「行列ができている店に入りたい」「口コミが良い商品を選びたい」――そんな気持ち、ありませんか?実はそれ、あなたの〝損したくない心理〟が働いている証拠かもしれません。
賢く節約しているつもりが、気づけば浪費につながることも……。その裏には、行動経済学が深く関わっています。
本記事では、行動経済学コンサルタントの橋本之克さんの著書『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』から一部を再編集し、企業が仕掛ける心理トリックと、それを見抜くためのヒントを紹介します。あなたの「無意識の選択」を変え、より良い人生を歩むための第一歩になるかもしれません。
「いい家」を買うことを難しくさせる「経路依存症」
家を買うにあたっては、ほかの商品を買う場合以上に「いい買い物」を妨げるノイズが入ります。その一つが、古い常識や慣習です。
昭和のころまでは、学校を卒業して社会人になると「家を買ってこそ一人前」などといわれたものです。「家族のために家を買うべきだ」「家の借金を背負ったほうが仕事もがんばれる」などという考え方も一般的でした。
当時は、戸建て住宅を買うべきであるという常識もありました。かつ、これは真実だったのです。理由は地価が上昇し続けたからです。
第2次世界大戦後の混乱期と戦後復興期を終えて、高度成長期が始まった1960年から近年に至るまで、地価の変動率の推移を見てみると、日本は1991年まで、ほぼ一貫して変動率がプラスでした。前年比40%以上のプラスというときもあります。
土地の値段は上がっていくため、家を買っておけば、いずれ買った値段よりも高く売れました。そのお金で、さらに高額の住宅の購入を繰り返すという〝わらしべ長者〟のようなことが現実に可能だったのです。
1973年の朝日新聞で紹介された「現代住宅双六」には、人生の変遷とともに住宅がレベルアップしていく、理想の形が表現されています。

寮や下宿に始まり、木造アパート、公団・公社アパート、賃貸マンション、分譲マンションを経て、庭付き郊外一戸建て住宅が「上がり」というわけです(次ページの図参照)。
この古い常識が覆されたのは、バブルの崩壊の時期です。
昭和の末期から平成にかけて、土地の値段は上がり続けました。バブル経済のもとで、不動産ブームも起こり、「地価が値下がりすることはない」「土地を所有していれば損をすることはない」という土地神話も生まれました。
しかし、バブル崩壊で一気に地価は下がり、長らく地下は上がってきませんでした。2000年頃から東京の商業地などはゆるやかな上昇基調にありますが、住宅地は横ばいが続いています。
住宅、とくに戸建てを買うことで、かつてのようなメリットはもう得られないにもかかわらず、人の記憶は簡単に消えないものです。過去に家を買っておいしい思いをした人にとって、「家を買うべきもの」という常識は変わらないのです。その言動や世の中の風潮は、現在、家を買う時期にある30~40代前後の人にも影響を与えます。若い世代の中にも、古い慣習にしたがって、家を買う人が出てくるのです。
その背景には、自分で考えるよりも、既存の常識や慣習を踏襲することの「楽さ」があります。逆に、それらに反する行動をすると、ストレスや抵抗感を感じるものです。
こういった状況で働く心理的バイアスが「経路依存性」です。慣れ親しんだ状況、それまでの経緯や歴史によって決められた仕組みなど、過去に縛られる傾向のことです。
典型的な例は、パソコンのキーボードです。一般的なキーボードは左上から順に「QWERTY」の並びになっており、この発音通りの通称「クワーティ」と呼ばれています。決して文章を打つのに適していないにもかかわらず、キーボードの標準形となっています。
標準になった理由には、昔タイプライターで採用された際に、文字を速く打てない配列であることが故障を減らす効果があったため、当時の主なユーザーだったモールス符号のオペレーターにとって利用しやすい配列だったため、など複数の説があります。
