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中山美穂が見せた〝本当の顔〟とは?映画『東京日和』が今も観る人の心を揺さぶる理由

2025.12.16

中山美穂の急逝から1年が過ぎた。

テレビドラマ『毎度おさわがせします』で鮮烈なデビューを飾り、その後は数々のドラマや映画で80〜90年代を代表する存在になっていった。

ただ、私はどうも彼女が好きになれなかった。

演技が下手というわけではない。けれど、セリフがどこか〝彼女自身の声〟として届かず、いつも役をしっかりと〝演じている人〟に見えてしまっていたのだ。

そんな私が大きく心を動かされたのが、1997年制作の竹中直人監督作『東京日和』である。

この『東京日和』が待望のデジタルリマスター化され、Blu-ray&DVDとして12月3日に発売された。また、発売を記念して、同日に池袋で特別上映会も行なわれた。

もちろんその上映会にも足を運んだ筆者が、『東京日和』が捉えた中山美穂という、唯一無二の不思議な存在感について、少しでも共有できたらと思う。

『東京日和』はどんな魅力を秘めた映画なのか?

『東京日和』は、写真家・荒木経惟と妻・陽子による同名の写真&エッセイ集をもとにした作品。俳優の竹中直人がメガホンを取り、1997年に制作された。

写真家が亡き妻との日々を綴ったセンチメンタルな純愛ドラマで、脚本は岩松了、撮影は『GONIN』などを手がけた佐々木原保志が担当している。

映画では、写真家・島津巳喜男(竹中直人)と、その妻ヨーコ(中山美穂)が、東京の様々な風景の中で過ごした夫婦の日々が淡々と描かれていく。

夫婦だからこそ感情が溢れてしまう瞬間もあれば、夫婦ならではの静かで幸福な時間もある。それらは劇的な事件として描かれるのではなく、日常の断片として積み重ねられていく。

大きなドラマよりも、2人のあいだに流れていた「空気」そのものを掬い取ろうとした映画である。

主題歌と映画音楽を手がけたのは大貫妙子で、坂本龍一との共演による音楽は第21回日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を受賞している。

上映会で語られた『東京日和』の「裏側」と会場の空気

12月3日に開催された特別上映会の会場には、ざっと見て300人ほどが集まっていた。

年齢層は50〜60代が中心で、男女比もほぼ半々。とはいえ意外と若い観客の姿もあって、この作品が世代を超えて関心を集めていることを感じさせた。

興味深かったのは、会場の3分の1強が『東京日和』を〝初めて観る人たち〟だったことだ。公開から27年経った作品であるにもかかわらず、いま新しく触れる観客がこれほどいる。それだけ、この映画が今も「求められている」作品なのだと実感した。

監督を務めた竹中直人氏

上映後には竹中直人監督と音楽を手がけた大貫妙子氏が登壇し、『東京日和』がどのように生まれたのか、その背景を語ってくれた。

竹中監督は、原作の写真集と出会った瞬間、「ヨーコを演じるのは中山美穂以外に考えられなかった」と強い確信を抱いたという。陽子さんが持つ透明さ、かすかな感情のゆらぎ、〝ただそこに存在する人〟としての佇まい。その像と重なる俳優は彼の中で1人しかいなかった、と。

トークでは、印象的なシーンのいくつかが原作にはない〝映画オリジナル〟として脚本に加えられたストーリーであることも明かされた。

中でも、石をピアノに見立てて2人でトルコ行進曲を弾く場面は、中山美穂の子ども時代の記憶をもとにしたアイデアだという。ヨーコの〝妙にリアルな瞬間〟の一部が、俳優自身の原体験から立ち上がっていたことになる。

一方の大貫氏は、映画音楽について「愛情と感情を大切に作った」と語った。さらに驚くべきことに、多くの楽曲が撮影前の段階で完成していたという。

俳優の動きに合わせて音楽を〝後から寄せる〟のではなく、映画全体の空気そのものを先に描き、そこに映像が入っていく。そんな独特の制作過程が、この作品の静けさと体温を形づくっていたのだ。

