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世界が注目!神保町の「喫茶店文化」を10年通ったライターが徹底解剖

2025.12.13


2025年、ロンドン発のシティガイドTime Outが発表した〝世界一クールな街〟ランキングで、東京・神保町が1位に選ばれた。古書店の街として、学生街として、長く親しまれてきたこの小さな街が、なぜ今、世界から〝クール〟と評価されたのか。

神保町で10年以上働き、この街の喫茶店に通う私には、その理由がなんとなくわかる気がする。

神保町の〝クールさ〟は、最先端でも派手さでもなく、むしろ時代のスピードから少し距離を置くような、独特の落ち着きと文化の深さにある。

今回は、世界に認められたこの街の〝本当の顔〟を知る手がかりとして、私が通い続けてきた神保町の喫茶店をめぐりながら、神保町がなぜ「世界一クールなのか」を、改めて考えてみたい。

〝神保町の喫茶店〟の原風景、伯水堂の記憶

私にとって〝神保町の喫茶店〟の原風景は、今はなき「伯水堂」である。

小さなケーキ屋の奥に、昭和初期の喫茶店の空気をそのまま残した喫茶コーナーがあった。コンパクトだけれど、一歩足を踏み入れると時間が少しだけ巻き戻るような、ちょっとしたタイムスリップ感があった。

名物は、愛らしい見た目の「プードルケーキ」。

バタークリームが使われたケーキは、発売当時、高級で上品な甘味だった。近くには文豪たちが愛した山の上ホテルがあったこともあってか、向田邦子をはじめ、太宰治や三島由紀夫、松本清張らがこの店の常連客だったそうだ。

伯水堂の魅力は、重厚な文化サロンのような雰囲気ではなく、文豪たちが好んだ味を、私たちも同じように楽しめるところにあった。白い華奢なイスと小ぶりなテーブルが並ぶ店内でプードルケーキを前にすると、少しだけ彼らの時代に肩を並べたような気分になれたのだ。

神保町の小学館ビル前。年末はイルミネーションが華やか。

神保町はしばしば〝日本のカルチェ・ラタン〟と呼ばれる。

パリの学生街のように、大学や専門学校、出版社、古本屋が集まり、知的な人々が日常的に行き交うエリアだ。伯水堂のような店が、特別な場所としてではなく、街の一角に当たり前のように存在していたことは、神保町という街の「本と文章を愛する人に開かれた気風」を象徴していたのだろう。

こうした〝本と喫茶店が寄り添って存在する空気〟は、今の神保町にも確かに受け継がれている。

古本屋×喫茶店の循環が生む〝読書の街〟という構造

神保町が「世界一クールな街」に選ばれた理由のひとつは、街の〝文化が循環している〟点にあると思う。Time Out のコメントでも、古書店と喫茶店が連続する街の作りと、歩くことで次々と発見が生まれる点が評価されていた。

神保町では、喫茶店だけで街は成立しない。靖国通りに並ぶ古本屋と、そのすぐ裏側に控える喫茶店。この2つがセットになって初めて〝神保町らしさ〟が立ち上がる。

古本屋を巡りながら本を手に取り、思いがけない一冊に出会う。そして「今すぐ読みたい」という気持ちを抱いたまま外に出ると、数十歩先には必ず喫茶店がある。神保町では、この〝選んで→読む〟という流れがごく自然に成立しているのだ。

静かで凜とした空気が流れる古本屋で本を選び、心地いい光とほどよいざわめきに包まれた喫茶店でページをめくる。古本屋が〝選書の場所〟だとすれば、喫茶店は〝読書の場所〟。両者が数秒の距離でつながることで、街全体がひとつの大きな読書空間のように機能している。

今では TSUTAYA が展開する「本×カフェ」や、文喫のような「選書から読書までを完結させる空間」が新しいビジネスとして成立しているが、その仕組みをずっと前から街全体で体現していたのが神保町である。

