「行列ができている店に入りたい」「口コミが良い商品を選びたい」――そんな気持ち、ありませんか?実はそれ、あなたの〝損したくない心理〟が働いている証拠かもしれません。
賢く節約しているつもりが、気づけば浪費につながることも……。その裏には、行動経済学が深く関わっています。
本記事では、行動経済学コンサルタントの橋本之克さんの著書『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』から一部を再編集し、企業が仕掛ける心理トリックと、それを見抜くためのヒントを紹介します。あなたの「無意識の選択」を変え、より良い人生を歩むための第一歩になるかもしれません。
耐久消費財は使用期間を意識して選ぶ
住宅は、一般的な消費者からすれば、最も高額な商品と考えていいでしょう。ですから、一度買ったら長いあいだ使うことになります。国土交通省の資料によれば、全住宅の平均寿命は54.2年で、これは家という商品の「耐用年数」です。
ほかの耐久消費財の平均寿命を調べると、電気冷蔵庫は13.5年、乗用車(新車)は9.4年、パソコンは7.6年、携帯電話は4.3年という結果でした。住宅の使用期間の長さがよくわかります。家を買うにあたって目指すべきは、この期間、満足度が維持されることと考えていいでしょう。
どんな商品を買うときでも、使っているあいだ、すなわち商品の使用期間中は満足できることを望むはずです。
とくに、住宅や家電、自家用車や家具などの耐久消費財は、長い期間にわたって使う商品ですから、商品の特性をよく調べ、自分に合う商品を真剣に考えて購入を決めなくてはなりません。
商品は売り手である企業や商品ブランドごとに、特徴や競合商品との差別点があるものです。買うにあたっては、その商品の違いを見極め、独自のこだわりも大切にして、自分にベストな商品を選ぶのが普通です。
乗用車の場合、簡単には変わらない、自分の志向をもとに選ぶことが多いようです。
車で走ることが大好きなスポーツ派であれば、エンジン性能や操縦性にこだわって選びます。家族で出かける〝足〟として役立てばいいと考えるファミリー派であれば、車室の広さや快適さを重視するでしょう。
たとえば子どものいる4人家族なら、スポーツ派の人であれば、4人乗れてスピードも楽しめるスポーツワゴンタイプから選び、ファミリー派ならば、広いワンボックスタイプから選ぶ人が多いのではないでしょうか。
もともと車は、家族構成や使用用途により、選択の幅が狭まります。それでも買い手は、自分の志向に合わせて買うべき車を探します。なぜなら、それが「満足できる、いい車の買い方」だからです。平均9・4年間の使用期間を満足できるように努めるのです。
ほかの商品でいえば、たとえば使用期間が4・3年のスマートフォンでも、多くの人がこだわります。iPhoneかAndroidかに始まり、色や大きさ、機能など、さまざまな好みに応じて商品を選びます。
将来のライフスタイルを見据えた選択をしているか?
では、住宅という商品ではどうでしょう。その購入金額は、2024年度における国土交通省の住宅市場動向調査によれば、土地つき注文住宅で6188万円(全国のデータ)です。分譲戸建住宅は平均4591万円、分譲マンションは平均4679万円(ともに首都圏・中京圏・近畿圏のデータ)です。おおまかに言えば、5000万円ものお金を支払う商品なのです(住宅ローンの金利として払う額を含めると、全体の金額は跳ね上がります)。
ちなみに、車の購入価格は、日本自動車工業会の調査によれば平均264万円です。これは耐久消費財の中で最も高い部類ですが、住宅は、これをはるかに超える金額です。住宅の使用期間54.2年も、車の9.4年を大きく上回ります。これだけの高額で、かつ長期間使用する商品ですから、満足できるように相当なこだわりを持って当然です。
しかし、家を買うときに本当にそういった視点で選択をしているでしょうか。現実には、数十年先の未来までは、なかなか想像できていないということが多いのではないでしょうか。
長期に渡ったコロナ禍においては、好まれる住宅が変わったといわれ、住宅購入者向けの雑誌などでも取り上げられていました。
たとえば、在宅勤務に適したテレワーク専用ルームなどを備えた住宅の需要が増えました。リモートワークを取り入れる企業が増え、毎日の通勤が不要になったために、郊外の住宅も人気を集めたといいます。都心に近く、利便性が高いけれど狭い家よりも、都心から離れていても、または駅からの距離が遠くても、広い家に住みたいと考える人が増えたそうです。
しかし、アフターコロナとなった現在では、在宅勤務から出社に切り替える企業も増えており、コロナ禍に郊外の住宅を購入した方たちの中には「こんなはずじゃなかった」と感じているケースもあるかもしれません。
もちろん、パンデミックなど予測ができない事態が生じることを想像することは難しいものですが、やはり短いスパンではなく、「その家に対して数十年後も満足できるかどうか」という視点で考えることは大事だといえるでしょう。
間取りを変更できる余地を残すなど、将来を考えたプランが設計できるとベストだと思います。
とにかく、家を買う際に、直近数年の快適さだけを求めるのは危険だということです。長期的な視点を持ち、未来の変化に対応することが必要です。
