歌手の椎名林檎さんが今年3月から、13年ぶりにライブツアー「椎名林檎 党大会 令和八年列島巡回」を開催すると、昨年末発表した。
このツアーでは『音響に定評のあるホール』が厳選され、大阪のザ・シンフォニーホール、東京のすみだトリフォニーホールなど国内屈指の会場がその名を連ねているが、筆者が注目したのは山形県の「やまぎん県民ホール」だ。
我が故郷であり地元の誇り高き施設ではあるが、『音響に定評のあるホール』に選ばれたことは衝撃だった。しかも、あの椎名林檎サマが認めたホールという点においても意外としか思えない。
しかし調べてみると「やまぎん県民ホール」は、とんでもなく音にこだわるホールだった。
2001人を収容できる大空間ながら一粒一粒の音がクリアに響き、「奇跡の音が生まれる」と称される空間。音にこだわるサカナクションもライブを行い、山下達郎さんもホールを賞賛するほど。
「アーティストからは歌いやすい、演奏しやすいなどの声をいただいています。また、エンジニアからも客席内の反響は癖が無く調整しやすいとの声も多いです」
そう語るのは、やまぎん県民ホール副支配人の奥山心一朗さん。
東北の地で日本屈指の音響設備に恵まれたホールは一体なにが凄くて、なぜ音が良いのか?今回、副支配人の奥山心一朗さんと音響担当の山上陽太さんに話を聞いた。
――率直にお伺いします。やまぎん県民ホールの音響って何が凄いんでしょうか?
山上さん「複合的な要素があるかと思うんですが、まず一つは音の響き、残響時間にあると思います」
――残響時間とは?
「音が止まってからも壁などに反射して聴こえてくる音のことなんですが、このホールでは反響板設置時で1.9秒、非設置時でも1.6秒ほどの残響時間があります。これが絶妙で、長すぎず短すぎないラインで心地良い音を感じられるんです」
「たとえば、残響時間が長くなるとマイクの音が聞き取りにくくなりますし、逆に短いと生音が痩せてしまい、チープに聞こえてしまうことも。その点、やまぎん県民ホールは直接聴こえる音と壁や天井に跳ね返った一次反射音のバランスがとてもいい。ある程度の響きを得ながらも音の明瞭さを失わない所が大きな特長だと思います」
「加えて、低音の響きも豊かですし高音の伸びも素晴らしく、全国屈指の卓越した豊かな音響だと思いますね」
東北では屈指の収容人数を誇る大ホールながら、どの席で聞いてもクリアな音を堪能できる。それを実現しているのは、こだわりの設計にもある。
山上さん「天井は高く設計されていながらも、反射した音が客席のどこの席にいても聞こえるような曲面を合わせた設計になっています。また、壁は木材で凹凸やひさしを作ることによって反射音がマイルドになり、音が反射しすぎないように設計されているんです」
もちろん、防音面にも抜かりはない。
山上さん「大音量のPAシステムでもホールの外に音がほとんど漏れることが無いんです。駅前のホールなんですが、電車の音がホール内で聞こえることも無いですし空調ノイズも最低限に抑えられている。静穏性が求められるクラシックコンサートにおいても利用しやすいと思います」
そんな、やまぎん県民ホールは「プロセニアム形式」と「音響反射板形式」の両方に対応しているホールでもある。
プロセニアム形式とは、舞台を額縁のように切り取ることから「額縁舞台」と呼ばれることもあり、音楽ライブや演劇など様々な催事に対応できる。一方、音響反射板形式とはピアノやオーケストラなどの生演奏を客席に効果的に届けるための設備のことだ。
さらに、
山上さん「音響反射板形式では舞台間口が約20m、舞台奥間口約14m、奥行きが約12mあるため、そのままの状態でフルオーケストラが入る広さがあります。生音をより反響させて遠くの席からでも生音の迫力を感じやすい作りになっていることが魅力の一つだと思います」
「そして、プロセニアム形式では舞台と客席を分けるかまち部分から緞帳までの距離も比較的近いため、アーティストと観客の距離も近くなりやすく、より一体感が得られると思います」
奥山さん「また、正面の主舞台に加え、左右にも同程度の広さがある三面舞台に近い構造となっているのでオペラやバレエ、ミュージカルといった大型舞台公演も可能です」
「特に私たちはそのジャンルに力を入れており、これまで『SPY×FAMILY』『劇団四季 赤毛のアン』などのミュージカルをお届けしてきました。今年は、東京バレエ団『ねむれる森の美女』、『演奏会形式オペラシリーズIV【蝶々夫人】』などを予定しており、舞台芸術からエンタメまで幅広い観賞公演を楽しんでいただけると思っております」
音響と伝統文化の究極形とも言えるホールが山形に在る
やまぎん県民ホールの音響には、もう一つ大きな特徴がある。
それは、楽器の音をマイクで拾ってスピーカーから出力するPAシステムと生音、そのどちらでも最高の音を届けられることだ。これが凄い。
山上さん「PA音重視のホールと生音重視のホールでは基本的に目指す方向性は真逆になることが多いんです。というのも、PA重視のホールは客席内に響かないものが多く、スピーカーの音だけがダイレクトに届く。そのため、演者が意図した音をスピーカーからそのまま観客に聞かせることができます」
「逆に生音重視のホールでは空間に響きがないと楽器の直接音しか観客に届かないため、音の豊かさや音に包まれるような感覚が得にくくなるんです。しかし、やまぎん県民ホールはホールの響きがとてもよく計算されており、どちらの音でも過不足なく響く。豊かな響きとダイレクトに伝わる音を兼ね備えた設計になっていると感じます」
ホールを訪れた際には音の響きを実際に体感していただきたいのだが、加えて、館内で目にする山形県産の自然と伝統技術にも注目してほしい。
大ホールを始め施設全体には山形県産の木材が使用され、大ホールの緞帳やロビーのカーペットは山辺町の世界的カーペットメーカー「オリエンタルカーペット」の製作。これは、皇居や迎賓館、バチカン宮殿でも採用されている逸品だ。
そして、客席の椅子は天童木工により美しい曲線美を実現し、座面のオリジナル生地には米沢織物の技法が用いられている。
ちなみに、天童木工が手掛けた椅子はサカナクションの山口一郎さんが「座り心地が最高」と称したほど。2年前には山口さんと天童木工とのコラボアイテム『YIスツール』も販売された。
また、昨年末でコールドスリープ(活動休止)に入ることを宣言したPerfumeのかしゆかさんも天童木工とコラボするなど、日本を代表する家具メーカーとして注目されている。
山形県各地の誇りを詰め込んだ施設は、まさに山形オールスターの競演。ホールとしての役割を超えた、伝統工芸と文化の究極形とも言えよう。
今後、「やまぎん県民ホール」はいかに進化していくのか?最後に副支配人の奥山さんに展望を聞いた。
「お客様から意見や感想などをいただき、また機材の利用実績や要望などもお聞きしつつ、改善できる点はどんどん改善していきたいと思っています」
「現在も色々ともっとこうしてほしいという声は頂いているので、劇場側で話し合っている最中です。全国の人に東北で何かするならやまぎん県民ホールと答えていただけるようにするのが目標です」
取材協力
やまぎん県民ホール
文/太田ポーシャ
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