本を選び、読むための場所が連続して存在する、この構造こそ、神保町が今世界から〝クール〟と見なされる大きな理由である。

喫茶店ごとにまとう空気感の違いが、神保町の魅力をつくっている

神保町の喫茶店には、共通したスタイルがない。

暗い店、明るい店、静かな店、にぎやかな店。それぞれに独自の空気があり、似た店がほとんど存在しない。そのため、読む本や気分によって選ぶ店は変わってくる。

ハードボイルドなら酒瓶が並ぶカウンターのある店、建築や歴史の本なら自然光が入る店、探偵ものなら地下の静かな店、恋愛小説なら音楽が流れる明るい店が合う。

本と喫茶店の〝空気〟を組み合わせて選べる街。この多様性こそが、神保町を歩く楽しさだ。均質化した都市では得られない、小さな発見の連続がここにはある。

神保町歴10年の筆者が勝手に選ぶ、おすすめの喫茶店たち

さて、ここからは筆者が勝手に選んだ、おすすめ喫茶店を紹介しよう。

神保町にはたくさんの喫茶店があるから、神保町に通う人ならそれぞれ好みがあるだろうが、もし、気になったお店があったら一度、足を運んでみてほしい。

(1)古瀬戸

カフェオレ・ボウルにはいった「カフェオーレ」が絶品。

靖国通りから細長い通路を抜けた先にある「古瀬戸」は、神保町の中でも〝静かに本へ没入したい時〟に向く店だ。

L字型の店内は席数が多いにもかかわらず落ち着いていて、壁に直接描かれた壁画が、どこか異世界に迷い込んだような感覚をつくり出している。

多くの人はコーヒーを注文しているが、私が好きなのはボウルで提供される「カフェオーレ」。

両手で抱えるように飲むその1杯が、気持ちを自然と読書モードへ切り替えてくれる。神保町らしくカレーを楽しむ人の姿もよく見かける。

小説に深く入りたい時や、静かにページをめくりたい日にこそ選びたい一軒である。

「古瀬戸」の壁面の一部には壁画が描かれている。

(2)ティシャーニ

コーヒーの味のよさとカップのおしゃれさがいい。

広い店内はテーブル同士にほどよい距離があって、落ち着いて過ごせるのに会話もしやすい。打ち合わせをしている人の姿もよく見かける。

コーヒーはもちろん、紅茶の種類が多く、サンドイッチやパフェなど軽食も充実している。特にプリンが運ばれていく姿は圧巻で、思わず注文したくなるが、筆者はまだ挑戦できていない。

ティシャーニは平日のみ営業で、閉店は18時。昼下がりに本を読みたい人や、午後の少し静かな時間を過ごしたい時に向いている。週末に訪れたい人は注意したい。

読書の合間に気分を変えたい日や、午後をゆったり過ごしたい時にぴったりだ。

テーブルが贅沢に配置されているので、ゆっくり過ごすことができる。

(3)ミロンガ・ヌオーバ

ざわついた店内に流れるタンゴと柔らかなコーヒーの味が掛け合い。

タンゴが流れる独特の空気に身を置きたいときに向くのが「ミロンガ・ヌオーバ」だ。

移転して明るく入りやすい雰囲気になったが、店内に流れる音楽と、人の会話が重なり合う〝厚み〟のある空気はそのまま。長く座っていたくなる。

かつてのミロンガはタバコの煙が似合うような大人の店で、若い頃は入りづらさを感じていたが、今はその空気もやわらぎ、自然と落ち着けるようになった。コーヒーを飲みながら、ざわめきを背景にぼんやり過ごす時間は最高だ。

読書というより、音楽と空間のリズムを味わいたい日に選びたい。

店内には大量のレコードがあり、プレーヤーが回る様子を見ることができる。

(4)神田伯剌西爾(カンダブラジル)

白いコーヒーカップにしっかりとした味のコーヒーが合う。

地下へと降りていく階段からすでにハードルが高く、かなり入りづらいのだが、その一歩を越えると「昭和の喫茶店」がそのまま残っているのが「神田伯剌西爾」だ。

店内では今もタバコが吸える。禁煙席もあるが、煙が気にならない人には、あえて喫煙席の空気も体験してほしい。

店内ではコーヒー豆も販売していて、自家焙煎にこだわり続けてきた店だ。神保町での開店は1972年。50年以上この街でコーヒーを淹れ続けてきただけあって、とにかく1杯のクオリティが高い。

少しディープな昭和喫茶の空気に浸りたい日や、地下の静けさの中でじっくり本と向き合いたい時に向く店である。

喫煙ルームは「和風」なつくり。カウンターもこちら側に。

〝700円で本の世界に浸れる〟 神保町の読書文化

神保町の魅力は、ここまで紹介した4軒だけでは終わらない。

「さぼうる」の独特の雰囲気や「カフェ・トロワバグ」の落ち着いた空間、「珈琲舎 蔵」の静けさ、「カンダコーヒー」の居心地の絶妙さなど、名前を挙げればきりがないほど個性の違う喫茶店がそろっている。気になった店があれば、ぜひ一度足を運んでほしい。

神保町の喫茶は、コーヒー1杯がだいたい700円前後という価格設定。「現金のみ」のお店も多いので、キャッシュは必須だが、1000円札1枚で本の世界に静かに入り込める時間が手に入るのだから、かなりリーズナブルだ。

いざ〝クール〟で〝猥雑〟な神保町へ!

神保町を歩いていると、きれいに整った街では味わえない〝猥雑さ〟に出会う。

古本屋と喫茶店、会社員と学生、観光客がごちゃっと混じり合っていて、看板やワゴンの本に思わず足を止めてしまうことがよくある。

この少し雑然とした感じも、神保町の魅力のひとつだと思う。


予定どおりに歩けなくても、それを楽しめる人にとって、神保町は何度訪れても退屈しない街だ。

取材・文/内山郁恵

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1967年生まれ。有明海の潮の満ち引きとともに育ち、大学では西洋史を専攻。なぜか秘書室で2年間を過ごしたのち、建築関係雑誌で記者デビュー。その後はインターネット関連企業で企画を経験し、現在はフリーライターとして歴史・建築・美術・地図を中心に執筆している。運動音痴であるにもかかわらず、ラグビー観戦に夢中で、年間20試合以上をスタジアムで応援するのがライフワーク。

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