万博をきっかけに考えたい「喫煙とマナーの落としどころ」
第3回「千代田区、京都市に学ぶ共存のリアル」
第1回では大阪・関西万博が、第2回では大阪市内が、単純にたばこの規制を強めると「隠れたばこ」や飲食店からの不満も招いてしまう現実を追った。では、ほかの都市はどのようにこの難題を乗り越えてきたのか。東京都千代田区、京都市を取材した。
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「路上喫煙=過料」千代田区の劇的な成果
東京・千代田区は日本における「路上喫煙禁止」のパイオニアと言っていい。2002年(平成14年)10月に「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例」を施行、翌11月から禁止地区内での路上喫煙に対し、日本で初めて罰則を適用、過料2000円としたのだ。そもそもなぜ、この条例を制定したのか? 千代田区地域振興部安全生活課に話を聞くと、担当者が過去の資料を紐解きつつ話をしてくれた。
「条例以前から千代田区にはポイ捨てを禁止する条例があり、街角に灰皿も置いて、吸う場所を限定しようとしていました。しかしいかんせん、モラルに訴えるだけでは改善できなかったのです」
その頃、別の自治体で歩きたばこの火が子供の顔に当たる事故が起きるなど、世論も歩きたばこを問題にし始めていた。千代田区でも条例違反が見られ、当時の区長が罰則を科すと決断を下した。
その後、千代田区では条例により劇的な成果が出た。下のグラフを見てほしい。
条例施行後、たばこの投げ捨てが見事なカーブを描いて減っているではないか。
しかしここで疑問もある。ルールを作れば、路上喫煙やポイ捨てがなくなるわけではない。それは、大阪・関西万博の例を見れば明らかだ。(完全禁煙を目指したが、タバコの投げ捨ての多さを受け、急遽、喫煙所を設置した。詳しくは本連載1回目)。ではなぜ、千代田区は成果を挙げることができたのか?
ルール+清掃+喫煙所の設置が『隠れたばこ』をなくす
千代田区の担当者は2つの要因を挙げる。
「たばこの吸い殻には“破れ窓の効果(※)”があるのです。そこで町内会の方などと連携を取り、今も頻繁に清掃活動を行っています」
※建物の窓が割れているのを放置すると、見た人に「この地域は治安に注意を払っていない」と感じさせ、落書きや軽犯罪を誘発、最終的に街の荒廃や治安悪化につながる、という環境犯罪学の理論。
ルールを伝えるポスターを貼るなど啓発活動を行い、さらには隠れたばこをなくすための見回りも行った。その一方で、タバコを吸いたい人への配慮も忘れなかった。
「私たちは、路上喫煙を禁止する以上、たばこを吸う人のニーズも満たさなければならないと考えています。そこで、区直営の喫煙所を設置するほか、民間にも補助金を拠出し、喫煙所を整備していきました」
担当者いわく様々な苦労もあるらしい。
「喫煙所に向いた場所を探していたら、一足早く別の店舗に押さえられてしまったり、いろいろあるんです」
しかし効果は間違いないという。担当者が笑みをこぼしながら話す。きっと、こんな瞬間、仕事にやりがいを感じるのだろう。
「喫煙所ができたあと、町内会の方から『非常階段やビルの陰やコインパーキングでたばこを吸う人が減った』といったお声をよく頂戴します。それだけでなく、たばこを吸う方からも評価の声を頂けています」
過料の約4割は外国人? 今後の課題とは?
