数々のヒット商品を紹介しつづけてきた『DIME』は、2026年春に40周年を迎える。そこで2025年11月14日に発売したDIME1月号では「【完全保存版】僕たちを夢中にさせたヒット商品クロニクル」と銘打ち、創刊となった1986年前後を基軸に、時代を彩ったエポックメイキングなモノ&サービスを振り返る特集を展開した。そこから見えてきたのは、ユーザーの「暮らしを便利にしよう」「楽しくしよう」という作り手たちの〝思い〟だった。
本記事はフード編として70年代から2000年代までの懐かしのお菓子や飲料、フードをピックアップ、我々の記憶になった〝その思い〟を感じてほしい!
1979 ← 1960 初代『ビックリマンチョコ』で
どっきりを仕掛けるのが何よりの楽しみだった
1960年 これかじりゃ栄養バッチリ気分

Q・B・B(六甲バター)『オーストラリアンQ・B・Bチーズ』
’60年代生まれのほとんどが、人生で初めて食べたチーズはこれじャないか? ってくらいのチーズの代名詞。フィルムを開けるのにはちょっと苦労した。
1962年 駄菓子屋さんで異彩を放つ舶来風味

松尾製菓/チロルチョコ『チロルチョコ』
チョコが高級だった時代から、子供も手軽に駄菓子屋で買えたありがたいチョコレート。初代チロルチョコは長方形でヌガーを入れる独自の方法で低価格を実現した。
1965年 ジュース感覚が楽しい大ヒットラムネ菓子

カバヤ食品『ジューC』
当時、粉末ジュースを販売していたカバヤ。「より手軽においしく」という思いからビタミンCを配合したタブレットを開発した。
〈EXPERT’S MEMORIES〉
リュックに入れても割れにくく、カチャカチャと音も楽しい『ジューC』は私の遠足の定番でした(オレンジ派)(お菓子勉強家 松林千宏さん)
1967年 ゴムひも付けて月光仮面を気取る

フルタ製菓『ハイエイト』
『ハイエイト』って商品名を知ってた子供は、おそらくいなかった。上の写真見ても商品名書いてないし! みんな「メガネチョコ」って呼んでたなァ。
1968年 渦巻き模様がオシャレに見えた

不二家『ノース キャロライナ』
当時の不二家社長がアメリカのノースカロライナ州・アパラチア山脈の切り株から命名。ただ、当時の子供は「グルグル飴」と呼んでいた。
1972年 お花のような香り漂う伝説のおしゃれガム

ロッテ『イブ』
身だしなみやエチケットに対する意識の高まりを受けて開発。金色の縦型パッケージも高貴な雰囲気!
1974年 何といってもせんだみつおのCMだ!

明星食品『ちびろく』
『ぎんざNOW!』でヤングのカリスマだったせんだみつおの「パパはちび3、ママはちび2、キミはちび、いくつかな?」というCMがグンバツにナウかった。
1978年 ピンク・レディーと一緒に踊った国民の全員が買った


雪印乳業『宝石箱』
漢字の商品名、書体、黒く四角いパッケージ、アイスの中に氷の粒を入れる製法、全てが斬新。当初、雪印乳業が発売していたが他社に事業移管の後、生産終了。
写真提供/一般社団法人日本アイスクリーム協会
1978年 スポーツしつつガムなんてアメリカっぺ〜!

ロッテ『クイッククエンチ-Cガム』
運動中に水分を摂ってはいけないといわれた時代、「ガムで喉を潤した気分になれないか」と開発。レモンの砂糖漬けが味のヒントに。
1978年 サクランボも飴になる時代ついにきた

UHA味覚糖『さくらんぼの詩』
ひらがなの「さくらんぼ」に「詩」と書いて「うた」と読むメルヘンな商品名にメルヘンなパッケージ。恋は甘酸っぱい……。
1979年 8分の5!微妙な分数にグッときた!

