「行列ができている店に入りたい」「口コミが良い商品を選びたい」――そんな気持ち、ありませんか?実はそれ、あなたの〝損したくない心理〟が働いている証拠かもしれません。
賢く節約しているつもりが、気づけば浪費につながることも……。その裏には、行動経済学が深く関わっています。
本記事では、行動経済学コンサルタントの橋本之克さんの著書『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』から一部を再編集し、企業が仕掛ける心理トリックと、それを見抜くためのヒントを紹介します。あなたの「無意識の選択」を変え、より良い人生を歩むための第一歩になるかもしれません。
なぜ、すでに買った商品のことを調べるのか?
高価な買い物をした後に、この買い物は正解だったのか、と不安になったという経験を持つ人は多いことでしょう。
自動車の広告をいちばん熱心に見るのは、その車を買おうとする顧客ではなく、すでにその車を購入した顧客だという説もあります。また、自分が通販サイトなどで買った商品が、購入後に「売り切れ」状態になっているのを見ると、安心する人もいます。
一方で、ネットや雑誌などで、自分が買った商品が批判されている記事を見つけても、あまり真剣には読まないでしょう。あるいは逆に、その記事が誤りであることを期待しながら読むかもしれません。
人は買い物をした後、その購買が間違いではなく、正しい選択だったという確信が欲しくなります。高額の商品であれば、なおさらです。自分が選んだ車がいいものだと主張する広告を見れば、自分の判断が正しかったと再確認できます。自分が買った商品が売り切れるほどの人気商品だったとわかれば、自分がいい選択をしたと信じることができます。
こういった思考には、人の無意識が影響しています。人は意識しなくとも、つねに論理的でありたいと思っています。自分の選択や行動において、正しさや一貫性を持ちたいと考えているのです。これを「一貫性の原理」といいます。
それでも、一貫性が保てず心の中に矛盾があると、気持ちが不安定になります。この状態や、そのときに感じる不快感を「認知的不協和」と呼びます。
この不快感から逃れるために、自分自身を無理な理屈で納得させることもあります。無意識に認知的不協和を解消しようとするのです。
誰もが「自分の行動は正しい」と思いたい
認知的不協和は、1950年代に、米国の心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱されました。この心理を表す有名な例として、イソップ物語の「キツネと酸っぱい葡萄」があります。
キツネは、高い木の枝に生ったブドウを食べたくなりました。しかし、跳び上がって取ろうとしても、ブドウには届きません。そこでキツネは「あのブドウは酸っぱくて食べられないに違いない」と言って、去っていきます。
ブドウが食べたいけれど食べられないキツネは、認知的不協和の状態にあります。これを解消するために、あのブドウには食べる価値がないから食べるべきではない、と考えます。自分の行動が正しいと思い込もうとするのです。
フェスティンガーは実験によって、この心理を検証しています。
まず、実験参加者をAとBの二つのグループに分けて、両グループに「シャベルで土をすくう」という単純作業をおこなわせます。
作業が終わった後、両グループに、次の参加者に対して「いかにこの作業が楽しいか」を伝えるように指示し、Aグループには十分な報酬を与え、Bグループには作業量に見合わない少額の報酬を与えました。
実験の結果、作業の楽しさを上手に伝えたのは、十分な報酬をもらったAグループではなく、報酬の少ないBグループでした。これは認知的不協和による影響です。
Bグループは「報酬も少なく、つまらない単純作業をした」にもかかわらず、「その楽しさを伝達」しなければなりません。ここで生まれる認知的不協和を解消するために、「作業は楽しいものであったかもしれない」と強く思い込みました。その心理状態の中で、作業自体の楽しさを一生懸命に見出し、伝えたのです。
逆に、Aグループは十分な報酬に満足できたこともあり、認知的不協和は働きません。
無理に作業自体の楽しさを見出す必要はなかったため、Bグループほどには上手に伝えられませんでした。
このように人は、無意識かつ自発的に、認知的不協和を解消しようとするのです。
「自分へのご褒美」も認知的不協和の影響