いずれにしても、一般的なパソコン利用者の打ちやすさに対する配慮はありません。しかし、これが今に至っても改善されていないのは、経路依存性によるものです。
前述の「土地信仰」や「戸建て信仰」以外にも、さまざまな古い常識や慣習が、家を買う選択に影響します。
たとえば、賃貸よりも持ち家にするべきであり、しかもなるべく若いうちに家を買うのが望ましいといった考え方もその一つです。今でも「賃貸の家賃は捨てているだけ」「賃貸と変わらない金額で月々のローンが組める」などというセリフはよく聞かれます。
しかし、購入が必ずしも最善の判断とは限らないでしょう。高額な家を買うために無理してローンを組めば、働く量や時間が増えて、せっかく買った家でくつろぐ時間が減るジレンマに陥りかねません。
家は買うのが当たり前という判断にも、経路依存性が影響しているのです。
新築信仰に潜む心理的バイアス
ただし、家を買うことが全面的に悪いわけではありません。たとえば、家を持つことで経済的な信用力が生まれるというメリットがあります。
住宅ローンの審査が通った事実は、金融機関から支払い能力があると見なされたことを意味します。また、持ち家を担保にできるならば、お金を借りることも容易になります。
家が資産となり、経済的な信用を生むわけです。
しかし、これはあくまで結果的についてくる利点であって、自分自身の信用を高めるために住宅を買うというのは本末転倒です。重要なのは、単に古い常識や慣習に従うのでなく、家を買うかどうかを自分自身で判断することです。
家を買うと決断したとしても、まだまだ経路依存性に影響を受ける可能性があります。たとえば、新築にするか中古にするかという判断です。日本人には「新築信仰」という言葉があるくらい、中古住宅を嫌い、新築を好む傾向があります。「住むなら新築がいい」「他人が住んだことのある中古住宅には抵抗がある」と考える人が多いのでしょう。
国土交通省の資料によれば、日本の住宅取引に占める中古住宅のシェアは13.5%で、アメリカの約90%、イギリスの約86%と比べて6分の1以下と、極端に低い水準です。
ところが、LIFULL HOME’S 総研の「住宅幸福度分析レポート(2018)」によれば、実際に中古住宅を購入した人の満足度は、じつは新築とほとんど差がありませんでした。逆に、新築で購入したことで得られる満足度が続くのはわずか5年であり、築5年を経過するころには、購入した新築住宅の満足度は、築15年の中古住宅と変わらなくなるそうです。
現実に買った人が満足を得ているにもかかわらず中古住宅が普及していないなら、日本人の中には「中古住宅の食わず嫌い」といった心理があるのかもしれません。これもまた、経路依存性の影響があると考えられます。
中古住宅を購入するメリットは、同じ立地でも安く家を手に入れられることです。
それ以外にも、新築を上回る明確なメリットがあります。実物を見たうえで買えることです。
一般的な買い物は、実際の商品を見て判断します。洋服なら試着しますし、自動車なら試乗します。金額が高くなればなるほど、商品を確認してからお金を払うものでしょう。
ところが、新築住宅においてはマンションも戸建て(建売を除く)も、図面などの資料やモデルルーム等を見るだけで販売する売り方が主流です。実際の眺望や風の通り方、どのように光が入ってくるかなどを確認することはできません。その主な理由は、住宅の売り手が損をしないように、なるべく早く建設費用を回収するためです。売り手の都合で、まだでき上がってもいない住宅に対して、買い手は先払いでお金を支払わなければならないのです。しかも、全国平均で6000万円台(2024年の全国新築マンションの平均)という非常に高い金額を、です。
手間が生む愛着─「イケア効果」とは
新築マンションの場合、事前に高層階からの眺望を目にすることもなく、また壁の薄さを叩いて確かめることもできません。最近ではHP上でVR内見ができるサービスなどもありますが、それでも、自分で部屋の中に立って広さを実感することはできないのです。それにもかかわらず、高額の借金を背負って新築を買うのは、よくよく考えてみれば不思議なことだと思いませんか?
