「行列ができている店に入りたい」「口コミが良い商品を選びたい」――そんな気持ち、ありませんか?実はそれ、あなたの〝損したくない心理〟が働いている証拠かもしれません。
賢く節約しているつもりが、気づけば浪費につながることも……。その裏には、行動経済学が深く関わっています。
本記事では、行動経済学コンサルタントの橋本之克さんの著書『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』から一部を再編集し、企業が仕掛ける心理トリックと、それを見抜くためのヒントを紹介します。あなたの「無意識の選択」を変え、より良い人生を歩むための第一歩になるかもしれません。
格安=チャンス? 損をしたくない心理
価格をどう決めるかは、売り手の自由です。早く売れやすいように安くすることも、利益を多く得られるよう高くすることもできます。
同じ商品でも、売り手によって価格が違うケースもあります。もしリーズナブルな(納得いく)価格で商品が売られていれば、買い手にチャンスがあるということです。
さらに、それが格安で売られているならば、それはリーズナブルなだけでなく、お金を節約して得をするチャンスが目の前にあるということです。買わずにいるということは、それをみすみす手放すことになります。
そこで、買うかどうか考えているうちに「損失回避」が働き始めます。自分が保有する機会に高い価値や愛着を感じ、失う事態を避けたくなります。
すると徐々に、安く買える商品が必要以上に大事なものに思えてきます。場合によっては、その商品が本当に必要だったのか、欲しい商品だったのか、ということなど考えなくなってしまうのです。
このように、安さはダイレクトに心理的な影響を与えます。ゆえに基本的には「安いから買う」という安易な判断は危険だと認識すべきでしょう。
価格を見てから買うまでのあいだには、損失回避だけではなく、さまざまな心理が働きます。その関係についてよく知ることは非常に重要です。それによって、安いから買うべきかどうかの答えも見えてくるでしょう。
ここからは、商品の価格と買い物の関係について、さらに深く掘り下げてみましょう。
「安さ」を演出する値引き表示のカラクリ
人は、安いかどうかを、どう判断するのでしょう。
じつは誰もが「参照価格」という判断基準を持っています。これをもとに、眼の前にある値段との比較をおこない、安いか高いかを判断します。
参照価格には2種類あります。
まず「外的参照価格」です。店頭に表示された「メーカー希望小売価格」や「当店通常価格」など、外部から判断できる価格です。
一方、その人の心の中にある参照価格を「内的参照価格」と言います。過去の購入経験や、見聞きした販売状況、期待や願望などにもとづいた主観的な判断基準です。これらの参照価格との比較によって、高いか安いかが判断されます。
外的参照価格に関しては、基本的には売り手が自由に決めます。買い手が、これを高いか安いか判断する際に注意すべきは「アンカリング効果」です。
アンカリング効果とは、最初に提示された数字や情報などが基準となって、無意識にその後の判断に影響を与える効果です。アンカリングの「アンカー」とは、船が停泊時に下ろす錨のことです。最初に前提として示されたものにとらわれて、まるで錨を下ろした船のように、そこから離れられなくなります。その特徴は、まったく無関係な前提であっても、アンカーになり得る点です。
ノーベル経済学賞を受賞した米国のダニエル・カーネマンは「国連に属する国における、アフリカ大陸にある国の割合」を聞く調査で、このバイアスを検証しました。
対象者を2つのグループに分け、前半のグループには「アフリカ大陸の国家が占める割合は65%よりも大きいか小さいか」と尋ね、後半のグループには「10%よりも大きいか小さいか」と尋ねます(65と10はルーレットで出た数字で意味はない)。
前半グループの回答の中央値(回答中の最高値と最低値の中間)は45%で、後半のグループは25%でした。つまり、まったく意味のない「65」と「10」という値がアンカーとなり、回答が高くなったり低くなったりしたのです。
アンカリング効果は、買い物の場面においても影響を及ぼします。
たとえば、もとの値段が棒線で消されて、値引き額が書かれていることがあります。これはもとの値段をアンカーとしたアンカリング効果によって、値引き後の安さを演出したものです。
買い手は、もとの値段の信憑性を判断できませんから、そこに差があるほどに安いと考えてしまいます。このような設定が簡単にできることからも、「安いから買う」という判断には注意が必要なのです。
「安かろう悪かろう」は本当か
アンカリング効果以外にも、買うべきかどうかという冷静な判断を妨げるノイズ(雑音)はいくつかあります。これまでの例は「安いから買う」という方向に誘導するものでしたが、逆に「安ければ買うべきではない」という方向にうながすノイズもあります。
たとえば、日本に昔からある「安かろう悪かろう」「安物買いの銭失い」といったことわざです。安いから商品の品質が悪い、安い商品を買うと損をするという意味ですが、これらは鵜呑みにできません。
まず、これらの言葉において「相関関係」と「因果関係」の混同が起きている可能性があります。
相関関係は、一方の変化に対応し、もう一方も変化するような関係です。因果関係は、一方が原因となって、もう一方の結果が生まれるという、相関関係よりも密接な関係です。
たとえば、子どもの学力テストと体力テストの点数を都道府県別で比較すると、学力が高いほど体力も高い傾向が見られます。
ここで、学力と健康に相関関係があったとしても、逆に「健康になることによって学力も上がる」ことが証明できなければ、因果関係があるとはいえません。「安かろう悪かろう」に関しても、「安い」から「品質が悪い」という因果関係の証明はなかなか難しいでしょう。
それどころか、安くて品質のいい商品も増えています。典型的な例としてユニクロのヒートテックがあります。すぐれた保温効果を持つ衣類が低価格で売られています。現代における技術の進化が、過去の常識を変えたといえるかもしれません。
