「行列ができている店に入りたい」「口コミが良い商品を選びたい」――そんな気持ち、ありませんか?実はそれ、あなたの〝損したくない心理〟が働いている証拠かもしれません。
賢く節約しているつもりが、気づけば浪費につながることも……。その裏には、行動経済学が深く関わっています。
本記事では、行動経済学コンサルタントの橋本之克さんの著書『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』から一部を再編集し、企業が仕掛ける心理トリックと、それを見抜くためのヒントを紹介します。あなたの「無意識の選択」を変え、より良い人生を歩むための第一歩になるかもしれません。
メディア多様化で変わる販売戦略
ある商品を定期的に買っているときに、「ここでやめたらもったいない」とか「途中で変えるのは面倒くさい」と思うことは、ないでしょうか。
この心理をよく知るには、まず売り手のビジネスを理解することが必要です。売り手が何かを販売する方法を「マーケティング」と呼びますが、これは大きく2種類に分けることができます。
テレビCMなどマスメディアを使った広告で話題を呼び、百貨店から専門店まで、さまざまな流通店舗をカバーして販売する方法が「マスマーケティング」です。お金がかかるので、資金力のある大企業でないと実行しにくいのですが、大量生産・大量消費の時代、かつマスメディアが絶対的な影響力を持った時代に合っていました。
ところが、現在はメディアが多様化しています。多く利用されるメディアもマスメディアからネットなどへシフトしており、マスマーケティングはおこないにくくなりました。
これと対極にある手法として生まれたのが「ダイレクトマーケティング」です。
「通信販売」とも呼ばれます。
マスメディアに限らず、ネット、ダイレクトメールなど、さまざまなメディアを使って告知し、メールや電話など、さまざまな手段で買い手と直接、会話や文章をやり取りします。クレジットカードや振り込みなどで決済し、商品は直接買い手に送ります。
データで仕組まれる購買心理
従来型のマスマーケティングでは、商品を購入した際に自ら会員登録などをしない限り、基本的には個人を特定されたり、行動を把握されることはありません。
すなわち、商品を買い続けようと、やめようと自由です。やめたと知られることすらないかもしれません。
これは、マスマーケティングが、買い手を「個人」ではなく、「大衆」としてとらえるからです。売り手の目的は、他社より多く購入者を獲得することです。該当する商品の売り買いがおこなわれる市場の中で、より多くシェアを取ることを目指すのです。
一方、ダイレクトマーケティングの目標は、市場シェアではありません。
買ってくれる個人を一人でも多く獲得すること、さらにその人に繰り返し買ってもらうことを目指します。
極端な例でいうと、購入ターゲットが10人しかいない市場においては、マスマーケティングは非効率なので成り立ちません。ところが、ダイレクトマーケティングによってこの10人が確実に延々と買い続けてくれれば、商売は成立するのです。
「変えるのがめんどくさい」を利用する企業戦略これは必ずしも、一人ひとりの買い手に対して、丁寧なおもてなしをするという意味ではありません。個人の顧客をデータ化し、徹底的に管理するということです。
性別、年齢、住所、世帯収入、家族構成などの個人データはもちろん、購入した商品の数や購入時期もデータとして蓄積されています。初めて売り手に接触した日から現在に至るまで、メールなどを通じたすべてのやり取りも記録されています。
ダイレクトマーケティングをきちんとやっている売り手ならば、過去に購入にこぎつけた成功事例のパターンを膨大に持っています。それと照らし合わせながら、買い手にさまざまなアプローチをします。すべての目的は「買わせ、さらに買い続けさせる」ことです。
したがって、買い手に「ここでやめたらもったいない!」という思いを持たせるのは、売り手にとって、絶対的に必要な条件の一つなのです。買い手は「買い続けるかどうか」を、漠然と考えるだけかもしれません。ところが、売り手は全力をあげて「買う」方向に向けて意識づけをし、行動をうながしているのです。
一般の買い手の方々に、まず認識していただきたいことは、この意識のギャップです。
「通販」が特別でなくなった時代
通信販売は、今や特殊な売り買いの一形態ではありません。たとえばテレビCMを見て買いたいものを見つけたとしても、店舗に足を運ぶとは限りません。ネットにアクセスして同じ商品を探し、カード決済などで買うケースが増えています。
この買い方は、ダイレクトマーケティングと同じであり、すでにマスマーケティングとダイレクトマーケティングの境目はなくなりつつあります。
この方法を用いて、すべての売り手は「買わせ、買い続けさせる」ことを目指すことができます。これを可能にする、ネット、デジタルデバイス、顧客データベース、流通網などの技術や環境は、すでにでき上がっているのです。
それと同時に、このような売り買いの方法は、買い手にとってもメリットがあります。さまざまな商品をWebサイトやカタログで確認でき、家にいながら購入して届けてもらえるという便利さがありますから。
売り手は、利便性という顧客のニーズに対応しつつ、さらに、さまざまな方法で買い手の購入意欲を刺激しているのです。
買い手を惑わす「損失回避」と「保有効果」
ここからは具体的な売り手の戦略を、いくつか紹介しましょう。
たとえば、健康食品や化粧品などで「お試し商品」が低価格で販売されたり、無料で提供されたりすることがあります。
このような商品を申し込む際は配送先などの個人情報を伝えることになるので、その後に売り手からのアプローチが始まります。
まず、商品を使い切るころまでには、電話やメールが届きます。使用感などを尋ねられつつ、毎月定期的に購入するコースへと誘導されたり、ボリュームの多いお徳用をすすめられたりします。
さらに、期間限定の「クーポン券」が郵送で届いたり、ネットで配信されることも多いです。たとえば「3000円オフ」といった形で金額が大きく書かれた「クーポン券」のようなものもあります。
じつはこれは、買い物時に3000円分請求額が引かれる単なる「割引」とは似ていながら、より強い効果があります。割引は、買った場合のみ得できるという、形のない「権利」のようなものです。手元には何もありません。
