「行列ができている店に入りたい」「口コミが良い商品を選びたい」――そんな気持ち、ありませんか?実はそれ、あなたの〝損したくない心理〟が働いている証拠かもしれません。
賢く節約しているつもりが、気づけば浪費につながることも……。その裏には、行動経済学が深く関わっています。
本記事では、行動経済学コンサルタントの橋本之克さんの著書『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』から一部を再編集し、企業が仕掛ける心理トリックと、それを見抜くためのヒントを紹介します。
あなたの「無意識の選択」を変え、より良い人生を歩むための第一歩になるかもしれません。
マクドナルドもハマった「決定麻痺」の罠
買い物では、「何を選ぶか」という選択に悩まされることが頻繁にあります。使えるお金は限られているにもかかわらず、買いたい商品はたくさんあるものです。
行動経済学では、この選択における心理の研究が、数多くおこなわれています。有名な発見の一つに「決定麻痺」があります。これは、人は選択肢が多すぎると、その選択を先延ばしにしたり、選択すること自体をやめてしまったりするというものです。
売り手のほうが、この心理を重視せずに失敗するケースもあります。たとえば、マクドナルドが2015年に日本全国でおこなった「新バリューセット」のキャンペーンです。
新たなセットは、メイン11種類、サイド5種類、ドリンク20種類から好きな組み合わせを選ぶことが可能でした。このキャンペーンでは、1000通り以上に選択肢が広がることをアピールしていたのです。
ただ、店舗に来る買い手にとって、カウンターで正面から見つめる店員や後ろに並ぶ客の視線を気にしながら、1000以上の選択肢から一つを選ぶのは難しいものです。実際、このキャンペーンは早々に終了してしまいました。
わかりやすい価格で豊かなバラエティを提供するというのは、買い手のメリットを大切にする考え方です。このキャンペーンを実現させるために、各店舗では、注文、調理、提供に至るオペレーションを整備するなどの努力をしたことでしょう。しかし残念ながら、買い手の心理における決定麻痺までは、検討されなかったのかもしれません。
逆に、この心理をふまえて利益をあげる企業もあります。決定麻痺の仕組みを解明した米国コロンビア大学のシーナ・アイエンガーの著書『選択の科学』(櫻井祐子訳/文藝春秋)の中に、成功例が紹介されています。
かつてプロクター&ギャンブル(P&G)社が、26種類あったシャンプーを15種類に絞って、売り上げを10%もアップさせたというのです。
これらの例からわかるように、選択肢が多ければ売れるというものではないのです。
多すぎる選択は「決断疲れ」を招く
では、そもそも買い物においての「選択」は、売り手から提供されるべきものなのでしょうか。
いえ、そうとは限りません。買い手は自分で選択肢を用意できますし、さらには「選択をしない」という選択肢もあるのです。
たとえば、米国のオバマ元大統領は、在任中に仕事の際には灰色か青色のスーツしか着ませんでした。その理由について、雑誌「ヴァニティ・フェア」のインタビューで「私は決断する回数を減らそうとしている。食べるものや着るものについて、決断したくない。他に決断すべきことがあまりに多いから」と答えています。
また、米アップル社の創業者である故スティーブ・ジョブズ氏は、「ISSEY MIYAKE(イッセイミヤケ)」によるオーダーメイドの黒いタートルネックを、トレードマークとしていました。
狙いの一つは、ファッションを通して、自分だけのスタイルを人に伝えることだったといわれています。同時に、決まった服があったほうが毎日便利だ、とも話していたそうです。やはり、着るものを選ぶ手間や労力を節約することを重視していたのでしょう。このような考え方は、理にかなっています。
延々と難しい思考を続けたり、重大なことに頭を悩まされたりしている最中には、正常な思考ができなくなることがあります。これを「脳内疲労」と呼びます(「脳内疲労」については、本章で後ほど詳しく説明します)。
これと似た現象に「決断疲れ」というものがあります。たとえ難しい選択でなくとも、長時間にわたって選択や決定を繰り返すと、的確におこなえなくなるのです。服を選ぶといった簡単な選択であっても、影響がないわけではありません。
米国プリンストン大学のディーン・スピアーズは、このことを証明する実験をインド北西部の村でおこないました。
参加者に日用品の中からどれを買うか複数の選択をさせた後、格安の高級石鹸を買うかどうかを尋ねます。その結果、多くの選択をした人ほど、高級石鹸を買う確率が低くなるという結果が出ました。決断を重ねることで認知資源(意思力)が消耗され、合理的な判断が難しくなったためです。貧しい村の人々ほど、その影響が大きくなりました。
この実験からスピアーズらは、貧困の状態にある人は日常的に苦しい節約の選択(例:限られたお金で米を買うか、薬を買うかなど)を強いられているために、決断疲れで意思力を失いがちだと指摘しました。
これは、人間心理と貧困の関係まで言及した、重要な説といえるでしょう。
一方、一般的な人の買い物においても、決断疲れの事例があります。スーパーマーケットなどでは、レジの近辺に置かれたスナック菓子が売れる傾向があります。
レジ前は、店内を回って、買うべき商品を選ぶことに疲れた買い物客が最後に来る場所です。この時点で意思力が弱まった買い物客は、目にしたスナック菓子を衝動的に買ってしまうのです。
買い物に限らず、人は、一日の生活の中で限りない回数の選択をおこなっています。
