「行列ができている店に入りたい」「口コミが良い商品を選びたい」――そんな気持ち、ありませんか?実はそれ、あなたの〝損したくない心理〟が働いている証拠かもしれません。
賢く節約しているつもりが、気づけば浪費につながることも……。その裏には、行動経済学が深く関わっています。
本記事では、行動経済学コンサルタントの橋本之克さんの著書『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』から一部を再編集し、企業が仕掛ける心理トリックと、それを見抜くためのヒントを紹介します。あなたの「無意識の選択」を変え、より良い人生を歩むための第一歩になるかもしれません。
「お金を使った実感」が薄れる理由
ネットでの買い物行動における「ポチる」という言葉には、コミカルな響きがありますが、じつは注意が必要な行動です。
一つ目の注意点は「お金を使っている感覚の欠落」です。買い物が簡単で便利になるほどに、簡単にお金を失いやすくなります。
財布から現金を取り出して手渡すリアル決済は、お金が減ることで使ったことを実感できます。一方、ネット決済は現金の移動がなく、支払額、引落し額などの数字が示されるだけなので、お金を使う実感や、残高が減っていく感覚はありません。
しかも、繰り返し利用するネットショップであれば、クレジットカードや配送先住所などは登録してあるでしょうから、買い物に伴う手間は非常に少なくなります。ネット決済における支払いが軽いものに感じられ、歯止めがかかりません。結果的に、お金をどんどん使ってしまうのです。
このように、支払い方でお金の価値の感じ方が変わるのは、「メンタル・アカウンティング(心の会計)」の影響です。これは、前項でご紹介したリチャード・セイラーが提唱したもので、お金を管理・使用する際に、そのお金の入手方法や使い方によって心の中で無意識に区別し、価値判断や意思決定を変えてしまうバイアスのことです。
合理的に考えれば同じ「自分のお金」なのに、働いて稼いだ1万円は大事に使い、ギャンブルで勝った1万円はすぐに使ってしまう、というようなことですね。
米国マサチューセッツ工科大学で、このことを検証する実験がおこなわれました。
被験者たちに、バスケットボールの応援チケットのオークションに参加してもらいます。落札後の支払いの際に、被験者の半数は「現金」で支払い、残りの半数は「クレジットカード」で支払う決まりを設けました。
その結果、クレジットカードで支払うグループの平均入札額は、現金で支払うグループの2倍もの高さでした。現金払いよりも、クレジットカードを使うほうが、お金を使いすぎることが示されたのです。
ネットショッピングにおける決済は、現金より簡単なのはもちろん、リアルなクレジットカードの利用以上に手軽ですから、お金を使いすぎる懸念があります。
考える前に指が動く瞬間消費
二つ目の注意点は「買い物が早く済むことによる検討不足」です。
ネットショッピングは24時間すべてが買い物のタイミングになり、スマホを使えば、場所を選ばずどこででも買い物ができます。情報の検索、商品の選択、決済、送付の手配まで、わずかな時間と手間で終了できるのです。
このような買い方の中でも、とくに「即ポチ(すぐに購入ボタンを押すこと)」のような瞬間的で直感的な買い物を、グーグル社は「パルス型消費」と名づけました。
たとえば、空き時間にスマホを操作し、偶然行き当たった情報で購買意欲が刺激され、買いたい気持ちになり、瞬間的に買い物を終わらせる行動です。すべての行動がスマホ上で一瞬のあいだに済んでしまいます。
即ポチがおこなわれるようになる以前は、マーケティング理論において、買い手は商品を買うまでに、いくつかのプロセスを経ると考えられていました。有名な考え方が「AIDMA理論」です。Attention(注意)→Interest(関心)→Desire(欲求)→Memory(記憶)→Action(行動)というプロセスで行動するというものです(「AIDMA理論」については第2章で詳しく説明します)。
この過程を経るには時間がかかりますが、その間に、自分がこの商品を本当に欲しいのかなど、自分自身のニーズや欲求を確認することができました。実際の購入までに、本当に買うべきかなど、自分の意思を固める時間があったのです。
ですから、これは購入後に後悔する可能性が減るなど、いい買い物につながるプロセスでもありました。
もちろん、ネットショッピングには、時間と手間をはぶけること以外にも、リアルな買い物を上回るメリットがあります。
その一つは、買い物時に得られる情報量の多さです。調べようと思えば、商品の特徴、競合との違い、利用者の声、専門家の評価、商品開発の裏側などのストーリー、店舗ごとの価格差、キャンペーンの有無など、膨大な情報があります。これらの情報収集から購買行動までを、連続しておこなうことができるのです。
この情報収集プロセスで重要なのは、情報に触れる中で、自らのニーズや欲求に気づくこと、さらに商品が自らのニーズや欲求を満たしてくれるかどうか確認することです。
ネットショッピングにおいて、かける時間は短くとも、こういう検討行動がおこなわれていれば、いい買い物は可能です。自分にとって必要な商品が、納得できる価格で手に入ればいいわけです。
しかし、即ポチに関しては、そういった時間が十分に確保できないのではないか、という疑問が残ります。パルス型消費においては、人は「物を買おう」という意識さえもなく買い物をします。本当に欲しいかどうかもわからず、一時の衝動で買ってしまいます。
「じつは欲しくないものを買ってしまった」「今は買う必要がなかった」「買ってはみたが使わなかった」などの状況に陥る可能性があることは認識しておくべきでしょう。
不都合な情報をスルーする「確証バイアス」
一方、ネットを通じた情報収集に関しては、また別の注意が必要です。
それは「情報の偏り」です。