認知的不協和は、さまざまな形で働きます。また、何かの行動の前に影響することもあれば、すでにおこなわれた行動に対して働くこともあります。
行動する前に影響する例に、コロナ禍の自粛下における外出があります。
自粛に疲れて外に出かけたいと思う一方、ウイルスの拡散につながる外出は、社会的にも正しくない行為だと罪悪感を抱きます。この認知的不協和を解消するために、必ずしも感染するわけではない、気をつければ大丈夫などと考えます。あるいは、ストレスで病気になるよりマシだとも考え、出かけてしまうのです。
また、津波など、自然災害の警告があったにもかかわらず、避難しないのも同じです。災害は恐ろしいけれど、避難するのは面倒ですし、時には警報が誤りだったということもあります。
こういう状況で、「津波が来る可能性があるのに避難しない」という矛盾を解消するために、「津波は来ない」あるいは「来たとしても危険ではない」と思い込むのです。
さらに、健康に悪いことがわかっていても、煙草がやめられない人の心にも認知的不協和は働いています。喫煙者は、自分の矛盾を解消しようと「煙草はストレス解消に有効であり、やめなくていい」などと思い込むのです。

買い物においては、高価なブランドものが、どうしても欲しくなったケースなどが考えられます。こんなに高いものを買っていいか悩み、その商品を買う理由を一生懸命に探します。頭の中で「たまの贅沢だ」「自分へのご褒美だ」などと考えを巡らせるのです。
また、安いと知って買いに行った商品が値上げされていた場合にも、認知的不協和は働きます。早く来ていれば安く買えたはずなのに、今は高い値段を払わないと買えないという状況に悩み、時には買わないという結果に至るのです。
行動後に働く心の「矛盾解消」
逆に、何か行動を起こした後で、認知的不協和が働くケースもあります。たとえば、給料が安いうえに辛い仕事を続けている人のケースです。
仕事を続けながらも、心の中には認知的不協和が存在し続けています。すると、この人は「仕事が嫌いなら続けているわけがない」と考え、さらに「自分はこの仕事が好き」と考えます。給料も安く辛い仕事だけれど、働き続ける自分の行動が正しいと思い込むために、矛盾を無理やり解消するのです。
また、わざわざ遠方まで旅行に行き、楽しみにしていた現地名産の日本酒を飲んだとします。このとき、おいしくないという感想を抱く可能性は低いでしょう。
なぜなら「お金と時間を使って米どころまで来たのだから、日本酒はおいしいに決まっている」と思い込むからです。
宝くじを買った後に、買う前よりも当たりそうな気がすることがあります。この状況においては、宝くじを買ったという事実と、当選できずにお金をムダにする可能性が、ともに存在します。
その結果、心の中に認知的不協和とストレスが生まれます。これを解消しようとして「宝くじが当たる」という可能性を信じようとするのです。
買い物の例としては、何かを買った後、失敗に気づくケースがあります。たとえば、高価なブランドのバッグを買った後、「値段が高すぎたかな」と思っても「このバッグには値段に見合う価値がある」と信じ込みます。
買った服のサイズが若干合わないことに気づいた場合も、ミスに気づかなかった自分の行動を認めにくいものです。「別におかしくはない」と自分に言い聞かせて、ちょっと無理をして着たりするわけです。
「一貫性の原理」を活用する営業担当者のやり口
先ほどは「安いから買う」ことの誤りについて解説しました。
理由として、価格と品質が対応するとは限らないこと、買いたくなるように価格設定が仕掛けられている可能性があることをあげました。
さらに、安さと品質のあいだに相関関係があったとしても、因果関係はないと述べました。ここであらためてつけ加えますが、「安いから悪い」とは限らないのと同様に、「高いからいい」とも限りません。

認知的不協和の影響を受けると、「高いからいい」と思って買った場合にその失敗を受け入れられない危険があります。よくない商品に高い金額を払った自分を認められず、この矛盾を解消するために、「高い商品はいいに決まっている」と思い込むのです。
高い金額を払った場合だけではなく、買うために一生懸命に探す努力をした場合も、認知的不協和は働きます。自分の費やした労力が、無意味だったと認めることができません。正しくその商品を評価せず、価値があると思い込む可能性があるのです。
これら多くの事例で示されるように、人は行動の後であっても、自分の努力や負担を正当化しようとします。時には、最初の自分の行動が正しいと思いたいばかりに、自分に不利な行動を重ねてしまうケースもあります。
