担い手不足が長らく叫ばれ続けている農業。将来的な人材確保や食育の観点から子ども向けの農業体験の重要性が高まっているが、実際のところ、農業体験を経験した子どもはどれくらいいるのだろうか?
JA共済連はこのほど、農業体験がもたらす教育効果に着目し、α世代の子どもを持つ親とα世代の子ども本人を対象とした、農業体験への意向や期待される効果、身についたこと等を調べる「α世代の農業体験と教育効果に関する調査」を実施し、その結果を発表した。
α世代の子どもを持つ親に聞いた、子どもの農業体験の実態
α世代とはZ世代に続く世代で、2010年以降に生まれた現在15歳以下(中学生以下)の世代を指す。親がミレニアル世代(1980年代前半から1990年代半ばまでに生まれた人)でデジタル教育に抵抗がなく、幼少期から家庭や教育現場でデジタルデバイスに触れる機会が多いことから、オンラインやバーチャル空間での活動が当たり前になっている。まずは、そんな彼らが農業とどのように接しているのか、4歳から中学3年生までの子どもを持つ親10,000人を対象に行った調査(1)の結果を紹介する。
■α世代の農業体験率76.9%、直近1年では2人に1人が農業体験を経験
子どもの農業体験について親に聞いたところ、過去に自分の子どもが体験したことがあるものは、「学校や家庭での農作物の栽培」(56.3%)、「農家での野菜の収穫体験」(36.0%)、「観光農園での体験(いちご狩りなど)」(30.4%)の順で多く、α世代の76.9%が農業体験の経験があることがわかった。直近1年間に絞ると体験率は56.2%となり、α世代の2人に1人が農業体験を行っていることになる[図1]。
[図1]α世代の農業体験
■α世代の直近1年の農業体験率1位:長野県、2位:青森県、3位:福井県・島根県
直近1年での農業体験率を都道府県別に見ると、1位「長野県」(71.5%)、2位「青森県」(69.8%)、3位「福井県」「島根県」(同率69.3%)の順となった[図2]。
[図2]α世代の直近1年の農業体験率全国ランキング
α世代の子を持つ親に聞いた、子どもの農業体験に対する意向と体験機会
■子どもの農業体験に対する親の意向は75.7%と高い
これまでの経験にかかわらず、「今後、子どもに農業体験をさせたいか」と聞くと、75.7%の親が子どもに「農業体験をさせたい」と答えた。また、体験させたい内容としては、「学校や家庭での農作物の栽培」(41.1%)、「農家での野菜の収穫体験」(38.4%)、「観光農園での体験(いちご狩りなど)」(35.1%)が上位に挙がった[図3]。
[図3]今後の農業体験意向
■約8割の親が食農教育や農業体験の機会が「少ない」「もっと機会が欲しい」と回答
次に、住んでいる地域や学校での食農教育※や農業体験の機会について、4段階(そう思う、ややそう思う、あまりそう思わない、そう思わない)で答えてもらった。
「そう思う」「ややそう思う」の合計値を見ると、学校や地域での食農教育の機会について、76.2%の親が「もっと欲しい」と答えており、農業体験の機会についても、77.7%が「少ない」、75.7%が「もっと欲しい」と答えた。
また、直近1年以内に子どもが農業体験をした親は、食農教育の機会が「もっと欲しい」(81.0%)、農業体験の機会が「少ない」(81.0%)、農業体験の機会が「もっと欲しい」(81.7%)、と食農教育や農業体験の機会に対する思いが強くなる傾向があることがわかった[図4]。
[図4]地域での食農教育・農業体験に対する意見
α世代の子どもを持つ親が農業体験させたい理由・経験者が感じる魅力
ここからは、子どもに「農業体験をさせたい」と答えた親のうち、2,350人(47都道府県ごとに各50人)を対象に、農業体験をさせたい理由や魅力、教育効果について、さらに詳しく聞いた調査(2)の結果を紹介する。
■農業体験をさせたい理由は「食べ物ができる過程や大切さを理解して欲しい」
はじめに、農業体験をさせたいと思う理由を聞くと、「食べ物ができる過程や大切さを理解してほしいから」(57.6%)、「自然に触れさせたいから」(56.3%)、「食べ物を作る人に感謝してほしいから」(55.7%)、「学校や日常生活では得られない経験をしてほしいから」(47.8%)、「食や農に興味を持ってほしいから」(44.3%)といった理由が上位に挙げられた[図5]。
次に、調査対象2,350人のうち「実際に子どもに農業体験をさせたことのある」と回答した親2,164人に農業体験を行うことの魅力を聞くと、「食べ物が育つ過程を学べる」(64.0%)、「食べ物や命のありがたみを感じられる」(63.6%)、「自然体験ができる」(61.3%)、「学校や日常生活では得られない学びを体験できる」(56.7%)が上位となった[図6]。