同時に、簡単には変わらないであろう、自分自身のライフスタイルや住まいに対する志向にもとづいて、家を選ぶことも重要です。
車でも、スポーツ派かファミリー派かで、買う商品の選択が変わるものです。自分がこだわりたい部分は何か、つまり住宅に関して自分は何派なのかを、明確にする必要があります。
長期視点を妨げる心理的バイアス
しかし、人はときに、物事を長期的に考えられなくなることがあります。
その原因の一つが心理的バイアスです。
たとえば「投影バイアス」。これは、将来の自分の好みや選択を予測するときに、現在の自分の状態に強く影響されてしまう、心のクセのことです。
現在における自分の状態、感情や好みなどが、将来も変化せずに続くと思ってしまうのです。いわば現在の自分を、そのまま未来に「投影(プロジェクション)」してしまうような状態です。このバイアスは、日常生活の中でも影響を及ぼします。
たとえば、空腹でスーパーに行った際、食材を買いすぎてしまったという経験はありませんか? これは、買い物時の空腹な状態が、長く続くと思ってしまう投影バイアスの影響です。
この投影バイアスは、家を買うときにも働きます。たとえば、仕事が忙しくて「駅から近くて利便性の高い家じゃないと無理だ」と感じて選んだ物件が、数年後に転職や異動で通勤が不要になり、必要のない条件だったと気づくケースがあります。
あるいは、子育ての真っ最中で「とにかく子ども中心の家にしよう」と思い込んでしまい、子どもが成長してからの暮らしに合わない家を選んでしまうこともあるかもしれません。
「今の自分の状態」がずっと続くように錯覚してしまう投影バイアスは、長期的な住宅選びにおいて、大きな誤算につながりかねないのです。
長期的な視点を妨げる心理的バイアスには、もう一つ「解釈レベル理論」があります。
これは、人や物、出来事をどうとらえるかに影響します。
心理的に遠い対象は「抽象的」にとらえ、逆に身近な対象は「具体的」にとらえる傾向があります。この影響は心理的な距離だけでなく、時間や空間といった物理的な距離にも及びます。
身近な例は、マリッジブルーです。婚約した時点では、伴侶を得る喜びが心の大半を占めます。しかし、結婚が近づくにつれ、面倒な結婚式の準備や、生活を変えなければならない不安などの現実に目が行き、ブルーになっていきます。
家を買う際も同じです。漠然と家を買おうか考えていた時点では、住まいの夢や理想を思い描きます。しかし、いざ実際に購入が近づくと、将来の理想的な住まい方を考えるよりも、現実に目が向きます。その結果、たとえば、テレワーク向きの間取りのことばかりを考えてしまうのです。
家が、非常に高額の買い物であることは誰でもわかります。それだけでなく、使用期間が非常に長い買い物であることも、現実的に認識しなければなりません。
同時に、行動経済学の知見からわかるように、人が未来を考える際には、さまざまなバイアスが邪魔することも知っておくべきです。
「現在の状態が続くと思い込んではいないか?」「遠い先のことも現実的に考えているか?」などと自分に問いかけながら、買うべき家を考える必要があるのです。
それが、数十年以上にわたって満足できる家を買うための条件だと考えてください。
住宅市場の「一期一会」構造
ここまでは行動経済学の視点で、買い手の心理に注目してきました。しかし、家の購入を難しくしている要因は、それだけではありません。実は、売り手側の都合や状況も大きく影響しているのです。
現在の不動産ビジネスを見ると、ハウスメーカーや不動産会社など、家や土地を提供する売り手は、顧客との長期的な関係を重視してこなかったように思えます。それには理由があります。家を売る企業と顧客との関係は、多くの場合、一期一会だという点です。
先ほど述べたように、家は長持ちする商品ですから、家を買った顧客がその数年後に再び家を買うケースは多くないでしょう(富裕層が投資目的でマンションなどの転売を繰り返すといったケースは除きます)。
一方、車はそうではありません。売り手は車を買ってくれた顧客を大事にし、車検や点検などの機会を用いて、関係を継続させようとします。その目的は、購入した車が古くなってきたころに、新たな車を買ってもらうことです。
ところが、住宅は、継続的な繰り返し購入は期待できません。ゆえに、とにかく買ってもらうことだけを目指しがちです。
一戸売れて利益を得たら、次の売買に取り組みます。一度売った土地を再び売ることはできませんから、また新たな土地や家を探さなければならないわけです。新たな商品を用意して、次の買い手を見つけ、再び売り切ろうとします。まるで、一度収穫したら次の場所へ、というサイクルを繰り返す「焼き畑農業」のようです。
最近は状況が変化して、リフォーム市場が拡大し、不動産管理ビジネスも注目されるようになりました。売り手と買い手の関係が長期化する兆しもあります。
ただし、これらの新しいビジネスの現状は、実際に家を売り買いするほど効率的に大きな利益を得られないようです。長く続いた商習慣によって固まった思考回路も、急には変わらないでしょう。家の売り手の思考は変わらず短期的で刹那的でしょうし、買い手の50年後の暮らしを思いやる余裕はないのです。