世の中の評価と、私の中の『東京日和』

中山美穂が出演した映画やドラマのランキングは数多くあるが、映画部門で代表作として挙げられることが多いのは『Love Letter』だ。1995年制作、岩井俊二監督の作品で、「中山美穂の代表作」という枠を超えて、邦画の名作として今も語り継がれている。

もちろん私も鑑賞していて、深く感動した1本である。私自身の「邦画ベスト」を挙げるとしても、かなり上位に入ってくるだろう。

ただ、それでも私にとって特別な作品は『東京日和』だ。

それは、作品としての完成度やストーリーの巧みさよりも、〝ヨーコ〟という女性のそばに、ただ時間が流れているような感覚に、心をつかまれてしまったからである。

ドラマティックな山場やわかりやすい名シーンよりも、何気ない会話や沈黙、ふとした表情の変化のなかで、中山美穂が演じるヨーコがそこに「存在している」と感じられた。その実在感が、ほかのどの出演作ともまったく違って見えたのである。

実際、1997年の公開当時、ヨーコの行動の一つ一つに私の気持ちが持っていかれてしまって、ストーリー全体を十分に追えていなかった。それさえ気づかず、自身のお気に入りの作品として長年過ごし、28年たった先日の上映会で、話の筋をきちんと理解したほどだ。

それほどまでに、ヨーコという存在が私の感情の奥を揺さぶってしまったのだ。

『東京日和』が捉えた、中山美穂の〝本当の顔〟

『東京日和』のヨーコを見ていると、こちらに向かって「演技」をしている感じがほとんどない。セリフの一つ一つが役としてではなく、彼女自身の体の奥からそのまま出てきているように聞こえるのだ。

それを強く感じたのが、柳川を旅する一連のシーンである。

水面をぼんやりと見つめる横顔、船の揺れに身を預ける時の力の抜け方、ふと笑った瞬間にだけわずかに緩む口元。そうした細部の積み重ねから、「ヨーコという人間がそこに生きている」という実在感が心に届く。

さらに、飛蚊症の影を追い払うしぐさが、妙に頭に残る。ストーリーの上で特別な意味を持つわけではない。ただ、その人の毎日の中に普通に存在している〝どうしようもないような違和感〟が、一瞬だけ画面に現れては消えていく。

その些細な動きがあることで、ヨーコはますます「作られたキャラクター」ではなく、私たちと同じ時間を生きている人に見えてくる。

『Love Letter』や『さよなら、いつか』の中山美穂は、物語の感情をしっかり背負った「主演女優」としてそこにいる。一方、『東京日和』の彼女は、物語を引っ張るというより、画面の中の「空気」として存在しているように見える。

強く説明しない、ドラマチックに泣き崩れない。その代わりに、拗ねたり、ふいに笑ったり、言葉にならない空虚感を抱えたまま川面を見つめたりする。

そこに現れているのは、「役を完璧にこなす中山美穂」ではなく、感情の行き場を持て余しながらも、確かにそこに在り続ける「一人の女性の顔」だ。

私がこの作品に「本当の顔」という言葉を使いたくなるのは、その透明さと、説明しきれない生身の感情が、奇跡的なバランスで同居しているからである。

70年代の東京を、90年代のまなざし越しに、今見るということ

『東京日和』で描かれるのは、1960年代後半から70年代前半にかけての東京だ。

ただしそれは、その時代をリアルタイムで記録したものではなく、1990年代に生きていた人たちが、高度成長期の日本を振り返りながら再構成した「当時の記憶」でもある。

今あらためて観てみると、当時の生活感や街のディテールに加え、「90年代から見た70年代」というレイヤーが重なっていて、2020年代の視点から触れると、独特の距離感を持った少し不思議な雰囲気が感じられる。

作品そのものをどう受け取るかは、完全に個々の感性次第だが、今回発売されたデジタルリマスター版Blu-ray&DVDは、中山美穂の自然体の佇まい、いわば「存在感のない存在感」を、あらためて感じ取るには良い機会だろう。

特別な感動を押しつけてくるタイプの映画ではない。その代わり、静かに流れる時間や、言葉にならない感情の揺れをそのまま残している作品である。

年末年始のどこかで、少し長めの呼吸をしたいタイミングに、一本の映画として思い出してもらえたらと思う。

取材・文/内山郁恵

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