クリスマスは、子どもだけでなく誰もがどこかソワソワする季節だ。街角のイルミネーションにふとした高揚感を感じている人も多いだろう。
そんな季節、北米の空と海を守る厳格な軍事組織が、その持てるテクノロジーのすべてを「赤い服を着たあの訪問者」の追跡に注ぎ込んでいることをご存知だろうか。
1950年代から約70年続く「サンタ追跡」の起源とは
北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)による「サンタ追跡」だ。1950年代から約70年続くこの取り組みは、今や世界中が注目する恒例行事となっている。
きっかけは、1955年にある百貨店が出したが広告だった。
本来なら「業務外」として切り捨てるはずの出来事を、当時の司令官は機転を利かせ、世界最大のエンターテインメントへと変貌させたのだ。
大学時代から30年、学問としてクリスマスの歴史を追いかけてきた筆者も、毎年この「追跡」を欠かさない一人。なぜ、防衛の最前線に立つ組織がこれほど本気なのか。そして、なぜ慌ただしい日々を送る大人の心まで掴んで離さないのか。
今回は、NORADが誇る追跡システムの裏側と、クリスマスの日に「ショートトリップ」をもたらす楽しみ方を整理してみたい。
そもそも「NORAD」とは?

NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)は、アメリカとカナダが共同で運営する防衛組織だ。飛行機やミサイル、宇宙空間の人工物などを24時間体制で監視する、いわば北米の「空と海の見張り役」である。
これほど厳格な組織が、なぜサンタクロースを追いかけるようになったのか。そのきっかけは、先にも触れた1955年の出来事にある。
当時、ある百貨店が「サンタクロースに電話をかけよう」と新聞広告を出した。ところが、掲載された電話番号はCONAD(NORADの前身)につながってしまった。その結果、子どもたちからの電話が集中することになる。
ところが、電話を取った当直将校は、困惑する代わりに機転を利かせ、「こちらはサンタクロースだよ」と優しく応じた。
このひとりの軍人の温かな思いやりが、70年続く、世界でも有数のプロジェクトへと繋がっていったのである。
現在、この追跡の様子はパソコンのWEBサイトだけでなく、スマートフォン向けのサイトや専用アプリも用意されており、誰もが手軽にその壮大な旅に同行できるようになっている 。
軍事のプロが投じる、最新鋭の「サンタ監視網」

NORADのサンタ追跡は、単なる演出や比喩ではない。実際に北米防衛の最前線で稼働している監視システムが、この日ばかりは総力を挙げてサンタクロースを追跡する。
そのプロセスは驚くほど本格的だ。
まず、カナダ北部からアラスカにかけて配置された「北部警告システム」のレーダー網が、北極圏を出発するサンタクロースの機影を捉える。
そこから先は、宇宙にある人工衛星の出番だ。地球同期軌道上の衛星が、ミサイルの熱を監視するのと同様の精度で、トナカイの「ルドルフ」の鼻から放たれる熱信号を感知し、現在地を秒単位で更新し続ける。
さらにサンタが北米に近づけば、カナダ軍のCF-18や米軍のF-22といった主力戦闘機がスクランブル発進さながらに飛び立ち、空から「守護(エスコート)」の任に就く。
これだけの国家規模の技術と精鋭たちが、一人の旅人のために動いている(ちなみに「サンタクロースっているの?」という疑問はこのサンタ追跡ではNGワードだ)。

追跡の様子はリアルタイムで特設サイトに反映される。
刻々と更新される現在地とともに、移動距離や配られたプレゼントの数が天文学的な数字で積み上がっていく光景は、サンタクロースという存在が持つ圧倒的なエネルギーを私たちに実感させてくれる。
なぜ、そこまで追跡をするのか。
彼らは「公認のサンタ追跡者として、この任務に誇りを持っているからだ」と答えている。
「子どものため」だけでは終わらない、大人の楽しみ方
「サンタ追跡」は、子どもの夢を壊さないためのファンタジーとして捉えている人も多いかもしれない。
しかし今、SNSを眺めると、多くの大人がこの追跡を心待ちにしていることがわかる。仕事の合間にそっとサイトを覗き、日本に来る時間を待つのだ。
かくいう筆者もそのうちのひとり。
我が家には子どもはいないが、サンタが東京に来たタイミングでプレゼントを交換するというイベントを毎年行っている。
大人だけの家庭であっても、世界中で「いま、この瞬間」が動いていると感じるだけで、これまでのクリスマスがさらに特別な「出来事」へと変わる。

「いま、この瞬間」を世界と共有する贅沢
年末の慌ただしい時間の中でサンタ追跡のサイトを開き、「いま、彼はエベレストを越えたのか」と確認する数分間は、日常からふっと視線を外してくれる、最短の「ショートトリップ」だ。
地図上の点が動くたび、その場所がどんな夜を迎えているのか想像を巡らせてみてほしい。そして、世界のどこかで、見知らぬ誰かが同じ画面を見つめ、同じ時間を共有していることに思いを寄せてみてほしい。
この時間こそが、忙しい日々を送る私たちにサンタクロースが手渡してくれる、最高のプレゼントなのかもしれない。

取材・文/内山郁恵







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