■連載/阿部純子のトレンド探検隊
ヤッホーブルーイングは、飲酒中の災害発生という、これまで注目されてこなかったリスクに着目した、飲酒者向け防災啓発プロジェクト「お酒好きのための防災プロジェクト」を始動する。
適切な安全確保の声かけをまとめた 「酒場のための地震防災ガイドライン」
「お酒好きのための防災プロジェクト」のきっかけとなったのは、同社が定期的に開催しているファン向けのイベント。イベント運営の中で賑やかな店内、特に飲酒客には話している声が届きにくいことを実感したという。
地震など有事の際には、安全確保の声かけに工夫が必要なのではないかと危機感を持ったスタッフの提案から、飲酒時の防災プロジェクトを開始し、特に「安全確保のための声かけ」に焦点を当てた。
同社の調査で、日常的に飲食店でお酒を飲む全国の20代~60代男女300名に、飲食店でお酒を飲んでいる最中に災害が起きることを想像したことがあるかと聞いたところ、65.3%の人がないと回答し、飲食店を利用しているときに災害が起きることを想定していない人が多いことがわかった。
また、飲食店で酔っている状態の時に災害が起きたとすると、安全を確保する行動や必要に応じて避難する行動をできると思うかについては、約半数の人が対応できないと回答した。
飲食店への調査では「酔った客への災害時の声かけ対応を想定できているか」と尋ねたところ、41%が「想定できていない」、38.5%が「想定していても対応方法が決まっていない」と回答した。
「これらの状況から、安全確保のための声かけには2つの問題があると考えられます。ひとつは酒場における適切な安全確保の声かけの方法がわからないということ。もうひとつは、騒音環境です。
酒場における適切な安全確保の声かけの方法がわからないという問題について、私たちは『酒場のための地震防災ガイドライン』を、防災アドバイザーの高荷智也さん監修のもと策定しました。酒場で地震が発生した際に注意すべきポイントや、適切な安全確保の声かけの仕方がわかるガイドラインです。作成ページをWEBでも公開し、2,432通りの中から自店舗にあわせたガイドラインを作成することが可能です。
ガイドラインは100%安全を保証するものではありませんが、自店舗に合わせて、地震が起きたらどこに危険があるか、どんな対策・対応ができるかを考えるきっかけとして活用いただきたいと思っています」(ヤッホーブルーイング 「お酒好きのための防災プロジェクト」プロジェクトリーダー 河津愛美氏)
「酒場のための地震防災ガイドライン」は「お酒好きのための防災プロジェクト」のサイトから作成が可能。建物の耐震性、地理的な立地、店内環境や設備、顧客特性の情報をWEB上で選択していくことで、オリジナルの地震防災ガイドラインを生成することができる。
ガイドラインを監修した、備え・防災アドバイザー/BCP策定アドバイザーの高荷智也氏は、飲酒時に大地震が起きた際に命を守るためのポイントをこう説明する。
「建物と室内の安全を確保することが大前提です。私もお酒、とくにビールが好きでよく飲みますが、潰れてしまう可能性がありそうな建物やお店、あるいは自分が飲んでいるすぐそばにもの大きなものが倒れてきそうな場所では選ばないようにしています。まず環境を作ることがとても重要で、それは今回のガイドラインの最初の質問に含まれている項目です。
大地震には建物の崩壊や火災、地域によっては津波や土砂災害が起こる可能性があるので、できるだけ素早く逃げることが必要になりますが、外で飲んでいる時には、今自分がいる場所の周りや、何が危ないのかよくわかりませんし、判断力も鈍っています。そこで店舗側からの避難誘導がとても重要となるのです。その部分も今回のガイドラインに含めています」(高荷氏)
酒場のための防災用電子メガホン 「キコエール」コンセプトモデル開発
「酒場のような騒音環境下で声が届きづらい」という問題に対して、酒場でも届きやすい3,500~5,000ヘルツの周波数成分を有する高い声に変換される、酒場のための防災用電子メガホン「キコエール」のコンセプトモデルを、日本音響研究所、ノボル電機、quantumと共同で開発した。平時はランタンとして使えるデザインになっている。
音響分析等でメディアでもおなじみの日本音響研究所 所長 鈴木創氏が「キコエール」の音の監修を担当した。
