ローランド株式会社が、2016年から展開するデジタル管楽器「Aerophone(エアロフォン)」シリーズが、初心者からプロまで幅広い層からの支持を獲得している。吹けば音が出る設計と多彩な音色が特徴で、来年10周年を迎える。
そして2025年11月には、シリーズ初のフルート型モデル「Aerophone Brisa」が発売された。シリーズの歩みについて、Piano&Synthesizer事業部 Sr.Wind Instrument企画アーキテクト寺田裕司氏と、RJM統括部 マーケティング部 中川裕太氏に話を聞いた。

ローランドのデジタル管楽器「Aerophone」とは
ローランドの「Aerophone」は、同社初のデジタル管楽器シリーズだ。2016年に初代「Aerophone AE-10」をリリースして以来、市場の声を取り入れながら進化を続けてきた。

現在のラインナップは、入門向けの「Aerophone mini AE-01」、コンパクトな「Aerophone GO AE-05」、スタンダードモデル「Aerophone AE-20」、シリーズ最上位モデルの「Aerophone Pro AE-30」で構成される。そして2025年11月21日、シリーズ初のフルート型モデル「Aerophone Brisa」が加わった。
「Aerophone」の最大の特徴は、初心者でも吹けば鳴る設計にある。
アコースティックの管楽器は音を出すだけでも難しいが、Aerophoneはプロ奏者にも初心者にも使える楽器として設計されている。キィ配列はサックスと同じだが、リコーダーの運指でも演奏可能だ。マーケティング担当の中川氏は、この設計の意義を語る。
「リコーダーは義務教育で導入されているので、多くの方が小学校の音楽の授業の時にやった記憶で音が出せるんです。なので初心者の方でもハードルが低く楽しめます。またヘッドホンで練習できるのも電子楽器ならではの大きなメリットで、周囲に気兼ねなく演奏できます」
もう一つの特徴は、一台で多彩な音色を演奏できる点だ。
管楽器や弦楽器、打楽器といった楽器の音色に加え、効果音も鳴らせる。フラッグシップモデルの「AE-30」は380音色を内蔵しており、小鳥のさえずりなどの音も出せる。演奏だけでなく、ステージ上での演出にも活用できる。
こうして初心者からプロまで対応する「Aerophone」は、約10年もの間支持されてきた。
開発の経緯と技術的挑戦
ローランドがデジタル管楽器の研究を始めたのは、2016年の「AE-10」発売よりずっと前だった。しかし長年、製品化には至らなかった。開発担当の寺田氏は振り返る。
「以前から電子楽器の基礎研究を行っていましたが、製品化に至らない時期が続いていました。吹いて音を出すという技術が我々の歴史になかったため、そういった新しい製品開発になかなか手を出せなかったんです」
転機となったのは、同社の電子アコーディオン「V-Accordion」が持つ技術だった。蛇腹を動かして空気で音を鳴らす電子アコーディオンの技術と、ローランドが持つ音源技術。この2つを組み合わせれば製品化できるというアイデアが浮上する。当時の社長である三木純一氏の承認を得て、プロジェクトは本格始動した。約2年の開発期間を経て、2016年に「AE-10」が誕生する。
開発で最も苦労したのは、吹いて鳴らす技術と音源技術の融合だった。寺田氏は説明する。
「音源技術としては『SuperNATURAL』というリアルなアコースティック音を鳴らす技術があったんですが、それと吹いて鳴らす技術をうまく組み合わせることが課題でした。試作を繰り返し、プロの奏者や社内の人に試奏してもらって意見を集め、一つ一つ改良を重ねていったんです」
こうした地道な開発を経て、初心者でも吹けば鳴る楽器が実現した。
デザインにも工夫がある。初代「AE-10」の有機的なフォルムは、実はイルカをモチーフにしている。
長く親しまれるデザインを目指し、動物の有機的な形状からインスピレーションを得た。キィの配置などを考慮していくうちに最終的な形はイルカとは大分異なるものになったが、10年近く経った今でも基本デザインは受け継がれている。
予想外の反応と幅広いユーザー層からの支持
「AE-10」の発売時、ローランドが想定していたメインターゲットは、プロ奏者やサックス愛好家だった。
サブの楽器として使ってもらったり、新しい演奏体験を楽しんでもらったりすることを想定し、ある程度楽器に慣れ親しんだ層をまず狙う戦略を立てた。しかし実際の市場では、想定とは異なる層が購入者の中心となった。
購入者の多くを占めたのは、50代から70代といった比較的高い年齢層の男性だった。彼らに共通していたのは、サックスを演奏したいという憧れを持ちながら、これまでアコースティックサックスには手を出せなかったという経験だ。その理由は演奏の難しさにあった。アコースティックサックスは音を出すだけでも難しく、音が出せたとしても音程を合わせることはさらに困難となる。
「Aerophone」の吹けば鳴るという設計が、こうした層の背中を押した。
加えて、ヘッドホンで練習できる点も住宅事情に配慮が必要な層にとって大きな魅力となった。寺田氏は当時の反応を振り返る。
「予想外だったのが、熟年層の特に男性の方に多く使っていただいたことです。吹けば鳴るという楽器なので、これだったらできるとハードルがグッと下がったのだと思います。また、基本的には内蔵スピーカーから音が出ますが、ヘッドホンを装着すれば周囲を気にせず使用できます。こういった要素が熟年層の方々に刺さったのかなと思います」
教育現場での反応も印象的だった。ローランドは、本社がある静岡県浜松市の聖隷クリストファー小学校に「AE-01」50台を寄贈し、5年生の授業で使用が始まっている。当初は想定していなかったリコーダー運指での演奏が、子供たちの興味を引いた。
「みんな夢中になって吹いてますね。リコーダーの授業はあまり集中できなかった子も、『Aerophone』だったらという感じで。子供ウケもめちゃくちゃいいんです!」
リコーダーは義務教育で誰もが経験する楽器だ。その運指の記憶があれば、すぐに音を出せる。
ローランドは当初、このリコーダー運指を訴求ポイントとして考えていなかった。しかし市場に出してみると、リコーダー感覚で演奏できることが大きな反響を呼んだ。
そこでリコーダーと同じ指使いでも演奏できるという点を積極的に打ち出したところ、熟年層にも子供たちにもウケた。
一方プロの演奏家は、より高度な使い方をしている。
ライブ等でツアーを回るプロ奏者の多くはアコースティックの管楽器のみならず、「Aerophone」を使用しているという。キーボードやピアノの音が必要な時に「Aerophone」ならば、様々な楽器の音を鳴らすことができる。
プロの現場でも、新たな可能性を広げる楽器となっている。
アプリ連携で広がる演奏の可能性
「Aerophone」は、専用アプリとの連携により機能を拡張できる。