[図5]子どもに農業体験させたい理由TOP5
[図6]農業体験をさせることの魅力TOP5
■農業体験を通じて身についた「感謝するこころ」「自然を大切にするこころ」
農業体験をさせたい親に、農業体験に限らず子どもに身につけてほしいことを聞くと、「感謝するこころ」(68.1%)、「コミュニケーション力」(57.2%)、「協調性」(55.0%)、「自然や環境を大切にするこころ」
(53.0%)、「思考力」(52.2%)が上位に挙げられた。
次に、実際に子どもに農業体験をさせたことがある親に、農業体験を通じて子どもに身についたと思うものを聞くと、「自然や環境を大切にするこころ」(31.7%)、「感謝するこころ」(26.1%)、「観察力」
(16.9%)、「探究心」(10.5%)、「心や情緒の安定」(9.7%)が上位となった[図7]。
農業体験により、子どもに身につけてほしい上位5つのうち「自然や環境を大切にするこころ」「感謝するこころ」の2つが実際に獲得できるようだ。
[図7]子どもに身につけさせたいこと
α世代の子どもを持つ親に聞いた、農業体験による教育効果
■親の9割以上が、子どもに「農業体験をさせて良かった」と実感
「実際に子どもに農業体験をさせた親」に、農業体験をさせたことで子どもにどんな変化が見られたか、当てはまるものを聞いた。すると、「自分で野菜や植物を育てたいと思うようになった」(24.9%)、「旬の食べ物に関心を持つようになった」(22.4%)、「自然や環境に興味を持つようになった」(20.4%)が上位に挙げられ、また、92.1%が「農業体験をさせて良かった」(そう思う48.3%+ややそう思う43.9%)と答えた[図8]。
[図8]農業体験をさせたことによる子どもの変化
農業体験を通じて、約8割の親が子どもの「成長」「達成感の経験」「良い変化」を実感
「実際に子どもに農業体験をさせた親」に農業体験をさせたことの教育効果を聞いた。83.5%が「子どもの成長を実感」(そう思う32.3%+ややそう思う51.2%)、82.2%が「子どもに達成感を経験させられた」(そう思う29.3%+ややそう思う53.0%)、81.1%が「良い変化を感じた」(そう思う29.2%+ややそう思う51.9%)と答えた[図9]。「子どもに農業体験をさせた親」の8割以上が、子どものポジティブな変化を実感している。
[図9]農業体験をさせて感じたこと
子どもが「将来、農業をしたい」と言ったら…
■親の8割以上が子どもが農業をしたいと言ったら「応援する」と尊重
多くの親が子どもが農業に向き合うことにポジティブな印象を持っているが、子どもが「将来、農業をしたい」と言ったら応援したいかと聞いた。すると、83.4%が「応援したい」(そう思う36.7%+ややそう思う46.7%)と答えた。
「応援したいと答えた親」にその理由を聞くと、「子どもがやりたいことを尊重したいから」(61.5%)が最も高く、次いで「農業は社会に必要な仕事だと思うから」(46.9%)、「社会に必要とされ続ける職業だから」(33.0%)、「自然の中で働けることは良いことだと思うから」(31.3%)、「産業としての重要性が高まっているから」(22.5%)といった理由が上位に挙げられた[図10]。
後継者不足や過去には3K(「きつそう」、「きたない」、「キケン」)と呼ばれた産業だったが、生活の基幹産業として見直しや各種の支援策などにより、持続可能な社会を支えるサステナブルな職業として注目されているようだ。
[図10]子どもが「将来、農業をしたい」と言ったら…
α世代の子どもを持つ親が、子どもの食事や生活で気になること
■子どもの「好き嫌い」をなくすよう心がけているものの、なかなかできていない…
農業体験させたい親に子どもの食事で意識していることを聞くと、「野菜や果物を多くとらせる」(63.3%)、「食事のマナーを伝える」(62.6%)、「好き嫌いなく食べさせる」(60.6%)、「栄養バランスの整った食事を食べさせる」(60.5%)、「旬のものを食べさせる」(50.5%)の順となった。
そのうち実践できていることは、「食事のマナーを伝える」(44.6%)、「野菜や果物を多くとらせる」(39.6%)、「旬のものを食べさせる」(34.9%)、「栄養バランスの整った食事を食べさせる」(32.6%)、「好き嫌いなく食べさせる」(30.5%)という割合となった。