「話し声、BGM、食器の音など酒場はさまざまな音であふれています。よなよなビアワークス3店舗で測定した騒音レベルは、最もにぎやかな時間帯では約80デシベルで、これは電車内と同程度です。騒音と同じ周波数帯域では声が届きにくい状況になってしまいます。
『カクテルパーティー効果』という、騒がしい環境の中でも、名前や興味のある話題など自分に関わる情報だけを聞き取ることができてしまう現象がありますが、逆に言うと、自分が気にしてない言葉は騒音の中では耳に入ってこないのです。
結果としては、避難誘導が遅れたり、安全上の重大なリスクにつながるという可能性があります。そこで今回のプロジェクトでは、騒がしい酒場や地震直後の騒然とした状況でも、どうすれば安全確保の声かけを確実に届けられるのか、音の専門家の立場から分析しました」(鈴木氏)
日本音響研究所の分析により、3,500~5,000ヘルツの周波数帯が声の明瞭度を高める上で有効であると特定した。人の声は基本周波数とその整数倍の倍音で構成されるが、地声より「少し高めの声」を出すと、倍音全体が高周波側にシフトし、有効な周波数帯に声のエネルギーが届きやすくなる。
また、お酒を飲んだ被験者による聞き取り実験を実施し、声を高くしすぎると母音がゆがむ(「お」が「あ」に聞こえるなど)リスクとのバランスを考慮した結果、最適な周波数変換率は男性で1.3倍、女性で1.25倍であると結論付けた。
これらの結果をもとに、創業80年の歴史を持つ拡声器専門メーカーのノボル電機の技術協力を得て、3,500~5,000ヘルツの周波数の声に変換できる「キコエール」が生まれた。
「キコエール」はコンセプトモデル(技術や未来の可能性を探る位置づけ)のため、実用性や耐久性、耐火性などは考慮しておらず、販売予定は無いが、酒場従事者向けに無償で貸し出しを実施する。公式ウェブサイトにて募集を開始しており、1月中旬より貸し出しを始めるとのこと。
【AJの読み】話を聞かない、判断力が鈍っている酔っ払いを避難させるにはスタッフの防災意識が不可欠
ヤッホーブルーイングでは、酒場スタッフ向け防災セミナー兼体験会を「よなよなビアワークス新宿東口店」にて実施した。
飲酒者の状態や、大地震が起こった時の心構えなどの防災に関するレクチャーを受けてから、自身の店の条件を入力し「酒場のための地震防災ガイドライン」を生成。静岡県からの参加者は「海から近く津波の危険性もあるため、ガイドラインは災害時の対応がわかりやすい」と話していた。
北海道文教大学 當瀬規嗣教授(生理学)によると、お酒に含まれるアルコールは、脳に対して麻酔薬のような作用を示し、脳機能を抑制。ほろ酔いの状態は、すでに抑制は起こっているとみなされ、判断力、理解力、運動機能は低下し始めているという。
「酒場で災害が発生した場合、客が自主的に的確な避難行動をとれるとは限らないわけで、災害の際には酒場従事者による的確な安全確保や避難方向などの声かけが重要と考えられます。時には短い文による命令口調で伝えないと、酔客は理解できない危険性があります。また、酔客は音声情報に対する理解力が落ちている危険性があるので、大きな声で、聞き取りやすい明瞭な発音に心がけることも大事でしょう」(當瀬氏)
セミナーでは、専門家の提案と独自調査に基づき、「短く明確に」「一文章一動作」「具体的な指示」「断定的な命令口調」「意見を明確に示す」「ゆっくり話す」「繰り返し指示」の7つの重要なポイントを伝えた。
実際に「キコエール」を使って、地声と変換した高い声の両方で、騒がしい酒場でどこまで聞こえるか参加者が体験した。声を発した人から筆者の席まで6~7mあったが、地声だと内容がまったく聞き取れなかった。しかし「キコエール」で高い声に変換されると「頭を守って!」「テーブルの下に入って!」「火事です!逃げて!」など明瞭に聞き取れた。
直近でも青森県で震度6の地震があった。忘年会たけなわの時期だが、飲んで盛り上がっているときに大地震が来ることを想定している人はほとんどいないだろう。また飲む前は意識していても、酔いが回るとはすっかり忘れてしまうこともある。
話を聞かない、判断能力が鈍っている酔っ払いを安全に避難させるには、スタッフの防災意識や避難の手順の確認が不可欠。
楽しくお酒を飲んでいるときでも災害が起こるかもしれない。飲酒者や酒場のスタッフに飲酒時の防災を意識させる、“お酒好きのための防災”に着目したヤッホーブルーイングは慧眼だと思う。
取材・文/阿部純子







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