エスビー食品『5/8チップ』
カルビー&湖池屋というポテチ界2強に、「一口サイズ」という食べやすさを武器としてエスビー食品が殴り込みをかけた野心的商品。
1979年 口の中で弾ける。だからどした?いや楽しかった

味の素AGF『ドンパッチ』
口に入れると「パチパチ」と音を立てて弾ける「クラックリングキディ」。CMには所ジョージが今と変わらぬユルいムードで出演。
’60年代、お菓子には今とは違う目的が!
寺田 1960年代から’90年代までの30年間、お菓子もいろいろと変遷しましたよね。
松林 ’60年代はお菓子の意味が今と違ってまして……。
寺田 と、いいますと?
松林 嗜好品というより、栄養補給的な意味合いが強かったんです。
寺田 あ! 3時のオヤツは、栄養補給って聞いたことがある。『Q・B・Bチーズ』なんて、まさに。
松林 『ジューC』のCはビタミンCのCですしね。
寺田 そうだったのか……。
松林 社名も、『カルビー』はカルシウムとビタミンBだし、『グリコ』はグリコーゲン。さて『ビスコ』の語源はなんでしょう?
寺田 ビスコ? ルキノ・ヴィスコンティ!? 『ベニスに死す』の?
松林 ブ~ッ!! 酵母入りビスケット→こうぼビス→コービス。それをひっくり返してビスコです。
寺田 何か涙ぐましいなァ。でも’70年代はいろいろと変わって。
松林 一番エポックメーキングなスイーツは『宝石箱』ですね。
寺田 ピンク・レディーがCMやってたアイスですよね。
松林 漢字の商品名。四角く黒いパッケージ。そして製法。全て新しかったんです。今も復活を望む声は多いんですが、作るのが大変。
寺田 ピンク・レディーは、けっこうあっさり再結成したのになァ。

お菓子勉強家
松林千宏さん
毎日10種類以上を食べつづけ、これまでに食べたお菓子は10万個以上。『TVチャンピオン』『マツコの知らない世界』にも出演。著書に『日本懐かしお菓子大全』(辰巳出版)。

DIME編集部
寺田剛治
1970年=昭和45年生まれの団塊ジュニア。 このパートの商品はほとんど実食。雪印の『宝石箱』はピンク・レディーのCMにちゃんと釣られて購入した。ちなみにミー派だった。
■『グリコアーモンドチョコ』といえば!
そのCMは国民的アイドルの登竜門。有名どころでは山口百恵&三浦友和。そして松田聖子&田原俊彦、小泉今日子&渡辺徹など。その前には、岡田奈々(日本最高の美人アイドルだと思うなァ)&森田健作もあった……。
■ まだまだ続く『アーモンドチョコ』ネタ
グリコアーモンドチョコのCMといえば松崎しげるの歌うCMソング。『黄色い麦わら帽子』『愛のメモリー』は有名だが1曲目は『君は何をおしえてくれた』。その時出演してたのはなんと近藤正臣。こんどォ〜ですッ!
お菓子とおまけ
’70年代のお菓子の特徴のひとつに『おまけ』という付加価値があった。お菓子以上に子供たちを虜にしたおまけがコレだ!
1971年 情報たっぷりのカードに夢中
©石森プロ・東映

カルビー『仮面ライダースナック』
当たりカード(ラッキーカード)でカードを入れるアルバムがもらえたことがブームを加速。カニバブラーが当たりだった記憶あり。

1977年 今も続くおまけ界のビックリヒット商品

ロッテ『ビックリマンチョコ』
初代はいたずら好き男児を虜にしたどっきりシール入り。その後天使だ悪魔だ、『鬼滅の刃』とコラボするわ、進化しつづける巨人。

1978年 お菓子なのか、それともプラモデルなのか?

カバヤ食品『ビッグワンガム』
おまけとは思えない本格的なプラモデルに、ほんのちょっとのガムが入った主従逆転といってもいい男子狂喜商品。

〈EDITOR’S MEMORIES〉
箱の窓から中が見えるので、欲しいモデルを狙って買えるんです。お目当てはD-51 と戦艦大和。駄菓子屋で買える気軽さも◎。(DIMEデザイナー 平沢)







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