「意識していること」と「実践できていること」の差分が大きい項目は、意識しているのに実践できていないことになるが、「好き嫌いなく食べさせる」(意識60.6%:実践30.5%差分30.1ポイント)、「栄養バランスの整った食事を食べさせる」(意識60.5%:実践32.6%差分27.9ポイント)、「野菜や果物を多くとらせる」(意識63.3%:実践39.6%差分23.7ポイント)が上位となった[図11]。子どもの好き嫌いをなくすように意識しているものの、なかなか実践できていない実情が明らかになった。
[図11]子どもの食事で意識していること・実践できていること
■α世代の子どもの生活で気になることは「スマホやゲーム時間の長さ」、農業体験させることで、少しでも緩和できればという親心も
農業体験させたい親に子どもの生活で気になることを聞くと、「スマホ・ゲームなどの時間が長い」(57.7%)、「子どもが室内で過ごす時間が長い」(38.0%)、「子どもが運動不足になりやすい」(37.8%)、「食べ物の好き嫌いが多い」(30.0%)、「外で遊べる場所が少ない」(27.7%)、「自然に触れ合う機会が少ない」(27.2%)が上位に挙げられた[図12]。
農業体験を通じて屋外で体を動かし、食べ物の好き嫌いを解消し、自然と触れ合うことでゲーム時間を控えてくれるようになれば…、そんな親心も農業体験への期待には込められているのかもしれない。
[図12]子どもの生活で気になること
農業体験をしたことがあるα世代の子ども本人に聞いた農業のイメージ
子どもに農業をさせたい親2,350人を対象とした調査(2)では、小学5年生~中学3年生のα世代の子ども本人にも、子どもが隣にいる状態で子どもの意見を親が入力する形式で調査を行った。ここからは、そのうち、農業体験をしたことがある小学5年生~中学3年生のα世代867人(男子458人、女子409人)の回答を紹介する。
■α世代の農業イメージは「社会の役に立つ」が第1位
はじめに、農業に対するイメージを4段階(そう思う、ややそう思う、あまりそう思わない、そう思わない)で聞くと、「そう思う」「ややそう思う」の合計値が最も高いイメージが「社会の役に立つ」(91.3%)となった。「きつそう」(87.7%)という意見があるものの、「面白そう」(68.3%)、「楽しそう」(61.1%)、「やってみたい」(55.6%)というポジティブな意見が多くなっている。かつての3K(「きつそう」87.7%、「きたない」46.0%、「あぶない(キケン)」36.6%)のイメージは希薄になっているようだ[図13]。
[図13]α世代の農業イメージ
■α世代の約8割が農業体験を「またやりたい!」
農業体験の感想を4段階(そう思う、ややそう思う、あまりそう思わない、そう思わない)で聞いた。すると、約8割が「またやりたい」(78.8%=そう思う30.8%+ややそう思う48.0%)、約9割が「食べ物の大切さを学んだ」(91.2%=そう思う43.5%+ややそう思う47.8%)、「農家さんや食べ物に感謝をするようになった」(90.0%=そう思う39.1%+ややそう思う50.9%)、「楽しかった」(89.4%=そう思う38.8%+ややそう思う50.6%)と答えた[図14]。
α世代にとっての農業体験は楽しみながらさまざまなことを学べる楽しい経験で、「またやりたい」ものと捉えられている。
[図14]α世代の農業体験の感想
農業体験をしたことがあるα世代の子ども本人に聞いた職業としての農業
■α世代の約4割が「将来、農業をしてみたい」
図1の通り、7割以上の人が過去に農業体験をしたことがあるα世代だが、農業体験をしたことがあるα世代に、将来農業をしてみたいか、4段階(そう思う、ややそう思う、あまりそう思わない、そう思わない)で聞いた。すると、4割近くが「将来、農業をしてみたい」(38.6%=そう思う8.9%+ややそう思う29.8%)と意欲を示した[図15]。
α世代が仕事に就くようになる頃、今とは違う新しい仕事が数多く誕生していると予想されるが、そのような中でも農業はなくなることはなく、今以上に重要性が増すといわれている。新しい農業を担うα世代の活躍が期待できそうな結果となった。
[図15]将来の就農意欲
■α世代が育ててみたい農作物TOP3「いちご」「トマト」「スイカ」
α世代が農業体験で育てたことがある農作物は「お米」(43.4%)、「トマト」(41.4%)、「さつまいも」(39.8%)が多く、一方、育ててみたい農作物は「いちご」(36.1%)、「トマト」(25.5%)、「スイカ」(21.2%)の順となり、α世代にはフルーツが人気のようだ[図16]。
[図16]α世代の農業体験 育てた農作物・育てたい農作物
教育評論家・尾木ママ(尾木直樹氏)に聞く、人を育てる農業体験の力
■教育現場における体験的学びへの注目度が上昇IQからHQ指標へ