朝起きて、先にうがいをするか着替えるか、朝食を食べるか食べないか、食べるなら何を食べるか、出かけるときのバッグはどれか、どの靴をはくか……このように選択の数は膨大です。
英国ケンブリッジ大学のバーバラ・サハキアンらは、研究によって、人が1日におこなう意思決定の回数は3万5000回にのぼることを明らかにしています。
これらの事柄は、買い手にとっての教訓を示しています。そもそも生活の中には数多くの選択が必要であること、またつねに決定疲れの危険があるということです。
そのリスクを回避するために、オバマ元大統領やスティーブ・ジョブズ氏らの考え方を取り入れることを検討してもいいでしょう。選択に頭を悩ませずに済むよう、一部の買い物では一定のパターンで選択をするといった方法は、結果的に「いい買い物」につながるかもしれません。
直感を働かせるサイコロの技法
買い物の選択には、台所の洗剤を何にするかといった軽いものもあれば、退職金の運用に用いる金融商品の選定や一生に一度のマイホームの購入など、重たいものもあります。
とくに重要な選択に直面した場合は、難しい選択を繰り返してきた経験者の知恵を借りるのも一つの手です。
私が日本総合研究所で勤務していたころの上司であった田坂広志氏は、ビジネスにおける意思決定に関するエピソードを、数多く話してくださいました。その中の一つ、重要な商品開発プロジェクトを担当した、熟練マネジャーの話が印象に残っています。
そのマネジャーはリーダーとして、商品開発に踏み切るかどうか、リスクが高く難しい選択を迫られていたそうです。会議や調査を重ねてもなかなか結論は出ません。
期限が迫るなかで、ほかのメンバーからも、決断の期待とプレッシャーを受けます。
そこで彼は、「サイコロを振って決めよう」と言い、偶数ならば実施、奇数なら見送りと決めたのです。振ったサイコロの目は偶数でした。ところが彼は「実施を見送ろう」と決断します。その理由は、サイコロの目が示した実施決定を見た瞬間に、心の中で「実施すべきでない」という直感が働いたというものでした。
結論が出ない場面で選択を迫られた熟練マネジャーは、自分の心の中の声を聞こうとしたのです。サイコロを振る行為は、直感を働かせるための一つの手段です。選択に悩み、頭を働かせるほどに直感は鈍くなります。
この例のように、いったんサイコロに判断を預けて心を無にすることは、直感が働く心理状態を意識的に作り出すための一つの方法なのです。
このエピソードは、買い物の選択にしては、ずいぶん難しい話のように聞こえるかもしれません。しかし、買い物によって何を手に入れるか、何を生活の中で日々使うのかは、暮らし全般に影響します。とくに、住まいや資産に関する買い物などの場合は、一つの選択が人生を左右する可能性があります。
もしこの技法を用いるならば、まずは買い物の対象商品についてきちんと調べ、検討することが前提条件です。その結果、自分で考えて結論が出たならば、それに従えばいいでしょう。
しかし、いくら考えても判断できず、直感に頼らざるを得ないこともあるかもしれません。そのようなときのために、この「選択の技法」を頭の隅にとどめて、必要な場面で使ってみるのもいいと思います。
選択肢を減らし、決断の回数も減らす
このように、買い物における選択は、単純なようで奥深いものと言えます。
選択に造詣の深い研究者であるシーナ・アイエンガーは、「選択は創造プロセスである」という説を唱えています。選択を通じて人は、環境や人生、自分自身を築いていくというのです。買い物という選択においても、まさにこのことが当てはまるといえるでしょう。
したがって「いい選択」をすることは容易ではありません。さまざまな条件が必要になります。選択肢をむやみに広げると決定麻痺に陥る可能性があることは、最低限覚えておくべきでしょう。
さらに買い物では、真剣に選択すべきかどうかの判断を、先におこなっておくことも大事です。もし重要でない買い物ならば、パターン化するなどによって決断のストレスを避けることも検討するべきです。
逆に、重要な買い物に直面した場合は、直感を働かせる技法を活用してもいいでしょう。こういった事柄を理解して活用すれば、間違いなく「ダメな買い物」を避けることができるはずです。
【ポイントまとめ】決断疲れは意思決定を妨げる
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いかがだったでしょうか?
「損したくない」と思う気持ちが、無意識に「誘導された選択」を取ってしまう心理トリックにつながっているかもしれません。
行列や口コミに惹かれるのも、企業が仕掛ける〝行動経済学の罠〟の一部かも?知らないままでは、賢いはずの節約が浪費に変わってしまいます。
自分の思考のクセを知り、仕掛けを見抜く力を身につけるためのヒントが詰まった一冊をぜひ書店やオンラインでチェックしてみてください!
『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』
橋本之克 著
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著者/橋本之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディング ディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)、『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。







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