「フット・イン・ザ・ドア」という交渉テクニックも、この心理を応用したものです。小さな頼みごとを承諾させてから、徐々に大きな頼みごとを承諾させていく手法で、営業担当者が顧客の家を訪れて、商品のセールスをする際などに使われます。
フット・イン・ザ・ドアという言葉は、営業担当者が足を玄関に入れる動作が由来と言われています。まずは玄関を開けてもらい、話を聞いてもらうことから始め、次に試用へ、最後は購入へ、と要求をエスカレートさせていくのです。
この手法がうまくいくのは、買い手の心の中に一貫性の原理が働くからです。ドアを開け、話まで聞いた後に手のひらを返すように断る行動は、一貫性の原理に反します。買い手は認知的不協和を避けようとして、営業担当者の言葉を受け入れ続け、最後には購入せざるを得なくなるのです。
「自分の正しさ」を信じすぎないこと
認知的不協和とは矛盾した状態であり、また、そこで感じる不快感です。
しかし、この心理が働くのは悪いことだと、一方的に決めつけることはできません。たとえば、買い物の前に認知的不協和を感じるということは、その買い物が正しいかどうか自信がないことの表れです。
そこで矛盾を感じる人は、何も考えず衝動買いしてしまう人よりも、ムダづかいをしない可能性があります。矛盾があることに気づけば、対応ができるからです。
認知的不協和による不快感は、判断を誤る可能性があるときに発生する、一種のアラート(警告)と考えるべきかもしれません。
そこで行動を止めず、矛盾を無視し、不快感から逃れようとすると誤った結果に至るのです。アラート後につじつま合わせで自分を納得させるのではなく、買うべきかどうかを再考するのがベストでしょう。
一方、購入した後で、認知的不協和を解消しようとする心理も危険です。誤った買い物を正しかったと理屈づけしてしまうと、間違いを繰り返すことにもなりかねません。
ここで生まれる不快感は、過去の自分を無理に正当化しようとしているアラートでもあるのです。あらためて誤りを検証するのがベターです。
これらのことからわかるのは、認知的不協和が悪いわけではなく、そのアラートを無視することや、なかったことにするのがよくないということです。
また、認知的不協和が生まれる原因について理解しておくことも、大事です。
人は完璧ではありませんから、判断を誤ることもありますし、不合理な行動をすることもあります。そんなことはわかっている、と言う人であっても、自己を正当化しようとする可能性はあります。なぜならば、認知的不協和の心理は無意識に働くためです。
「つねに自分は正しい行動をする」と思い込むと、矛盾に気づきません。むしろ、自分の矛盾も認めるべきです。買いすぎなければ、買い物でストレスを解消するのもいいかもしれません。買った後に失敗したと気づいたら、あきらめつつも失敗を忘れないことで、次の失敗を防げるでしょう。
自分の正しさを信じすぎることが、いちばん危険なのです。
【ポイントまとめ】失敗を「なかったこと」にせず、矛盾を認めよう
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いかがだったでしょうか?
「損したくない」と思う気持ちが、無意識に「誘導された選択」を取ってしまう心理トリックにつながっているかもしれません。
行列や口コミに惹かれるのも、企業が仕掛ける〝行動経済学の罠〟の一部かも?知らないままでは、賢いはずの節約が浪費に変わってしまいます。
自分の思考のクセを知り、仕掛けを見抜く力を身につけるためのヒントが詰まった一冊をぜひ書店やオンラインでチェックしてみてください!
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橋本之克 著
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著者/橋本之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディング ディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)、『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。







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