この章の冒頭で「買い物に役立つ情報が欲しいけれど、Webの情報が多すぎて探せない板挟み状態に陥る」危険性を指摘しました。その際、自分に都合のいい情報だけを参考にする「確証バイアス」に影響され、偏った判断をする可能性があると述べました。
ネットを活用して情報を集めるときは、たとえ自分の認知バイアスに注意していたとしても、狭い範囲の情報だけで判断してしまう可能性があります。これは、ネットの情報が一人ひとりに合わせて表示される「パーソナライズ」の影響です。
多くの人が情報収集に用いる大手Webサイトには、読者が見たいと思う(であろう)情報を優先して表示する仕組みがあります。これは、サイト側が視聴時間を増やすために取る方策です。これによって、気づかないうちに、自分の好みや考えに合う情報ばかりと接することになるのです。
自分の価値観に合わない情報は、初めから遮断されている可能性があります。ネットによって、確証バイアスが強化される危険性があるのです。自分以外の人に表示される情報内容はわかりませんから、自分向けの情報が万人向けであると思ってしまう可能性もあります。
場合によっては、世の中が皆、自分と同じ考えだと勘違いしかねません。
表示される情報をただ受け入れ続けていくと、関心領域が狭くなります。その状態で、今欲しいと感じそうな商品の情報だけが、果てしなく送り込まれてくると、考える間もなく、一方的に物欲を刺激されます。
また、もともと興味のなかった商品と、意外な出合いをする機会もなくなります。未知との出合いは、生活を豊かにしてくれるものです。変化は刺激であり、時に成長にもつながります。とくに、若く成長途上の人にとっては重要なことです。しかし、受動的に情報を受け取り続けると、こういった機会を失う可能性があるのです。
自分が興味関心のあるものだけに囲まれる生活が、自分にとって本当にいいものか、そのための情報提供サービスは自分にとって本当に必要か、よく考えるべきでしょう。
受け身ではなく能動的に情報を選ぶ
パーソナライズの機能を、情報を提供する「コンシェルジュ」と呼ぶこともあります。
これによって、高級なイメージを醸し出そうという意図があるのかもしれません。
現在は、このような情報提供に対して「情報が多すぎる」「押しつけがましい」という否定的な評価もあるようです。そこには、主に情報の精度不足の問題があります。同時に、個人情報が流出するプライバシーや、セキュリティの問題もあります。
これらの問題に加えて、「与えられる情報以外は見なくなること」、さらには「自分で考えなくなること」の危険性も指摘しておきます。
とはいえ、パーソナライズされた情報を受け取りたい、というニーズもあります。なぜなら、音楽聞き放題や動画の見放題サービスのリコメンデーションで、自分の好みに合う、今まで知らなかった音楽や映画に出合うこともあるからです。
したがって、パーソナライズを絶対的に否定するべきではありません。
重要なのは、ネットのパーソナライズにより、情報が偏っているという事実を知ることです。自分のスマホやPCに表示されたニュースなど、ネットで「受動的に」知る世界は、誰かが取捨選択して送り込んだ可能性があると理解することなのです。
これは、ネットを活用する際に、当然知っておくべき必要不可欠な認識です。
ネットやデジタルの利点を活かして買い物のスピードを高めることを、全面的に否定しているわけではありません。必ずしも長い時間をかければいいとは限りませんから、いくつかの注意点を守ればいいのです。
たとえば、受け身にならずに情報を収集すること、同時に自分自身のニーズや意思を確認すること、ネット情報の偏りに気をつけること、手軽にお金を使いすぎないことなどです。
リアルとネットの良さを兼ね備える行動ができるといいでしょう。たとえば、リアルな買い物で、売り場からレジまで歩く時間に少し考えるのと同じように、通販のカートに入れてから決済手続きまで、ひと呼吸置くのも効果的です。
そのうえで、買い物のプロセスすべてを楽しむことができると理想的です。こうしておこなう買い物は、間違いなく「いい買い物」だといえるでしょう。
【ポイントまとめ】決済の軽さが財布の軽さにつながる
☆ ☆ ☆
いかがだったでしょうか?
「損したくない」と思う気持ちが、無意識に「誘導された選択」を取ってしまう心理トリックにつながっているかもしれません。
行列や口コミに惹かれるのも、企業が仕掛ける〝行動経済学の罠〟の一部かも?知らないままでは、賢いはずの節約が浪費に変わってしまいます。
自分の思考のクセを知り、仕掛けを見抜く力を身につけるためのヒントが詰まった一冊をぜひ書店やオンラインでチェックしてみてください!
『100円のコーヒーが1000円で売れる理由、説明できますか?』
橋本之克 著
アスコム刊
【Amazonで購入する】
【楽天ブックスで購入する】
著者/橋本之克
行動経済学コンサルタント/マーケティング&ブランディング ディレクター
東京工業大学卒業後、大手広告代理店を経て1995年日本総合研究所入社。自治体や企業向けのコンサルティング業務、官民共同による市場創造コンソーシアムの組成運営を行う。1998年よりアサツーディ・ケイにて、多様な業種のマーケティングやブランディングに関する戦略プランニングを実施。「行動経済学」を調査分析や顧客獲得の実務に活用。2018年の独立後は、「行動経済学のビジネス活用」「30年以上の経験に基づくマーケティングとブランディングのコンサルティング」を行っている。携わった戦略や計画の策定実行は、通算800案件以上。昭和女子大学「現代ビジネス研究所」研究員、戸板女子短期大学非常勤講師、文教大学非常勤講師を兼任。『世界は行動経済学でできている』(アスコム)、『世界最先端の研究が教える新事実 行動経済学BEST100』(総合法令出版)、『ミクロ・マクロの前に 今さら聞けない行動経済学の超基本』(朝日新聞出版)などの著書や、関連する講演・執筆も多数。







DIME MAGAZINE












