万博をきっかけに考えたい「喫煙とマナーの落としどころ」
第2回「万博のおひざ元・大阪のお店の喫煙事情」
第1回では、大阪・関西万博が会期中に喫煙所を設置した経緯を見た。一方、世界一厳しいとさえ言われる喫煙対策を実施する万博のおひざ元、大阪府・大阪市ではどうか。第2回は、路上禁煙、お店もほぼ禁煙とされた規制で何が起きたかと、お店の経営者たちが感じていることを取材した。
万博をきっかけに考えたい「喫煙とマナーの落としどころ」第1回「万博の奮闘と、未来への教訓」 盛況のうちに幕を閉じた2025年大阪・関西万博。大きな事故や混乱なく…
規制と配慮と、それでも出た「現場の不満」
まず、大阪の喫煙規制についておさらいしたい。2025年1月、大阪「市」は改正された路上喫煙防止に関する条例を施行、大阪市内全域が路上喫煙禁止となり違反者への過料徴収が開始された。同年4月には大阪「府」が受動喫煙防止条例を全面施行、飲食店など様々な場所が原則屋内禁煙となった。いずれも大阪・関西万博を見据えた動きだったと言われている。
内容は国が定めた改正健康増進法よりも厳しい。例えば国の法では客席面積100m²以下の既存(2020年4月1日以前に営業)の飲食店は、届出と標識の掲示を行うことで、喫煙と飲食が可能な「喫煙可能室」の設置が認められているが、大阪では30m2以下でなければ設置が認められず、30m²超のお店は飲食不可の喫煙専用室を設けるか、全面禁煙にする等の対応が必要となった。30m²~100m²といえば、ワンルーム~4LDKのマンションと同等の広さ。特に個人経営のお店が多く含まれる。
行政側は、この規制が飲食店経営者に与える影響の大きさを理解していた。一方的に禁止するだけでは現場が混乱する。大阪府の担当者に聞くと、府はソフトランディングに向け、下のポスターのような啓発に加え、異例とも言える努力をしていた。
府の職員から喫煙可能店対象となる約1万9千店へ周知を行うとともに条例の規制対象となる客席面積が30m²超の喫煙可能店約4千店に対し1件ずつ電話をかけ、補助制度の案内と対策促進を呼びかけるなど、制度の周知徹底に努めました」(大阪府健康医療部健康推進室健康づくり課)
また、ポスターにもあるように、喫煙専用室の設置にかかる経費の補助も行った。国の助成金も併用すれば、費用の4分の3が補助される。これに加え、条例を機に全面禁煙化を行う事業者に対する工事費用の補助や事業者向けの相談窓口の設置なども行った。
しかし、大阪の飲食店の意見をとりまとめる大阪府飲食業生活衛生同業組合に話を聞くと、こんな声が返ってきた。
「我々も路上での喫煙や受動喫煙を防ぐということに反論はありません。しかし導入を急ぎ過ぎ、準備不足だったと感じるのです」
「2駅先に吸えるところがあるよ」
大阪府飲食業生活衛生同業組合の関係者は4つの問題点を挙げた。
■補助金が利用しにくかった
飲食店が喫煙所を設置する際に補助対象となるためには、煙が喫煙専用室以外に漏れ出さないよう、下記の条件が設定された。
1 入口における風速が0.2m/秒以上になること
2 壁、天井等によって区画されていること
3 たばこの煙が屋外に排煙されていること
また、店が屋外に面した場所にないなど上記の「3」を満たすことが出来ない場合は……
4 総揮発性有機化合物の除去率が95%以上であること
5 室外に排気される空気における浮遊粉じんの量が0.015mg以下となること
という設定があった。ようするに「換気扇の下に灰皿を置く」といった程度のものでなく、かなりしっかりした「喫煙専用室」を設けなくてはならない。組合の人はこう話す。
「また補助金が出ると言っても費用の4分の3で、残りはお店が負担することになります。さらに、助成金、補助金をもらおうと思っても、国の助成金を申請し、交付決定されたら府の補助金を申請し……と手続きが煩瑣なのです」(大阪府飲食業生活衛生同業組合)
■経営が苦しくなる
「喫煙所を設置すると、客席が減ってしまう。喫煙所の清掃など管理にかかる費用もお店持ちです。一方、売上が伸びる要素は特にありません。飲食店は、少し前はコロナで打撃を受け、今は原材料費が高騰するなど、決して状況がよいわけではなく、経営が苦しいと話す組合員も少なくありません」(大阪府飲食業生活衛生同業組合)
■喫煙所が少ない
「とくに都心から外れると喫煙所が少なく、時間帯によっては閉まっていることも多いのです。組合の会員さんのなかには『うちの店にたばこを吸いたいお客様がいたら“2駅先に吸えるところがありますよ”とご案内するしかない』と話す方もいらっしゃいました」(大阪府飲食業生活衛生同業組合)
■不公平感がある
「実をいうと我々はこれに一番憤っています。ルールが徹底されておらず、『どうせ見回りに来ない』とお客さんにたばこを吸わせているお店があるのです。これでは不公平だと陳情をすると、自治体の担当の方は『その場合は私たちにご連絡ください』と仰るのですが……」
悪い言い方をすれば「密告」だ。地域社会では、清掃、防火・防犯、イベントの開催など、近所のお店が協力し合って地元を盛り上げている場合が多い。
