『錦の御旗を掲げる』は、自分の主張を権威付けするために用いられる慣用表現です。天皇(朝廷)軍の旗印として掲げられた、特別な旗に由来します。類似表現には『大義名分』などがあります。
目次
「錦の御旗を掲げる」とは?
『錦の御旗を掲げる』は、主に二つの意味があります。まずは、もともとの意味と現代での使われ方について詳しく見ていきましょう。
■「錦の御旗を掲げる」の基本的な意味
『錦の御旗を掲げる』の意味は、天皇から下された特別な旗を指します。錦の御旗とは、赤い錦地に金銀で日月が描かれた格式高い旗のことです。
天皇から授けられたこの旗を持つ軍は『官軍』とされ、朝廷のお墨付きを得た正義の軍として強い権威を持ちました。対する側は『賊軍』『朝敵』と呼ばれ、世論からも軍事的正当性を失うことになります。
錦の御旗は単なる軍旗ではなく、天皇の意思と官軍の正統性を示す強力なシンボルだったのです。
■現代で使われる慣用的な意味
現代の『錦の御旗を掲げる』は、自分の考え・行動に権威を持たせるための慣用句として使われています。『絶対的な後ろ盾』『誰も反論できない理由』のように、権威付けする手段として用いられるのが特徴です。
表向きには立派な理由を示しますが、実は別の目的があることも多く、批判的な意味を含む場合もあります。政治やビジネスの現場で、表向きの権威を使って自分の正当性を強める表現として、広く定着しています。
「錦の御旗を掲げる」の使い方と類似表現

『錦の御旗を掲げる』はビジネスから政治、日常会話まで幅広く活用されていますが、状況に応じた使い方のポイントがあります。ここでは、具体的な使用場面や例文、注意すべきポイント、そして類似表現との違いについて詳しく解説していきます。
■「錦の御旗を掲げる」の効果的な使用シーンと例文
『錦の御旗を掲げる』は、議論・交渉で自分の主張に権威を持たせるための表現です。高い地位の人や否定しにくい理由を示すことで、反論できない状況を作る意味合いがあります。
- 本部の方針を錦の御旗に掲げ、部署間の調整をスムーズに進める
- 国民の安全という錦の御旗を掲げて、新たな法案を提出した
- 教育委員会の決定を錦の御旗として揚げ、新しい教育制度を導入する
絶対的な権威や理由を示し、議論を有利に進める場合に使われる慣用句として広く使われています。
■「錦の御旗を掲げる」を使用する際の注意点
『錦の御旗を掲げる』という表現は、若い世代には伝わりにくい可能性があります。ビジネスの場で使う場合は、「つまり、反論しづらい権威を持ち出すということです」といった説明を添えると、相手にもニュアンスが伝わりやすくなるでしょう。
また、否定的なニュアンスを含むこともあります。「錦の御旗を掲げて」と言われると、「本当の理由は別にあるのでは?」と疑われる場合もあります。権威に頼りすぎると、自分の意見や判断力がないと思われる危険性もあるでしょう。
■「大義名分」や「旗印」との違い
『大義名分』は、行動・主張を正当化する理由や根拠を指します。儒教に由来する言葉で、現代では『行動を正当化するための理屈』として使われています。
『錦の御旗』が絶対的な権威そのものを示すのに対し、『大義名分』は理由・根拠を示す点が主な違いです。
また、『旗印』は集団が掲げる目標・理念を表す言葉で、必ずしも権威付けを意味しません。例えば、『環境保護を旗印に活動する団体』のように使います。
使い分けは、行動の理由を述べる場合は『大義名分』、絶対的な権威を持ち出す場合は『錦の御旗』、集団の目標を示す場合は『旗印』が適切です。
「錦の御旗」の歴史的背景

『錦の御旗』の歴史的背景は、日本の重要な転換点と深く結び付いています。歴史的背景を理解することで、なぜ現代の慣用表現が生まれたのかがより明確になるでしょう。
■承久の乱
錦の御旗は、鎌倉時代の承久の乱(1221年)に起源があるとされています。このとき、後鳥羽上皇が朝廷軍の将に与えた錦の旗が、後に『錦の御旗』の起源と見なされるようになったともいわれています。
承久の乱の頃に用いられた錦の旗は、赤い錦の布地に不動明王や四天王の姿を表したものだったと伝えられ、現代にイメージされる日月紋章入りの旗とは異なっていました。
当時も、天皇・上皇から与えられた錦の旗は、朝廷側の権威を示すものと受け取られていたそうです。しかし、承久の乱でこの旗自体が戦局を大きく左右したかどうかは、史料からは明確でなく、具体的な影響をたどるのは難しいとされています。
■鳥羽・伏見の戦い
1868年の鳥羽・伏見の戦いでは、新政府軍が錦の御旗を掲げたことが歴史的な転機となったそうです。この錦の御旗は、天皇の命を受けた官軍であることを示す旗で、菊の御紋や日月の意匠が金色であしらわれていたとされています。
注目すべき点として、この錦の御旗は公家の岩倉具視のはからいで、薩摩藩側が密かに製作したとする説がよく知られています。新政府軍(官軍)であることを示すために掲げられたこの旗は、旧幕府軍に大きな心理的な影響を与えたそうです。
天皇への反逆と見なされることを恐れた旧幕府側は、錦の御旗の掲揚なども背景に、徳川慶喜自身が前線から退き、江戸への退却を選んだといわれています。
武力だけでなく『正統性』という無形の力が、戦争の行方を左右し得ることを示す象徴的な出来事であり、後に『錦の御旗を掲げる』という慣用表現が生まれる背景の一つとなりました。
「錦の御旗を掲げる」を正しく使おう

『錦の御旗を掲げる』は、自分の主張・行動を正当化するために、強い権威や大義名分を持ち出すという意味で使われる表現です。 もともとは承久の乱や鳥羽・伏見の戦いなどで用いられた錦の御旗に由来し、現代では比喩的な慣用表現として用いられています。
類似表現には『大義名分』『旗印』がありますが、それぞれニュアンスが異なるため、正しく使い分けることが大切です。また、使う場面や相手によっては、意味が伝わりにくいケースもあるため、使用時には注意しましょう。
構成/編集部







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