広告やバイアスに流されず「自分の志向」を明確にする
住宅に関しては、売り手も買い手も短期目線であることを示す例があります。2016年ごろの大手ハウスメーカーのテレビCMです。多くの会社がテレビCMで、家の耐震性能をアピールしていました。家を揺らしても家の構造に影響はないことを示す、実験の風景を表現したタイプが多かったようです。
その背景にあったのは、2016年4月に起きた熊本地震です。熊本県と大分県で相次いで発生して震度7を記録した地震は、日本中にショックを与えました。たしかに、家において耐震性は重要です。しかし、各社横並びの広告に効果があるとは考えられません。
テレビCMに必要な投資は決して安い額ではありませんから、広告主であるハウスメーカーは、顧客ニーズを把握したうえで広告を制作するはずです。購入意向者調査もおこなったことでしょう。しかし、そこで得た購入時の関心も、それをふまえた企業側の広告内容に関する判断も、同様に震災重視の方向だったと考えられます。
ともに短期視点で、家の売り買いを考えていた可能性が高いのです。
家の売買において、売り手は短期視点でも、利益が上がれば当面の問題はありません。
しかし、買い手は一度買った家に数十年住む可能性があるのですから、長期的な視点を忘れてはいけません。売り手による、短期的なトピックを取り上げた販売トークや広告に、影響されるべきではないのです。
家に関する真のニーズ、自分自身の変わらない志向を明らかにすべきです。
さらに、家を買う時期を判断するためには、世の中の変化に関心を持つことも大切です。
すでに顕在化していますが、野村総合研究所のシミュレーションでは、今後の日本において空き家率がますます拡大していきます。2028年には21.8%、2033年には26.2%と、急激に空き家が増えるということです。
一方、国土交通省によれば、日本の人口は2008年に1億2808万人でピークを迎えて以来減少を続けており、2030年には1億1913万人へ、2050年には1億192万人へと減っていくと予想されています。つまり、人口が減って家は余るので、手に入れやすくなる可能性があるわけです。
だとすると、こうした長期予想をふまえて、「何歳から何歳のあいだに、その家に住むか(ローンを払うか)」を計画することができます。これにより、ローンを払う期間は安定収入を得ておこう、といった人生プランが決まるかもしれません。
ただし、人口の減少はメリットばかりではありません。地域における道路や学校、病院等のインフラを支えるのは、住民が納める税金です。人口が減れば、当然税収も減ります。
また、新型コロナウイルスの感染が拡大した時期には郊外への移住が注目されましたが、自治体は人口が広く分散するほどに、インフラ整備や行政サービスを広範囲におこなわざるを得ません。
これによってコストが増えれば、自治体の財政も危うくなります。最終的に行政サービスは低下しているのに、税金はさらに上がるという悪循環に陥る可能性もあります。
そう考えると、家の場所を決めるにあたっては、自治体の状況などをチェックすることも大切です。「住む地域を考える」だけでなく、「住む自治体を選ぶ」ことも必要なのです。
このように、家を買う際には、世の中の状況を把握することが大事です。
とはいえ、最も重要なのは自分の判断です。「状況から判断して買うべきか」よりも「自分が買いたいと思うか」を優先すべきでしょう。さらに「自分が買いたいと思う理由は何か」など、考えを深めることにより、自身の志向やニーズも明らかになります。
こういう思考をうまく進めるために、また、そこで投影バイアスや解釈レベル理論などの心理的なバイアスに邪魔されないように、行動経済学の知識をぜひ活用してください。
【ポイントまとめ】「今の自分」を未来にそのまま投影しない
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いかがだったでしょうか?
「損したくない」と思う気持ちが、無意識に「誘導された選択」を取ってしまう心理トリックにつながっているかもしれません。
行列や口コミに惹かれるのも、企業が仕掛ける〝行動経済学の罠〟の一部かも?知らないままでは、賢いはずの節約が浪費に変わってしまいます。
自分の思考のクセを知り、仕掛けを見抜く力を身につけるためのヒントが詰まった一冊をぜひ書店やオンラインでチェックしてみてください!
『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』
橋本之克 著
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著者/橋本之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディング ディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)、『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。







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