「『誰が言ったんだ?』となったら、協力しあってきた関係が終わってしいます。言う側も心理的にも辛い。なぜ、ルールを守り、ルールを正しく運用してほしいだけの店主に、そんな負担までかけるのでしょう?」(大阪府飲食業生活衛生同業組合)
そもそも大阪は大手のチェーン店だけでなく、地元の小さなお店が多い。筆者も、大阪に行くたび、個人経営のお好み焼屋さんや焼肉屋さんで舌鼓を打つ。
「私たちの実感としては、そういう小さなお店にとっての負担が非常に大きいんです」(大阪府飲食業生活衛生同業組合)
喫煙所不足に8割が「増設必要」
大阪市の路上喫煙防止条例はどうだろうか。同条例は喫煙者と非喫煙者が気持ちよく共存できる環境を構築する、という理念に基づいて「分煙の受け皿」である喫煙所の整備を行政の責務としている。大阪市の担当者もまた、努力を重ねていた。
「令和7年度は喫煙所が不足しているエリアを特定し、その場所を対象に優先的に補助金募集をかけるなど、市民のニーズに応じ、効率的に設置を進めています。また、たばこを吸いたい人のため、路上喫煙の規制を告知するポスターに二次元コードを掲載し、喫煙可能な場所を具体的に案内・誘導する仕組みを構築しました」(大阪市環境局事業部事業管理課路上喫煙対策担当)
たばこを吸う人が大阪市を訪れる際は、ぜひ下の地図にあるサイトを観てほしい。
「訪日外国人にもルールと喫煙場所をお伝えするためポスターなどは多言語に対応しています。このように、たばこが吸える場所を具体的に案内することで、喫煙者がルールを守りやすい環境を整備しています」(大阪市環境局事業部事業管理課路上喫煙対策担当)

喫煙所の開設には、努力を重ねた。
「パチンコ店さんは喫煙所をお持ちの場合が多いのでご協力を依頼しました。社会貢献の一環として皆さんが利用できるよう多くの施設を無償で開放して頂きました」
また民間が開発したコンテナ型の喫煙所も積極的に設置した。工場で組み立てたコンテナを基礎の上に設置するだけでよいため、設置現場での工事期間を短縮できるものだ。
しかしこちらにも「喫煙所が少ない」という陳情が来ている。大阪市商店会総連盟の調査レポート「大阪市内における分煙環境の更なる整備促進について」によれば、「大阪市内において必要な喫煙所数は837箇所との試算」が成り立つという。また「市の中心部や繁華街に少ない」という声もある。大阪府飲食業生活衛生同業組合によれば……
「谷町筋(繁華街)の4.7kmには一軒も喫煙所がありません。むしろ、ポイ捨てが増えた印象があります。またアンケートを取ると、喫煙者・非喫煙者を問わず約7割の方が『喫煙所が足りていない』と回答し、約8割が喫煙所の増設に賛成しています」
これらの声に対して市は、「路上喫煙対策の実効性の向上に向けた実態把握・検証について」という資料を作成、乗降客数1万人以上の駅周辺で、半径300m圏内に喫煙所がないエリア等で現地調査を実施、その結果、63のエリアを「特に対策の優先度が高い」とした。喫煙所の設置が課題であることを市も認識している、と言っていいのかもしれない。
ルールを作るだけで社会は変わらない
この問題に関して、東京の千代田区、京都市など、ほかの自治体の話も聞いた(詳細は次回)。その際、ある自治体の人物がこう話した。
「ルールをつくるだけでは、現状を変えることはできません。しっかり喫煙所を設置し、その上で厳格なルールを作って、見回りなども積極的に行う、これをセットにしないと、ルールを破ってしまう人が出てしまいます」
筆者は大阪市の努力を評価する。パチンコ店に協力を得るなど機転をきかし、条例の実効性を向上させるべく調査を実施、早期に中間報告を取り纏めて対策が必要なエリアを明示する等、スピード感もある。だが、どうしても喫煙所の数や、見回りの回数が、まだ追い付いていない。もしかしたら、この言葉が正鵠を射ているかもしれない。
「きっと、急ぎ過ぎたんです。万博を見据えた短期間で一気に変えようとしたためにこうなったのではないか、と感じています」(大阪府飲食業生活衛生同業組合)
あとは、喫煙所をつくるハードルが高い。
例えば連載の第1回で紹介したシンガポールでは、ゴミ箱(横からゴミを入れるタイプ)の上が灰皿になっていて、喫煙可能エリアを黄色い枠で囲っただけの喫煙所がある。これに囲いをつけ、煙が上に流れるようにする程度の簡素なものも「喫煙所」と認めれば、自治体の負担を減らしつつ、喫煙できる場所を増やすこともできるのではないか。100点満点の喫煙所を数カ所設置するより、80点の喫煙所を数十カ所設置する方が効果は出せるはずだ。
最後に歴史的な教訓を置いてこの稿を終えたい。
1920年1月、米国でアルコール飲料の醸造と販売を違法とする「禁酒法」が施行された。しかしすぐに密造が横行、隠れ酒場が生まれ、時にはよからぬ組織にお金が流れるようになるなど混乱を招いた。この状況を、相対性理論で知られる科学者・アルバート=アインシュタインは「施行できない法律を可決することほど、政府と国の法律に対する尊敬を損なうものはない」と皮肉った。
万博は終わったが、大阪府・市の対応は今後が本番、かつ正念場なのかもしれない。
取材・文/夏目幸明







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