価格を購入理由にするべからず
「販売の仕組み」の進化も、「安かろう悪かろう」と逆行する状況を生んでいます。
たとえば、100円ショップでは、とても100円とは思えない高品質で便利な商品が数多く並んでいます。
この業態では「レベニューマネジメント」と呼ばれる仕組みが取り入れられています。
商品によって異なる仕入れ値と売り値をもとにして、総合的に利益を出す方法です。
売り値は同じ100円でも、商品原価はさまざまです。店舗では多くの顧客が多様な商品を買います。その中で利幅の大きい商品と小さい商品のバランスを取り、最終的に利益を出すわけです。
また、大手の100円ショップは店舗数が多く販売力があるため、大量発注により仕入れコストを下げることもできます。このように、商品一つひとつの値づけに依存しない仕組みで利益を得る売り手が増えています。
その他にも、ソフトウェアなどの商品では、「安い」どころか基本的には「無料」でサービスを提供するケースもあります。「フリーミアム」と呼ばれる仕組みです。
買い手は無料でサービスを使い始め、さらに深いサービスを望む場合は有料版に移行します。一部の有料ユーザーが全体のコストをまかなったり、無料ユーザー向けの広告表示で収益を得るなどして、ビジネスを成立させています。
料理レシピのコミュニティサイト「クックパッド」、名刺管理の「Eight」、スマホでラジオ放送が聞ける「radiko」なども有名です。これらは、ビジネスの仕組みの進化が「安かろう悪かろう」の常識を変えた例です。
商品によっては、価格が品質を表す目安になることもありますが、そこに確固とした因果関係はありません。
「安かろう悪かろう」や「安物買いの銭失い」という言葉は、あくまで「値段の安さに目を奪われて、品質を見極めることを怠らないように」という戒めの言葉として理解すべきでしょう。「安い商品だから買うべき」とも「安い商品は買うのを避けるべき」とも、簡単には決められないのです。
つまり、価格は、買い手が購買を決める際のメインの理由にしてはいけないと考えるべきでしょう。あるべき判断は「安いから買う」ではなく「いい商品だから買う」または「必要だから買う」「欲しいから買う」などです。
自分のニーズと好みを知ることが「いい買い物」の第一歩
買うべきかどうかの判断において重要なのは、自分にとって価値があるかを見極めることです。その判断基準を「自分のための商品であること」としてはどうでしょう。
世の中一般にとっていい商品かどうかではなく、あくまで自分自身にとっていいかどうかで判断するのです。
じつは、この基準は、売り手側が意識しているものです。売り手はあなたが気づかないところで、「あなたのための商品」に見せることによって買わせようとしています。
たとえば、自動車保険の広告で「年間走行距離1万km以下のあなたに」といったコピーがあります。この言葉によって、広くドライバー全体に呼びかけるのではなく、走行距離が少なく、事故率も低いドライバーに伝えようとしているのです。
ほかに「油っこい食事や、甘いものが好きな人へ」と広告で謳うサプリメントの広告も同じです。
また、デジタル広告においては、ある商品を検索した人のパソコンやスマホの画面だけに、類似商品の広告を掲載します。これらはすべて、広く一般の買い手ではなく、ピンポイントで買ってくれる個人に到達しようとする試みです。
売り手は、買い手の日常行動、ニーズや好みなどを把握して、商品の購買につなげようと務めます。そのために、アンケート調査やネットのアクセス行動の解析もおこないます。
じつは、これらの行動は、買い手自身がよりよい買い物のために、「自分のための商品であるかどうか」を判断する作業と同じです。
自分自身の行動、ニーズや好みが明らかになれば、自分のための商品かどうか判断できます。自分自身のことですから、当然、自分がいちばんよく知っているはずです。調査やデータ収集は必要ありません。自分の胸に手を当てて、よく考えるだけでいいのです。
自分自身を知ったうえで商品を見れば、本当に自分にとって必要な商品を見つけられます。その値段が適正かどうかは、その後に判断すればいいことですし、提示された価格で買うべきかの判断は買う直前にすればいいのです。
場合によっては、価格の判断において、複数の候補を比べて決めてもいいでしょう。ビジネス取引で買い手がしばしばおこなう、「合い見積もり」です。同じ条件でいちばん安い商品に決めるのです。
このように考えていくと、単純に「安いから買う」という行動が誤りであることが、よくわかることでしょう。
【ポイントまとめ】価格の罠「アンカリング効果」を意識する
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いかがだったでしょうか?
「損したくない」と思う気持ちが、無意識に「誘導された選択」を取ってしまう心理トリックにつながっているかもしれません。
行列や口コミに惹かれるのも、企業が仕掛ける〝行動経済学の罠〟の一部かも?知らないままでは、賢いはずの節約が浪費に変わってしまいます。
自分の思考のクセを知り、仕掛けを見抜く力を身につけるためのヒントが詰まった一冊をぜひ書店やオンラインでチェックしてみてください!
『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』
橋本之克 著
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著者/橋本之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディング ディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)、『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。







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