
COVID-19によるパンデミックがなければ、「現金至上主義国家」とまで言われていた日本でキャッシュレス決済が広く浸透することはなかったのでは……という見方がある。筆者はその見方に賛成だ。
何しろ、パンデミック前はキャッシュレス決済に対して「現金決済のほうが会話があって明るくなるから」という理由で反対する有識者がいたほどだ。「高齢者はキャッシュレスなど利用できない」という声は今でもあるが、高齢者とは可処分所得を持った大人である。キャッシュレス決済に全く対応できない、という事態は考えづらい。
そんなことを議論している間にも時代は進む。10月28日、京王電鉄バスと京王バスが全ての路線バスでの「現金取り扱い」を終了すると発表した。「完全キャッシュレス路線バス」の登場だ。
「2024年度の実証実験」とは?
もっとも、完全キャッシュレスバス自体は既に実証実験が行われている。
以下は京王電鉄バスがPR TIMESに掲載したプレスリリースの内容だ。
京王電鉄バスグループでは、2024年度に国土交通省の実証運行である『完全キャッシュレスバスの実証運行』に参画いたしました。2024年10月と12月に「調布駅南口~味の素スタジアム」「武蔵小金井駅南口~味の素スタジアム」「新宿駅西口~味の素スタジアム」の各路線において、完全キャッシュレスバスの実証運行を実施し、完全キャッシュレス化への取り組みを積極的に進めております。
(路線バスの完全キャッシュレス化を進めます-PR TIMES)
この「2024年度の国交省の実証運行」は、京王電鉄バスだけの催しでは決してない。全国の18事業者29路線が参加し、完全キャッシュレスバスの有用性や課題を精査・検証したのだった。
筆者自身が、2024年10月にこの話題を記事にしている。
国交省が全国一斉に完全キャッシュレスの路線バス実証実験を主導、現実的にキャッシュレス化は可能なのか?
全国各地の路線バスで「完全キャッシュレス乗車」の実証実験が行われようとしている。 これは国土交通省が計画・事業者を選定した実証実験で、18事業者29路線が参加す…
この実証実験に参加する路線には、以下のような条件が課されていた。
1.利用者が限定的な路線(空港・大学・企業輸送路線など)
2.外国人や観光客の利用が多い観光路線
3.様々な利用者がいる生活路線で、CL決済比率が高い路線
4.自動運転など他の社会実験を同時に行う路線
早い話が、キャッシュレス決済よりも現金決済の比率が高い路線は実証実験の対象外だったということだ。国交省としては、完全キャッシュレスバスの実現性がより高い路線だけを慎重に選定していたのだろう。
上述の「調布駅南口~味の素スタジアム」「武蔵小金井駅南口~味の素スタジアム」「新宿駅西口~味の素スタジアム」での実証実験は、業務を妨げるほどの支障はなかったようだ。
もちろん、課題もあるだろうがそれ以上に京王電鉄バスグループが強気になるほどの好材料が圧倒的に多かったという見方もできる。いや、もしかしたらそれ以上に「現金決済がもたらす負担」が極めて大きいのかもしれない。プレスリリースには、このような記載があるからだ。
さらに、完全キャッシュレスバス化の実現で、現金を取扱うための運賃機など、専用の機器の維持管理にかかる費用や、老朽化にともなう更新のための投資など、多額のコストの削減につながり、大きな経営改善効果が見込まれます。
(同上)
これは、京王電鉄バスグループの車両が目の当たりにしている現実的かつ切実な問題と解釈することができる。
運賃収受機は「頭痛の種」?
2024年度の実証実験は、利用者にもおおむね好評だった。これについても、筆者は2025年5月に記事として配信している。
逆に業務量が増えた!?「完全キャッシュレスバス」の実証実験で見えてきた現場業務のリアル
去年の末頃から今年初旬にかけて、全国の路線バス18事業者(29路線)で「完全キャッシュレスバス」の実証実験が行われた。これは国土交通省主導のプロジェクトである。…
>10~80代の1,274人を対象に完全キャッシュレスバスの導入の賛否についてのアンケートを行ったところ、「導入を進めてほしい」と答えた人は全体の64.8%を占めた。「導入を進めてほしくない」と答えた人は13.9%である。此度の実証実験は概ね好評だった、ということだ。
利用者から「路線バスの完全キャッシュレス化」が支持されているのであれば、運賃収受機などはもはや必要ない。これは利用頻度の大小に関わらず、10年もすれば交換しなければならない代物だ。当然、機材の更新費用が発生する。バス会社にとっては、頭痛の種でしかない。
上のプレスリリースによると、バスの完全キャッシュレス化計画は調布営業所管内路線での実証実験から開始し、2027年度を目途に「運賃収受における現金扱いを終了」するという。
完全キャッシュレスバスであれば、運賃収受機よりも遥かに小さく機械的に単純なICカード認識機で済む。そうしなければ、人材不足が叫ばれて久しいバス会社はもはや日々の運行も危うくなってしまうということか。調べれば調べるほど、完全キャッシュレスバスの裏側にあるのはバス会社の「やむにやまれぬ事情」という灰色の背景である。
ともあれ、この動きは我々利用者にとってもありがたいものだ。
沿線地域の「完全キャッシュレス化」も実現か
路線バスの完全キャッシュレス化は、当然ながら沿線地域の店舗にも多大な影響を及ぼすだろう。
誰しもがバスに乗るために何かしらのキャッシュレス決済手段を用意するようになると、店舗としてもより一層のキャッシュレス対応整備を進めなければならなくなる。「基本的に現金決済、キャッシュレスはあくまでも従的なもの」という意識がまるまる逆転し、「キャッシュレス決済が前提」の思考になるはずだ。個人経営の店舗でも、キャッシュレス決済専用レジが続々導入される……という可能性も考えられる。
「沿線地域そのものがキャッシュレスタウンに変貌する」と考えても、それはまんざら誇大妄想ではなさそうだ。
【参照・画像】
路線バスの完全キャッシュレス化を進めます-PR TIMES
文/澤田真一







DIME MAGAZINE
















