2025年10月13日に閉幕した大阪・関西万博で、多くのグルメを惹きつけたお店がある。それは大阪の「とんかつ乃ぐち」だ。大阪・関西万博で唯一の個人店での出店ながら、ウワサによると1億5000万円も売り上げたらしい……。
「これはお店に食べに行くしかない!」と思っていたところ、なんと万博閉幕後、大阪・中津に構えていた実店舗を閉店したという。
ええっ?金輪際「とんかつ乃ぐち」の味を楽しめないってこと?
動揺した筆者は、店主の野口典朗さんを突撃。未来が楽しみになる、大いなる夢を聞いた。
万博への憧れから出店へ
現在47歳の野口典朗さんは、子ども時代から日本国内で数々の万博を経験。根底に「万博=楽しい」というイメージがあったという。
小学4年生の時に料理人を志し、高校卒業後にイタリアンレストランへ就職。縁あって、2015年にイタリアで開催された「ミラノ国際博覧会」へ行った。
「ミラノ国際博覧会」といえば、開催テーマが『地球に食料を、生命にエネルギーを(Feeding the Planet,Energy for Life)』。初めて「食」をテーマにした万博だ。
「料理人、バリスタ、ソムリエ……食に携わる人々が主役のパビリオンやブースは、見せ方も素晴らしくて。自分も料理人として万博に出るんだと、僕の中に強烈なインパクトを残しました。
帰国した2年後に大阪に誘致決定という報道があり、開催は6年後の2025年。言霊じゃないですが、事あるごとに『万博に出たい』と口にしていましたね。
出店は、基本的には公募です。2024年から公募が始まり、すぐに申し込みました。理想は『とんかつ乃ぐち』での出店。それが無理でも、大阪ヘルスケアパビリオンのキッチンに携わりたいと考えていました。結果、2度落ちて、3度目の正直で『とんかつ乃ぐち』としての出店が決まったんです」

なぜとんかつ?なぜコース料理?

しかしイタリアンで経験を積みながら、なぜとんかつ屋に転身したのか?そこには世界を見据えた挑戦があった。
「20代の頃に働いていたイタリアンは、深夜2時まで営業していたので、店じまいした近所の料理人たちが集う場になっていたんです。そこでは今やミシュランの星つきの料理人たちが、苦悩しながらも世界を見据えて挑戦し続ける姿を目の当たりにしました。
集っていたのは、寿司や天ぷらの料理人たちです。どちらも今や世界に通じる日本の食文化ですよね。でも当時は、まだまだ気さくなB級グルメ。そんなイメージを払拭し、世界に挑戦したいと語り合う料理人たちの気迫に刺激されたんです」
そこで野口さんは、自分が世界に挑戦するなら?と考えた。まず、B級グルメから格上げするなら、イタリアンで慣れ親しんだフルコースがいい。フルコースは、設定された時間の中で、お客にいかに楽しくおいしく過ごしてもらうか。料理の味はもちろん、〝おもてなし〟もカギとなる。
次に、どんな料理を出すかも考えた。
「ラーメン、お好み焼き、とんかつ……好きなB級グルメを思い浮かべた中で、とんかつならコースで提供できると思ったんです。
なぜなら、日本料理の串揚げや天ぷらは、揚げたてをひとつずつ食べる習慣があるでしょう。もうひとつ、焼鳥には部位ごとに提供する文化もあります。それなら、串揚げや天ぷらの習慣と焼鳥の文化を合体させれば、とんかつコースができると思ったんです」
2021年11月、店の雰囲気作りから料理の提供方法まで、徹底的にこだわった「とんかつ乃ぐち」がオープン。
最初の頃は、昼にとんかつ定食、夜は予約のみのイタリアンという営業スタイルでいくつもりだった。それが徐々にとんかつが評判を呼び、半年後には予約困難なとんかつの人気店へ。寿司のようにひと切れずつ揚げたてを提供する、1時間半のとんかつコース(8800円)がメインになった。
万博が育んだ縁と学び

大阪・関西万博での「とんかつ乃ぐち」の躍進は、言わずもがな。184日間の開催期間中は、料理人として仕事に専念。泊まり込みでとんかつと向き合い、万博を楽しむことは一切なかったそうだ。
「ありがたいことに、パビリオンを手がけたプロデューサーの方々にも可愛がっていただき、さまざまなお話を伺いました。その中で印象的だったのが、皆さん口を揃えて『大事なのはディレクション』とおっしゃっていたことです。いかに素晴らしいコンテンツがあっても、伝え方がうまくないと成功しない。
この言葉は、飲食店にも置き換えられると感じました。食事はおなかを満たすものですが、それだけじゃない。味覚はもちろん、視覚や嗅覚、聴覚などの五感も刺激する、これまでにない想像を超えたものを体感してもらうことも大切です」

また、時は前後するが、大阪・関西万博への出店前に呼ばれたポップアップでの一言も忘れられないという。
「舌の肥えた皆さんが集まる3日間のポップアップだったのですが、『とんかつって名店がないですよね』と何人かに言われたんです(笑)。同じ揚げものでも、天ぷらとは違うと。その言葉に、名店がないのなら挑戦しがいがあって面白いぞ。パイオニアになってやると、逆に燃えました」
とんかつの世界進出に向けて挑戦は続く
しかしなぜ、評判だった中津のお店を閉めてしまったのか。万博であれだけ話題を集めたのだから、お客は殺到するだろうに……。残念がる筆者に「中津は万博までと決めていたんです」ときっぱり。
「中津で1000日営業して、大阪・関西万博。そのあとに東京で2年、そしてロンドンで1000日間チャレンジしたいと考えています。2030年までに、ロンドンに出店する予定です」
なんと!中長期的なプランがあったというわけだ。ロンドンへ行く前に東京へ行くのは、本当にこのスタイルで世界に通じるのか反応を見たいのと、仲間を集めたいからなのだとか。
「中津のお店を通じて、関西や九州方面のつながりはできました。でも東日本はまだまだなので、東京へ行こうと。
目指す世界の拠点をロンドンにしたのには、2つ理由があります。ひとつは、イギリスには豚の原種が多いということ。もうひとつは、ロンドン=おいしい料理がないというイメージを覆したいからです。イタリアやフランス、スペインも魅力的ですが、すでにありとあらゆる食が充実しているでしょう。美食に飢えたロンドンで先駆けになれば、世界中から注目してもらえるのではと考えています」

お店のデザインもスタイリッシュにしたいと野口さん。それがとんかつ業界全体のイメージアップにもつながると考えているからだ。「おしゃれなとんかつ屋って見たことがありませんから」。
ロンドンでの挑戦を無事に終えたら、ふたたび大阪へ戻るつもりなのだとか。そして、料理人として集大成のお店を構えたいと続ける。
「大阪、東京、ロンドンと、とんかつを一流料理にすることを目指す中で、志をともにする人たちと出会えたらいいですね。そして、そうした仲間と成功することが、とんかつ業界全体が面白くなるきっかけになると信じています」
野口さんの夢は、まだ半ば。その未来に大いなる幸あれ!
【今後の予定】
26年1月末まで西天満『レストレ』でコースを提供後、芦屋『山福文化アパート』で10か月間の営業を予定。詳しくはInstagramをチェック!
https://www.instagram.com/tonkatu_noguci/
取材・文/ニイミユカ







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