一方、クーポン券の場合は「3000円」と書かれた券が郵送されるか、またはネット上のマイページなどに格納されます。
それはまるで、自分の保有物のように思えます。もし、それを使わないまま期限がくれば、そのクーポン券を失ったことになるのです。
第2章で詳しく説明しますが「損失回避」によれば、損する悲しみは得する喜びより2倍以上も大きいのです。
したがって、3000円割引される得よりも、3000円のクーポン券の価値がなくなる損失のほうが大きく感じられます。
ましてや、クーポン券と名づけられ、(デジタル上であっても)デザインされた自分自身の保有物が失われるのであれば、「保有効果」が働いて、もったいないという感情がより大きくなります。
このような心理によって、クーポン券の期限までに買い物をしてしまうのです。
ズルズル続けてしまう「現状維持バイアス」の罠
また、定期購入を条件に、初回のお試しは無料というケースもあります。2回目以降は有料ですが、キャンセルがない場合は自動的に契約が継続されるパターンです。お試し中に「次から必要ない」と思った場合はキャンセルできるのですが、解約方法がわかりにくかったり、手間が多くて面倒だったりするという例もあります。
無料の初回分だけ利用されてしまうと売り手が丸々損してしまいそうですが、必ずしもそうではありません。買い手は「現状維持バイアス」が働くために、買い続けてしまうのです。
現状維持バイアスは変化や未知のものを避けて、現在の状況に固執してしまうバイアスであり、損失回避によって生まれる心理です。現状からの変化には、何かを失うリスクがあります。少なくとも現状の「安定した状態」は失われます。これら目前の損失を避けようとするあまり、ほかに魅力的な選択肢があっても、同じ状態を維持してしまうのです。日常生活の例では、今まで使ってきた携帯電話を、ほかの会社に変えれば明らかに料金が安くなるとわかっているにもかかわらず乗り換えない、というケースがあります。
あるいは、転職を考えながらも踏み切れず、ズルズルと同じ会社に勤め続ける状態も現状維持バイアスの影響です。
通信販売の定期購入も、1か月くらい継続してみようと思ってキャンセルを先送りした結果、ズルズルと続けてしまうものなのです。
このように売り手は、さまざまな工夫を凝らして買わせようと試みており、その手法もどんどん進化しています。
たとえば、ネットやメールを活用した買い手へのアプローチは、テレビCMなどと比べると安い費用で実施することが可能です。無料お試し後の購入促進メールを、商品を使い終わる前のタイミングで、何度も送るといった手法はよく使われています。
場合によっては、購入促進メールを1か月以上にわたって毎日送るなど、極ケースもあります。従来のルールを壊しながら、どんな方法でも試してみるのが基本的なダイレクトマーケティングの姿勢です。
売り手の作戦に流されないために
もしかしたら、以上のような売り手の考え方や手管を知って、驚き戸惑う人もいるかもしれません。
しかし、このような取り組みをするからこそ、中小企業であっても大企業と争いながら存在できるという面もあります。社会は好景気なわけでもありませんし、数多くの商品や企業が競い合う状況です。売り手も必死にならざるを得ません。
また、売り手が存続してくれてこそ、買い手はモノを買えるわけです。売り手が廃業して商品が売られなくなったり、一部の企業が独占しては困ることもあるでしょう。
とはいえ、売り手の勢いに押されて、意思に反した買い物をしてしまう事態は避けるべきです。そこで、買い手が対抗するために必要なのは、売り手の作戦を知ることです。行動をコントロールされて無意識に買わされたり、さらに購入を続けさせられたりしないような知識を持っておけばいいのです。そのうえで「買い続けるかどうか」を、自分の意思で判断していきましょう。
この最終判断で最も重要なのは、「商品がいいものかどうか」を見抜くことです。実際に試す機会を設け、自分に合わないものは躊躇せずにやめるべきです。
マスマーケティングの時代は、「多くの人にとっていい商品」でなければ生き残れませんでした。ところが今は、売り手から買い手に商品が届けやすくなっているため、「ごく少数の人にとってのいい商品」でも、生き延びることができます。
したがって、商品の選択肢は増えています。その中で自分にとっていい商品を探すことができないと「ダメな買い物」になってしまいます。
「いいかどうか」の判断は、買い手一人ひとりによって異なります。ですから、自分にとってのいい商品は何かを知る必要があります。
もし、それを見つけられれば、ぜひ買い続けてください。いい商品を買い続けることは、間違いなく「いい買い物」なのです。
【ポイントまとめ】定期購入には「現状維持バイアス」の罠がある
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いかがだったでしょうか?
「損したくない」と思う気持ちが、無意識に「誘導された選択」を取ってしまう心理トリックにつながっているかもしれません。
行列や口コミに惹かれるのも、企業が仕掛ける〝行動経済学の罠〟の一部かも?知らないままでは、賢いはずの節約が浪費に変わってしまいます。
自分の思考のクセを知り、仕掛けを見抜く力を身につけるためのヒントが詰まった一冊をぜひ書店やオンラインでチェックしてみてください!
『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』
橋本之克 著
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著者/橋本之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディング ディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。
2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。
昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)、『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。







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