広島県に、いま注目のゆるキャラがいる。その名は「ひろくま」。
広島県に住むごく普通のくまで、レモンを食べすぎて体が黄色くなってしまったらしい。2023年9月に(一社)広島県観光連盟(HIT)のローカルキャラクターとして発表され、「HITひろしま観光大使」にも就任。現在、Xのフォロワー数は7万人、累計フォロワー数は13万人を突破している。
ひろくまが注目を集める理由は、従来のゆるキャラとは異なるアプローチにある。ご当地モチーフを前面に押し出さず、SNSを主戦場として「純粋にキャラクターとして愛される」ことを目指す戦略だ。
生みの親であるCHOCOLATE Inc.クリエイティブディレクターの島村ビギさんに、ひろくま誕生の背景と独自の戦略について話を聞いた。
広告の限界から生まれた新たな挑戦
CHOCOLATEは、2020年から広島県の観光ブランディングやプロモーションに携わってきた。新聞広告やCMなど、広告的なアプローチで成果を上げる一方で、島村さんの中には課題意識が芽生えていたという。
「広告は、ほとんどの人が翌日には忘れてしまいます。もう少し資産になる形で広島県のファン作りができないかと、ずっと考えていました。そこで思いついたのが、ゆるキャラを今の時代に合わせた作り方でもう一度生み出すということ。新しいファン作りの形にトライできるのではないかと考えたんです」
ゆるキャラという手法を選んだのは、キャラクターが持つ資産としての価値に着目したからだ。広告は出稿期間が終われば消えてしまうが、キャラクターは育てるほど価値が蓄積されていく。くまモンのように県のシンボルとして長く愛されるキャラクターになれば、観光PRにおいても頼れる存在となる。
多くの人気キャラクターがすでに活躍している今、新たなゆるキャラで存在感を示すのは容易ではない。それでも島村さんは広島県観光連盟(HIT)にこの構想を提案した。数年間にわたってパートナーとして信頼関係を築いてきたこともあり、HITはこの挑戦を受け入れた。
先に決めたのはキャラクターではなく名前
ひろくまのデザインには、明確な意図が込められている。最大の特徴は、ご当地モチーフを極力抑えていることだ。広島といえばお好み焼き、牡蠣、もみじ饅頭が定番だが、ひろくまにはそうした要素がほとんど見られない。一見すると〝ただの黄色いくま〟である。
「広島をPRすることが本来の役目ですが、まずは純粋に好きになってもらうことが先だと思ったんです。愛されるキャラクターを目指しながら、時々その中に広島の良さが自然と出てくる。そういう塩梅を意識しています」
興味深いのは、キャラクターの制作プロセスだ。通常であれば見た目やコンセプトから決めていくところを、ひろくまでは名前から先に固めていった。覚えやすく、短い単語で収まり、広島のキャラクターであることが伝わる名前。
そうした条件を満たす案を模索する中で、「ひろくま」という名前が浮上した。
「パッと名前を聞くと普通のくまのキャラクターですが、広島のキャラクターだと聞けば、ひろしまをもじった名前なのだと納得できる。そのバランスが絶妙だなと考えました。」
では、体の色が黄色いのはなぜか。これは〝レモンを食べすぎたから〟だ。
広島県はレモンの生産量が日本一だが、その事実は牡蠣やお好み焼きほど広く知られていない。「定番以外のモチーフを押し出したい」という意図があり、レモンというモチーフが採用された。
1投稿でフォロワーが8000人増加したSNSの転機
ひろくまの主な活動拠点は、SNSだ。イベント出演を中心に現地でファンを増やしていく従来のゆるキャラとは、スタート地点から異なっている。
「一つ一つの投稿で、ひろくまの魅力や個性をどう伝えるかを毎回チームで議論しながら作り込んでいます。その積み重ねでキャラクターを育てていくというのが、ひろくまの活動の土台になっています」
ただし、ひろくまのキャラクター像は最初から固まっていたわけではない。発表当初は牡蠣をダッシュで追いかけるなど、アグレッシブな一面も見せていた。
転機となったのは、雪合戦をするひろくまを描いたループアニメーションの投稿だ。家の窓から覗き見るような構図で、ひろくまが広島県に実際に住んでいるかのような実在性を感じさせる内容だった。