現在、教育現場では自らの興味関心を深める探究的な学びや、体験を通した学びが注目されています。かつては、IQ(Intelligence Quotient)、いわゆる知能指数が重視されていました。しかしAIなどの技術が発展する中で、今はHQ(HumanityQuotient)と呼ばれる社会性や創造性、共感力や学ぶ意欲などの、AIにはない人間力を育む取り組みへの関心が高まっています。これは日本に限らず世界的な潮流です。
α世代と呼ばれる今の子どもたちはデジタルネイティブでもあり、デジタルデバイスを上手に使いこなしますが、その半面、スマホやゲームの世界にのめり込みやすい環境にあることには注意が必要です。だからこそ、仮想空間だけではなくリアルな現実世界での実体験や“本物に触れる”体験を通した学びの価値がより一層高まっています。
■農業には人を育てる力がある!農業体験はHQを高める「原体験」の宝庫
様々な体験の中でも、学力の基礎・土台となる探究心や感性を高め、人格形成に大きな影響を及ぼすものに「8つの原体験※1」があります。自然を相手にした農業体験は、HQを高める効果がある8つの原体験の要素を多く含んでいて、幼少期に体験させたいことの一つです。また、「自然体験が豊富な子どもほど、自己肯定感が高く、自立的行動習慣や探究力が身についている傾向がある」※2という報告もあるなど、農業には人を育てる力があるといえます。
※1:火のありがたみと怖さを知る火の体験、泥遊びで手触りや匂いを感じる土の体験のほか、石・水・木・草・動物・ゼロの8つの原体験
※2:出典「青少年の体験活動等に関する意識調査(令和元年度調査)」(国立青少年教育振興機構)
■「食育」としても、「徳育」としても、効果を期待できる農業体験
今回の調査では、「好き嫌いの解消」や「バランスの良い食生活の実践」に悩む親御さんの様子も見られましたが、農業体験をしたことで嫌いな野菜が食べられるようなったというのはよく聞く話ですね。
実際に自分で作物を育てることで、その成長や成果を目にし、耕作する苦労がよく分かり、命あるものに対するリスペクトの気持ちも育まれます。耕作の過程を学ぶことで「食育」につながるのはもちろん、道徳心や情操豊かな人間性を育む「徳育」への効果も期待できると思います。
さらに、言葉の通じない動植物と触れ合う中では、「元気がないのは、なぜだろう?」などと考えるシーンが多く、相手の気持ちを想像することで、共感力が育まれます。この「なぜ」を考える習慣や共感力は、社会における対人コミュニケーションの土台にもなります。
■農業体験は子育ての味方!
農業をしてみたいと思う子や、それを応援したいと考える親御さんが予想以上に多く、正直驚きました。また、実際に体験をした子どもたちの持つ農業イメージの1位は「社会の役に立つ」で9割超と高く、かつて3Kともいわれた農業が、子どもたちにも、親御さん世代にも、ポジティブに捉えられている様子はどこかほっとしましたね。
今回の調査では、農業体験が子どものこころの成長にも効果があることが明らかになりました。親御さんから見れば、農業体験は子育てをサポートしてくれる心強い存在でもあります。「自然や農業に子育てを手伝ってもらう」ような感覚で取り入れ、親子一緒になって体験してみてはいかがでしょうか?
●尾木直樹(おぎ・なおき)氏 教育評論家 法政大学名誉教授 東京都立図書館名誉館長
1947年滋賀県生まれ。私立海城高校、東京都公立中学校教師として、22年間子どもを主役とした創造的な教育を展開、その後法政大学教授など22年間大学教育に携わる。主宰する臨床教育研究所「虹」では、現場に密着した調査・研究に取り組む。多数の情報・バラエティー・教養番組にも出演し「尾木ママ」の愛称で幼児からお年寄りにまで親しまれている。
<α世代の農業体験と教育効果に関する調査」調査概要>
実施時期:2025年10月31日(金)~11月7日(金)
調査方法:インターネット調査
調査対象:【調査(1)】4歳~15歳のα世代の子どもを持つ30代~
50代の親10,000人(男性5,035人、女性4,965人)
【調査(2)】調査(1)のうち「子どもに農業体験をさせたい」と回答した、4歳~15歳のα世代の子どもを持つ30代~50代の親2,350人(各都道府県50人ずつ)と小学5年生~中学3年生のα世代の子どもn=936(男子496人、女子440人)
調査委託先:電通マクロミルインサイト
※本調査に記載の数値は小数第2位以下を四捨五入しているため、合計が100%にならない場合や表記した数字の合算した値と異なる場合がある。
出典元:JA共済連
構成/こじへい







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