中古の場合は、すでに現物があります。人が住んでいたとしても、調整次第で見て触って実物を確認することが可能です。隣に住んでいる人を、実際に確かめることも不可能ではありません。
しかも、新築のマンションや戸建ては、一部の注文住宅などを除く多くの場合、間取りを自由に決めることはできません。あっても、いくつかのパターンから選ぶ程度の自由度です。中古住居をお得に購入してリノベーションすれば、ほかにない自分だけの理想の住まいが手に入ります。
じつはこのリノベーションへの積極的な取り組みに、家の満足度を高める心理的効果があります。それを「イケア効果」といいます。世界的な家具販売会社のイケアは日本でも有名で、その特徴は、商品を持ち帰って自分で組み立てる点です。この「手作り」の要素によって、買い手は、単に家具を買うだけの場合よりも愛着を感じます。米国デューク大学のダン・アリエリーは、この心理的バイアスを「イケア効果」と呼んだのです。
人は自分で手をかけ、時間や労力を費やして完成させたものに、強い愛着を抱くという効果です。
リノベーションの過程では、自分の家の理想を描き、それを業者に伝えるなど手間をかけることが必要になります。その結果、イケア効果が働き、自分の家に対する愛着が高まるのです。
お仕着せの間取りや構造でない住まいが手に入るうえ、家造りに関わる満足も得られるわけです。
古い習慣や常識に流されやすい4つの原因
ここまでは「家は買うべき」「中古より新築」といった、古い慣習や常識に流されることの危険性について述べてきました。そういう状態に陥る背景には、「家を買うことの難しさ」があります。住宅の購入は、一般的な買い物とはかなり異なるのです。
難しさを生む原因の一つめは、「買う頻度の少なさ」です。日常的に食べる食品であれば毎週買いますし、家電などでも数年ごとに買い替えます。買う機会が増えるほどに商品の知識がたまり、自分のニーズを確認する回数も増えて、経験値が上がります。
しかし、住宅を買うのは、不動産の投資家など特殊な人を除けば、一生に1~2回程度でしょう。経験や知識のない状態で、買うかどうかを判断しなければならないのです。
二つめの原因は、「住宅の良し悪しが判断しにくいこと」です。マンションであれ戸建てであれ、構造に欠陥があっても、壁紙などでふさいでしまえば、買い手側はチェックできません。
たとえ見ることができても、素人に問題の有無は判断できないでしょう。時折、欠陥住宅が世間を騒がせますが、このような事態が起きるのも、買う側がチェックすることが難しいためでしょう。
三つめとして、さまざまな法律などの「専門知識が必要なこと」も、家を買うことを難しくしています。家の取引においては、宅地建物取引士という国家資格が必要なほどに、数多くの複雑な規則や法律があります。
家を買う行動は、一生に数回しかない、貴重かつ超高額の買い物です。重要な決断が必要なため、大きな不安を抱えて臨むことになります。しかも、圧倒的な情報不足の状態で、住宅販売のプロを相手に取引しなければなりません。
それらに加えてもう一つ、家を買うことを難しくする原因があります。四つめの原因は、「家を買うことが特別視、神聖視されやすいこと」です。
たとえば「家を買うこと」と「家族を持つこと、養うこと」が、混同してとらえられる傾向はないでしょうか。大手ハウスメーカーは、家を買うモチベーションを高めるべく、テレビCMなどで〝あたたかい我が家に帰る喜び〟〝一家団欒の幸せ〟といった構図を描いています。しかし、あたたかい家庭を築くことと立派な家を買うことは、まったくの別物です。
また昔は「イエが大事、イエを守る」といった考え方が常識でした。血族コミュニティを重視する保守的な考え方は、けっして悪いことではありません。しかし、家を建てる場所を自由に決められないなどの縛りがあると、満足できる買い物はできないかもしれません。
これまで述べてきたように、家を買うことを難しくする原因はいくつも存在します。そのような状況下で、自分自身の情報や経験が足りないにもかかわらず、判断しなければならないのです。心理的にも不安定にならざるを得ないですから、経路依存性のようなバイアスの影響も受けやすいわけです。
「いい家」に住みたい人が確認すべき3つの条件
いい家を買う大前提として、誰にでもあてはまる画一的な答えはありません。当然ながら、人はそれぞれで異なる趣味嗜好があります。働き方は多様で、人生の目的も違います。
家族の理想も一つではありません。家を買うときの正解は、これら個人のあり方すべてをふまえて出すものなのです。
よく「都心に住むべきか郊外に住むべきか」「買うべきか借りるべきか」などのQ&A記事を目にします。しかし、これらは他人が決めることではありません。
土地を持つことにこだわりたいならば、戸建てを買うのもいいでしょうし、持ち家にこだわりがないなら、一生賃貸と決めることも悪くはありません。