「ひろくまの個性って何だろうと議論を重ねる中で、広島県に本当に住んでいるというのがSNSキャラクターとしては珍しいよね、という話になりました。オリジナルの世界観の中で暮らすキャラクターも多いですが、ひろくまは実在する土地に住んでいる。その実在性を感じられる投稿を作ったところ、それまでの約10倍のいいねをいただいたんです。」
その後に投稿されたのが深夜に一人でプリンを食べる、ひろくまのアニメーションだ。食いしん坊というキャラクター性と、実在性を感じさせる演出。この組み合わせが大きな共感を呼び、7万いいねを突破した。結果として、この1投稿だけでフォロワーが約8000人増加することにつながった。
広島から全国へ!変化するファン層と広がる活動
SNSでの躍進は、ファン層の構成にも変化をもたらしている。
「誕生初期は広島県在住の方が約5割を占めていて、年齢層も30~40代の女性がボリュームゾーンでした。それが、SNSで広がっていくにつれて全国に分散していき、今では首都圏の方のほうが多いくらいです。年齢層も、20代が中心になってきました」
活動はSNSにとどまらない。グッズ展開にも力を注いでおり、デザインの一つ一つにこだわりを持って制作している。
「広島に遊びに来てくれた方が、お土産売り場でひろくまのグッズを見かけて、そこからキャラクターのことを知ってくれたらうれしいですね。『広島県っておしゃれでかわいい県だな』と感じてもらえるような、そういうきっかけになればと思っています」
SNSを主戦場としながらも、全国各地で開催されるゆるキャラのイベントには積極的に足を運んでいる。ゆるキャラ界ではまだ新人の立場だが、先輩キャラクターとの交流を通じて、ゆるキャラファンの間での知名度は着実に向上した。
広島県観光連盟(HIT)との関係性も、ひろくまの成長を支える重要な要素だ。普段のSNS投稿はキャラクターの魅力を伝えることを優先しながらも、広島県の各所が実はその中で切り取られていたり、よりPRが必要な場面では観光大使としての役割を果たしたりという分担ができている。
「HITの皆さんとも、ひろくまをどうしたらもっと多くの方に愛してもらえるか、どうしたら広島県の観光に繋げられるかを一緒に考えて、チームとして取り組めている。ありがたい関係性だと感じています」
地元での存在感を固め、県のシンボルへ
ファン層が全国に広がる一方で、島村さんは次のステップを見据えている。県のシンボルを目指す以上、地元での存在感を確立することが欠かせないからだ。
「ロードマップとして考えると、まずは地元で愛されることが一番大事だと思っています。年明けに向けても、県内での取り組みをいろいろと準備していて、もっと県内の方に知ってもらい、愛してもらうための基盤作りを進めているところです。その土台ができれば、SNSの勢いもさらに広げていけると考えています」
その取り組みの一つが、広島電鉄とのコラボレーションだ。ひろくまをあしらったラッピング電車が、先日より広島駅~広電宮島口間を走り始めた。
「広島に行けばひろくまと触れ合えるという、象徴的な体験をずっと作りたいと思っていました。このたび広島電鉄さんとご一緒できることになり、ひろくまを全面にあしらった電車を走らせられることになったんです。外装だけでなく内装もひろくま尽くしで、ひろくまを感じながら宮島方面まで行くことができます。観光体験とひろくまとの触れ合いを組み合わせた、新しい試みです」
ひろくまが目指すのは、くまモンが成し遂げてきたような県のシンボルになることだ。同時に、SNSを軸に純粋なキャラクターとして世界中で愛される存在にもなりたいと島村さんは語る。
「県のシンボルとして様々な場面で活用される存在になることは、県の観光連盟から生まれたキャラクターとして絶対に達成したい目標です。それと同時に、SNSを軸に純粋なキャラクターとして世界中で愛されていくという、両軸を追求していきたい。それがひろくまのなすべきことだと思っています」
一過性の話題として消費されるのではなく、長く愛され続ける存在を目指して生まれたひろくま。
SNSの中で、そして広島の街中で、その黄色い姿を見かける機会はこれから増えていきそうだ。
取材・文/宮﨑駿
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