPC-日本パラリンピック委員会
取材・文/江橋よしのり 撮影/高田啓矢 編集/髙栁 惠 写真/アフロスポーツ、長田洋平/アフロスポーツ、SportsPressJP/アフロ







DIME MAGAZINE


















