一見するとチョコレートだが、その商品は「飲まないコーヒー」と例えられる。例年、秋冬の期間限定販売ながら、発売が始まるや否や買い求める人が殺到。用意した分がすぐに売り切れることも珍しくない。
その商品はUCC上島珈琲の『YOINED(ヨインド)』。基本的には同社公式オンラインストアと直営店でのみの販売だが、2026年1月17日から2月14月の期間限定で、近鉄百貨店本店で開催されるバレンタインフェアでも販売される。
『YOINED』は口当たりはチョコレートを思わせるが、香りと味はコーヒーそのもの。それもそのはず、カカオ豆はいっさい使われておらず、コーヒー豆が使われている。
コーヒーの豊かな香りは口の中に広がると同時に、鼻に抜けていく。商品名の『YOINED』は、コーヒーの味と香りが長く強く続き、余韻を楽しめるところからきている。
何とも不思議な食べ物だが、それだけに誕生の経緯が気になるところ。『YOINED』のブランドマネージャーを務めるUCCジャパンの小坂朋代さん(サステナビリティ経営推進本部EC推進室 室長)に、『YOINED』誕生までの歩みや楽しみ方などについて話を伺った。
20年の研究から生まれた、コーヒーの味と香りをムダにしない技術
「もともと食べるためにつくろうと思っていたわけではなく、コーヒーの香りや味を全部いただくにはどうすればいいか? という研究者の興味から始まったことです」
『YOINED』の開発経緯を尋ねたところ、小坂さんはこんなことを明かしてくれた。この研究は20年間、多くの研究者に受け継がれていき、2021年に特許を取得(特許第6849552号)。担当した研究者の中には、あまりにも悩みすぎて電柱に頭をぶつけしまい救急車で病院に運ばれた人もいたという。
開発時は「不味い」「香りが良くない」「舌触りがザラザラする」などといった課題に直面した。しかし、これらの課題を打開する2つのヒントは、意外と身近なところにあった。
第1のヒントは、UCC独自の『アロマフリージング製法』。焙煎直後のコーヒー豆に冷気を吹きかけ、コーヒーの香りを含んだ冷気を循環させてコーヒー豆を冷やすことによって香り高いコーヒー製品をつくるものだが、ここから、コーヒー豆を凍結させてから粉砕すれば豊かな香りを届けることができるのでは?と仮説を立てた。
第2のヒントは、チョコレート。チョコレートの原料であるカカオ豆とコーヒー豆は生産されている地域や栽培されている環境が似ている。この類似性に着目し、チョコレートをつくる工程にカカオ豆ではなくコーヒー豆を当てはめてみることを着想した。
2つのヒントから、焙煎したコーヒー豆をそのまま粉砕し香りを新鮮なまま閉じ込める技術に道筋をつけることができた。また、コーヒーの香りを保持するために、コーヒー豆から抽出できるコーヒーオイルを活用。0.02µmと細かく粉砕してできたコーヒーの粉をコーヒーオイルや植物油脂でコーティングすることで、香りを保持することにした。
「レトロネーザルアロマ」から導かれた「余韻の体験」という提供価値
特許技術を用いて商品を開発することが決まったのは2022年。11月にプロジェクトが立ち上がった。
小坂さんはUCCに入社以来、EC関連の仕事を担当してきたが、現在の上司で当時UCC上島珈琲の副社長から開発担当を持ちかけられたことから、はじめて商品開発に携わることになった。
プロジェクト開始から約2か月かけて実施したのが、提供価値の検討。提供価値に基づき、形状や包装など商品の仕様に関するありとあらゆることを決めていくことにした。
検討の末に決めた提供価値は「余韻の体験」。プロジェクトメンバーの研究者が食べた時に、口から鼻に抜ける香りのことを「レトロネーザルアロマ」と表現したことに由来している。コーヒーにおける「レトロネーザルアロマ」のような香りのことを、プロジェクトメンバーであるQグレーダー(コーヒーの品質評価・認定ができる技能者)が余韻を意味する「アフターテイスト」と言い表したことから、「余韻の体験」と決まった。小坂さんは次のように話す。
「研究者の思いを提供価値につなげることが絶対必要だと感じていました。プロジェクトメンバーはマーケティング担当が私を含め2名いましたが、提供価値を決めるに当たってはマーケター以外もマーケティングに関わりました」
前例がない〝浅煎りになる焙煎〟は失敗できない一発勝負
『YOINED』の味づくりはコーヒー豆の選定が極めて重要。2023年はエチオピア産、24年はタンザニア産、25年はグァテマラ産とコロンビア産の希少なコーヒー豆を採用しているが、選ぶ上で重視しているのが、提供価値の「余韻」だ。例年、いろんなコーヒー豆でサンプルをつくり試食して決めているが、余韻が口の中でわかりやすく、激しく変化し、豆の味わいが特徴的なものを選ぶようにしている。
しかし、『YOINED』の味はコーヒー豆だけでは決まらない。もう1つ重要な要素が「焙煎」だ。
『YOINED』に使うコーヒー豆は、抽出を前提とした液体のコーヒーと比べるとかなり浅煎り。この焙煎度合いでコーヒーを淹れると、酸味がかなり強い味わいになる。
焙煎は浅煎りになればなるほど生焼けのリスクが生じることから、高度なテクニックを要する。しかも希少なコーヒー豆に施すので、失敗が許されない。
そのため、2025年シーズンに発売する『YOINED』の開発に関しては、焙煎だけのプロジェクトも立ち上げたほど。小坂さんは次のように話す。
「貴重な豆を使うので、焙煎は失敗できない一発勝負です。同じ産地の違うコーヒー豆を使って何度も検証を重ね、これなら求めた味わいが引き出せることができそうだというメドがついた時に、焙煎士がコーヒー豆を焙煎します。飲むコーヒー以上に細心の注意が求められました」
2025年は焙煎にとくにこだわったこともあり、コーヒー含有量が変更された。2023年と24年のコーヒー豆含有量は40%(CRAZY BLACK)と15%(MELLOW BROWN)の2パターンであったが、25年は濃すぎたり苦かったりせず、コーヒー豆をダイレクトに食べている感覚が得られやすい方が喜ばれると判断したことから、40%に一本化した。
強気の販売計画ながら予定の2か月前倒しで販売終了
2023年シーズンは、6枚入り2700円(コーヒー含有量40%/15%各3枚)で販売。公式オンラインストアと直営店のUCCカフェメルカード、COFFEE STYLE UCCなど全国11店舗で販売したが、公式オンラインストアでは発売開始から5日で年内の販売目標を達成したほど売れ、2024年3月に末に予定していた販売終了を2か月前倒しすることになった。秋から冬にかけての限定販売としたのは、直営店の物流を考慮した結果である。
販売に当たっては強気の計画を立て、UCCが販売しているどのギフト製品よりも多く製造した。社内では「これが2700円で売れると思っているのか?」と怒りまじりに言われるなど、懐疑的な声が聞かれた。
社内の期待は高くない中、なぜ強気の販売計画を立てたのか?