ここでは、よりよい判断をするための条件を3つあげましょう。
第1の条件は、選択肢を広げて考えることです。
居住地に関しては、コロナ禍でのリモートワークの普及などにより、都心に比べて郊外の優位性が認められるようになりました。また、両方を兼ねる二地域居住という選択もあります。
住居自体も、新たな形態が増えました。新しい賃貸住宅には、借主が自由にリフォームできるDIY型賃貸や独立住戸以外に、居住者が利用できる共有部分が充実したコミュニティ賃貸などがあります。
単なる分譲ではなく、複数の世帯が独立した住居とともにみんなで使う共用スペースを持ち、生活の一部を共同化する「コレクティブハウス」のような住居もあります。
一流ホテルは賃貸で住宅を提供するようになり、定額を支払えば日本各地にある家に住めるサブスクリプション・サービスも生まれました。数ある選択肢の中から、さまざまな住み方を試すことができます。
ただし、住み方を選ぶときには、第3章で紹介した「決定麻痺」には注意してください。これは、選択肢が多すぎると、人は選択を先延ばししたり、やめてしまったりするという心理でした。
選択肢を広げつつ、同時に最も自分に合う選択肢を探すことが必要です。
第2の条件は、一度の判断で終の棲家を決めようとしないことです。
家を買う場合にも、トライアル&エラーは必要です。現代は、社会や経済の変化が激しい状況にあります。家に対するニーズや志向も変わっていく可能性があります。長期的には、家族の形も変わるでしょうし、収入も変動するでしょう。変化やリスクを見込んでおくことが重要です。
自分が本当に求める条件が、資産的価値なのか暮らしにおける健康や気分のよさなのか、さまざまな条件を探す中で、優先事項が見えてくるのかもしれません。現代においては「住宅すごろく」の上がりは、一つに限定されないのでしょう。
第3の条件は、自宅内で〝住まい〟を完結させようと思わないことです。
家という商品は、簡単に考えると「建物」と「土地」の組合せです。建物に関しては広さや間取り、土地に関しては駅からの距離や自然環境などが重視されてきました。しかし、それら以上に重要なのは、「家の周辺インフラ」、つまり家の周辺に何があるかです。
たとえば、徒歩圏に図書館があれば本棚代わりになります。庭がなくても、近くに公園があれば満足できるかもしれません。すぐ近くにカーシェアステーションがあれば、自家用車がなくても不便はないでしょう。自分に必要な設備を家の中だけでそろえず、外でシェアすることで住みやすさが向上します。地域ともつながれて、暮らしの必要経費もカットできます。
このように「家でなく街に住む」のに適した住みやすい場所を「リバブルシティ」と呼びます。
コロナ禍の影響で通勤の回数が減ったことにより、郊外に住むという選択が再び注目されました。その際、多くの人はまず「家の中でのワークスペース確保」に目を向けがちです。
しかし、実際に生活するのは家の中だけではありません。近隣の環境も含めて時間を過ごすことになるため、街全体が快適に暮らせる「リバブルシティ」としての価値が重要になるのです。
コロナ禍以降「ニューノーマル」という言葉が使われたことがありましたが、家を買う際のニューノーマルは、古い常識や慣習を忘れることです。よりよい選択をするためには、選択肢を増やしつつ、段階的にベストを目指すことも必要になります。
さらに、リバブルシティという尺度を判断基準に加えることも重要です。同時に、性急に最良の結論を求めない、スローな姿勢も不可欠だといえるでしょう。
【ポイントまとめ】選択の主導権を自分で持つことが大事
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いかがだったでしょうか?
「損したくない」と思う気持ちが、無意識に「誘導された選択」を取ってしまう心理トリックにつながっているかもしれません。
行列や口コミに惹かれるのも、企業が仕掛ける〝行動経済学の罠〟の一部かも?知らないままでは、賢いはずの節約が浪費に変わってしまいます。
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著者/橋本之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディング ディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)、『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。







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