ちなみに千代田区のたばこ税収は年間約30億円、地域振興部安全生活課の喫煙関連の予算の額は年間約4億4000万円。課題について聞くと、彼らな明確にビジョンを持っていた。
「インバウンドの増加を受け、外国人の方に過料をする機会が増えているのです。また地方から上京し、過料をされる際に『ルールを知らなかった』と仰る方もいます。これを受け我々は、さらなる周知が必要だと考えています」
聞けば、現在は過料される人の約4割が外国人だという。これは今後、日本の自治体が大阪・関西万博のような大規模イベントを開催する際に気を付けるべきことかもしれない。
ちなみに京都市でも、大まかな経緯は千代田区と同様だった。平成19年に「京都市路上喫煙等の禁止等に関する条例」を施行した際、市内全域を路上喫煙しないように努力義務を課した。同時にただ規制をかけるだけでなく、喫煙者と非喫煙者の共存を目指すという観点から、公設での喫煙所の設置を始めた。また、市内全域で路上喫煙者に対しての啓発・指導に加え、「路上喫煙等対策強化区域」において過料の徴収を開始。すると、ピーク時には6,794件もの過料があったものの、次第に過料の件数は減っていった。
京都市でも、啓発活動と同時に公設喫煙所を整備すると、ピーク時に6794件あった過料処分件数が277件まで減少している。
加えて、京都市では、独特の文化・風土もプラスに作用したようだ。京都市役所文化市民局文化市民部くらし安全推進課の担当者が話す。
「京都市では自分の家の前を掃除する際、気を効かせて両隣や向かいのお宅の前も少しだけ掃除をする『かどはき』という文化が根付いています。『景観を守ろう』『街をきれいに保とう』という意識をお持ちの方が多いのです。これがマナー遵守を促す力となっていると思います。街に吸い殻が落ちていないことは、『ここはたばこを吸ってはいけない場所』という無言のアピールになるはずです」
たばこのマナーやルールを守ってもらうためには、行政の努力だけでなく、市民の意識、市民の力も重要なのだ。
市民を守る「最善策」は?
最後に、筆者はWEBでアンケートを取ってみた。大阪府・市の受動喫煙対策、路上喫煙対策がどう評価されているか、たばこを吸わない大阪府民に質問を投げかけてみたのだ。
310人から回答を得た結果、大阪府・市の対策は評価が高いことがわかった。たばこを吸わない人は、歓迎しているのだ。
Q.大阪府、大阪市では、万博の開催を見据え、国の「改正健康増進法」よりも厳しい独自の禁煙規制(受動喫煙対策)が段階的に進められてきました。 これら一連の“禁煙環境の強化”について、あなたは全体としてどう思いますか?
その後、規制後に迷惑行為が増えたか、増えたとしたらどのような行為かを聞くと、2025年11月末の時点では、増えたという人と減ったという人が拮抗していた。まだ過渡期なのかもしれない。
一方、「商業施設や飲食店のトイレ(個室)で、タバコ臭を感じたり吸い殻を見かける頻度」は減り、「屋外で、建物の陰・路地裏などで“隠れ喫煙”を見る頻度」は増えていた。屋内禁煙が、逆に路上で吸う人を増やしたことがわかる。
次に、迷惑たばこをなくすにはどうしたらよいかを聞くと、おおむね「見回り・罰則を強化し、マナーの啓発も行いつつ、喫煙所も用意する」というもので、まさに厳しくするが吸える場所も用意する、「アメとムチ」といった形だった。なお、喫煙所の設置については、70%以上が「進めるべき」と回答した。
連載を終えるにあたり、筆者の感想をお許しいただきたい。
千代田区でも京都市でも、長時間かけて啓発を行い、喫煙所をつくり、清掃を行い、初めてたばこを吸う人と吸わない人の共存が実現している。
そんな中、横浜市は2027年3月に開幕する「国際園芸博覧会」に向け、市内全域での路上喫煙の禁止を検討している。連載第1回、2回で見てきた通り、大阪の状況を踏まえると現実は実効性の担保が厳しいと考えられるが、規制導入にあたっては繁華街や観光地などの必要なエリアに限定する等を注意深く検討して対策を講じなければ、実態が追い付かないまま規制が先行し、むしろ行政が管理できない『隠れたばこ』が増えてしまうのではないか?
自動車が走れば環境に悪影響があり、事故も起こる。一方、自動車、ガソリンには税がかかっていて、それは環境を守るため、事故を防ぐために使われている。警察も事故防止に余念がない。
お酒も同様だ。残念ながら時に飲み過ぎる人もいるが、お酒にかかる税は国の一般会計の重要な財源になっており。酒造メーカーもマナー啓発に余念がない。
たばこの場合も同じで、ただ吸う人を追い詰めるだけでなく、マナー啓発、ルールの厳格化を行いつつ喫煙所を設置し、たばこを吸う人と吸わない人が共存できる社会を目指していく必要があるのではないだろうか。
取材・文/夏目幸明







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