最上位モデルの「AE-30」とスタンダードモデルの「AE-20」では、専用アプリ「Aerophone Pro Editor」が使用可能だ。このアプリにはいくつかの機能があるが、最も使われているのは音色の選択機能である。寺田氏はその理由を説明する。

「本体で音色を選択しようとすると画面が小さくて、さらに本体の背面を見て操作しないといけないため、演奏中にパッと音色を変えたい時にはどうしても手間になってしまいますが、アプリを使えばスマホの画面にタッチすることで音色を切り替えることができまます」
さらに、音色を細かくエディットすることも可能だ。シンセサイザーで音色を作るのと同じレベルの編集ができ、最大4つの音色をレイヤーして独自のサウンドを作り出せる。加えて、「Roland Cloud」(※)から追加音色をダウンロードすることで、本体に内蔵された音色をさらに拡張できる。
※ローランドのクラウド・ベースのコンテンツサービス

もう一つのアプリが「Aerophone Lesson」だ。画面に楽譜を表示し、それに合わせて演奏を進めていく。演奏の正誤をリアルタイムで判定してくれるため、一人でも効率的に練習できる。判定は音で行われるため、運指が違っても音が合っていれば正解となるが、正しい運指は画面に表示されるため、指使いがわからない時はガイドとして活用できる。
電子楽器ならではのアプリ連携が、練習や演奏の幅を広げている。
シリーズ初のフルート型「Aerophone Brisa」

2025年11月21日、「Aerophone」シリーズに初のフルート型モデル「Aerophone Brisa」が加わった。大手メーカーによる本格的なフルート型デジタル管楽器は、初めての試みだ。
ローランドがフルートを選んだ理由は3つある。
第一に、フルート市場の大きさだ。サックスに匹敵する規模の市場があり、多くのフルート奏者が存在する。第二に、初心者への配慮だ。アコースティック・フルートは歌口から息を吹き込み音を出すこと自体が難しい楽器で、そのハードルを下げたいと考えた。第三に、フルートという楽器が持つ美しさだ。寺田氏はこの点について語る。
「フルートは楽器のフォルムも美しいですし、演奏している姿も美しい。その美しさを『Aerophone』で再現したいと考えました」
開発には3〜4年を要した。最大の挑戦は、細身のボディへの機能集約だった。約400gというシリーズ最軽量を実現しながら、音源、ディスプレイ、Bluetooth、バッテリー、スピーカーといった機能を詰め込んだ。キィの構造もフルートに近づけ、リチウムイオンバッテリーも新たに選定した。
「Aerophone Brisa」は100音色を内蔵している。管楽器だけでなく、弦楽器や打楽器など幅広い音色を一台で演奏できる。運指については、フルートをベースにした運指だけでなく、「Brisaモード」を搭載しており、このモードでは他の「Aerophone」シリーズと同様、リコーダーに近い運指で演奏できるモードも用意している。さらに、吹かなくてもキィを押すだけで音が確認できるHOLDモードや、身体の動きでビブラートやピッチベンドなどの効果を加えるモーションセンサーも搭載しているため、幅広い演奏体験が実現できる。
発表後、この初めてのフルート型モデルには市場から大きな反応があった。特に海外の奏者は、箱を開けた瞬間に驚きの声を上げた。「クール」「美しい」という評価が相次ぎ、フルート型という選択が高く評価された。
シリーズ10周年、さらなる展開へ
「Aerophone」は来年2026年10月に10周年を迎える。
従来のデジタル管楽器は玄人向けの楽器だったが、「Aerophone」は年代や楽器経験の有無を問わず、幅広い層に受け入れられている。一方で、中川氏は認知度の課題を指摘する。
「接客を通してお客様と出会う中で、『Aerophone』を初めて目にしたという方がまだまだすごく多いんです。『Aerophone』の認知度はいまだ不十分ゆえに大きな可能性を感じています」
今後の製品展開について、寺田氏は語る。
「今回フルート型を出しました。今後どういう形になっていくかはまだ決定していませんが、木管楽器をはじめ管楽器にはたくさんの選択肢があります。フルートができたように、いろんな形で演奏表現の可能性を広げていきたいと考えています。そして『Aerophone』をより多くの方に演奏していただきたいですね」
10周年を迎える「Aerophone」の挑戦は、これからも続く。
取材・文/宮﨑駿
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