「『YOINED』の開発プロジェクトは技術者の思いをお客様にちゃんと届けることにしていたので、思いをしっかり伝えた上でPRをうまくやれば売上は跳ねるだろうと思っていました」
このように明かす小坂さん。こう思えた背景には、小坂さんがUCC以前にいたジュエリーブランドでの経験があった。ジュエリーはPRに成功すると売れ行きが跳ね上がって完売し、店舗からなくなることもしばしば。そんな現場を何度も目の当たりにしてきたことから、直営店でのみ販売する『YOINED』でも同じような売れ方は可能だと判断した。
だからといって、PRにかけられる予算が潤沢だったわけではない。プロジェクトの予算の大半は工場でのテストや商品の保存検証に使ったことから、PRはプレスリリースの発信とメディア向けの試食体験会を実施した程度。メディア向けの試食体験会は、予算の都合から東京にあるUCCのショールームで行なったほどだった。
2023年シーズンの初動がこれほど良かったのは、「余韻の体験」という提供価値にあると小坂さんは分析する。
「コーヒー好きの方のパッションは本当にすごく、積極的に情報を収集したり新しい商品をいち早く試したりする行動力があります。『食べるスタイルのコーヒー』ですと想像ができないので様子見で終わってしまいそうですが、『余韻の体験』は、そんな人たちの心をくすぐることができたと思っています。普段飲んでいるコーヒーの味より強くて長く、余韻を味わうことができると聞き、コーヒー好きの人は『体験してみたい』と思っていただけたのかもしれません」
ストーリーが合致する酒ブランドとのコラボを推進
本格展開することにした2024年シーズンは生産数を増やしたほか、上島珈琲店の一部店舗でも取り扱うことになり、販売店は全国22店舗に拡大。予定通り2025年4月中旬に販売を終了したが、販売個数は前年度比1.5倍以上に達した。
2025年シーズンは価格が3240円(コロンビア×3枚、グアテマラ×3枚)とアップしたが、販売店が全国28店舗に拡大(ポップアップは除く)した。想定よりも反響が大きいことなどから予定を前倒しして出荷しているほどで、販売終了時期が予定の2026年3月末より前倒しになる可能性も出てきた。気になる方は購入を急いだほうがいいだろう。
2024年シーズンから訴求することにしたのがお酒とのペアリング。「おつまみコーヒー」と打ち出すことにした。
お酒とのペアリングは、体験イベントから「お酒との相性が良さそう」「ウイスキーやワインと合わせたいかも」といった声が得られたことが気づきになった。2025年2月にスコッチウイスキーの『ジョニーウォーカー』とのコラボイベントを開催し、同年10月のメディア向け試食体験会では日本酒のグローバルブランド『SAKE HUNDRED』とコラボ、デザート日本酒『天彩(あまいろ)』を飲みながらの試食を体験してもらった。
2026年2月には、日本酒専門の人気バル『サケラボトーキョー』(東京・十条)とコラボし、2月11日より数量限定で『サケラボトーキョー』のコース料理の一部に『YOINED』と日本酒のペアリングメニューを組み込んだスペシャルメニューが提供されることになっている。
コラボするブランドは実際に飲んで『YOINED』との相性を確かめた上で選定。コーヒーカクテルの競技会で入賞経験を持つUCCコーヒーアカデミーの講師が選んだ『YOINED』と相性の良さそうなものを、小坂さんを含むプロジェクトメンバーが飲んだ上で決定する。
「背景につくり手の思いや技術といったストーリーのあるブランドと組みたいと思っています」と小坂さん。
『ジョニーウォーカー』はブレンデッドウィスキーのパイオニアでありながら新しい飲み方を提案しているところ、『SAKE HUNDRED』は、歴史は浅いものの一緒に組んで日本酒をつくっている酒蔵が持っている長い歴史を代弁しているところにストーリーを感じた。
「どちらのブランドもイノベーション、歴史、つくり手の情熱からなるストーリーを持っていますが、これらは『YOINED』も持っています。ストーリーの合致は一番大切にしたいところです」と続ける。
2026年シーズンの準備もこれから始まる。「『YOINED』はひたすら挑戦していくブランドなので、いろんなことを試していきたいです。伸び代はまだまだあります」と小坂さん。
コーヒーに対する情熱と先進性を伝えていくために、これからも歩みを止めることなく挑戦を続けていくという。
取材・文/大沢裕司







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