アスリートを支える声援という名のエール。アスリートにとってそのエールが大きな原動力となる一方で、残念ながら応援の名のもとに誹謗中傷が起きてしまうこともある。そんな中で今、私たちができるアスリートへの応援とは。
第5回は、過去に7回連続パラリンピック大会に出場し日本のパラクロスカントリースキーを牽引するレジェンド新田佳浩さん、北京2022パラリンピック冬季競技大会で金メダルを獲得し、次世代の日本代表のエースとして新田佳浩さんからバトンを受け継ぐ川除大輝さんと考える。

新田佳浩(にった・よしひろ)1980年6月8日、岡山県生まれ。小学3年生からクロスカントリースキーを始める。長野1998冬季パラリンピックを前に日本代表にスカウトされ、以降7回連続パラリンピック大会に出場、あわせて5個のメダル(金3、銀1、銅1)を獲得。日本のパラクロスカントリースキーを牽引するレジェンド。

川除大輝(かわよけ・たいき)2001年2月21日、富山県生まれ。6歳の時に親戚に誘われてクロスカントリースキーを始める。北京2022パラリンピック冬季競技大会では日本代表選手団の旗手を務め、出場したクロスカントリースキー男子クラシカル20キロ(立位)で金メダルを獲得。2024-2025年シーズンのワールドカップ年間総合で1位を獲得。ストックを持たずに滑る競技スタイルが強み。
観客も選手もスタッフも! 会場の全員が一体となれるのがパラ・クロスカントリー

前回の北京2022冬季大会はコロナ禍の影響で数々の制限がかかり、選手たちは異例の環境での戦いを強いられた。しかし今回は違う。久しぶりに観客の熱気が渦巻く、冬季大会が帰ってくる。
熱気に包まれた舞台は、選手にとってもファンにとっても、待ち続けた夢のステージだ。前大会で金メダルを獲得した川除選手は、ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会について、こう語る。
川除さん(以下、川除) 「たくさんの声援の中で競技に臨めるというのは、自分の中でも大きなモチベーションになります。さまざまな国の人たちのさまざまな言語で、応援してくれる声が聴こえると、励みになるので楽しみです」
アップダウンのあるコースでスキーやストックを用いて走るクロスカントリースキーは、“雪原のマラソン”とも称されるほど、冬季競技の中でも屈指のハードスポーツ。過酷な競技の中、声援は届いているのだろうか。
新田さん(以下、新田)「めちゃくちゃ届いています。何語か分からないときも当然あるのですが、応援してくれているという“熱意”はすごく伝わるのでうれしいです。
パラ・クロスカントリースキーの魅力のひとつなんですが、会場では各国代表の選手や他国のスタッフも、他の選手のタイムや順位などを英語で教えてくれたり、声援をくれるんです。
過去に僕がストックを折ってしまったときには、別のチームの方が『これでよかったら貸すよ』と渡してくれたことも。そういうスポーツマンシップの文化が、根付いている競技なんです」
SNSはアスリートにとって、追い風にもなる
ここ数年で、アスリートたちがSNSを通じて声を発信する機会が一気に増えた。本番へ向けた調整の裏側や、選手目線で伝えられるオリンピック・パラリンピック会場。
これまで知ることができなかった“舞台裏”がリアルタイムで共有され、ファンにとっては新たな楽しみとなっている。一方で、SNSへの向き合い方は選手によってさまざま。
新田 「僕は会社のアカウントでのブログはやりますが、個人レベルでは少し距離をおいていて。SNSってハッピーなことや楽しいことを発信すると思うんです。
でも、こちらの意図とは違う受け取られ方をしたときに、自分自身がすごく参ってしまうと思って。そしてそれが家族に影響するかもしれないと考えると、発信するリスクを考えずにはいられません」
川除 「僕は、自分が見てもらいたいものをSNSでアップしています。長文を書くのは得意ではないので、いいと思った写真や動画をアップするだけです。
昨年、ノルウェーで行われたノルディックスキー世界選手権のパラの種目で、2位になったんですが、その動画をアップしたら、本当にたくさんのコメントがきて驚きました」
新田 「さまざまなトップ選手の動画がある中で、(川除)大輝の動画が海外でバズったんです。
解説をしているオリンピアンの方が『ストックがない状態で、なんでこんなに速く滑れるんだ!』とか『もう理解できない。クレイジーだ!』みたいに言っていて(笑)」
川除 「嬉しかったですね。海外のクロカン選手たちがすごく反応してくれて。そう言ってくれている人がこんなにいると実感できたことや、さまざまな選手とSNSを通してコミュニケーションがとれたことも、自信につながりました」
また、25年以上第一線で活躍している新田さんは、長い競技生活の中で、SNSや社会の空気の変化を肌で感じてきたという。
新田 「2008年に国際オリンピック委員会と国際パラリンピック委員会が一緒になって、『同じメダルのデザインにしていきましょう』と決めた頃から、メディアに取り上げてもらう機会がぐっと増えてきました。
SNSに対する考え方も、平昌まではあまり使わないほうがいいというスタンスだった。それが北京から緩和されてきて、「ルールを整えながら、発信もしていきましょう」という方向に。
発信の仕方や、パートナーシップをどう獲得していくかという考え方の多様性が一気に広がった印象です。
僕は冬季競技なので出ていませんが、東京2020大会や東京2025世界陸上が日本で行われたことが、日本のスポーツシーンの盛り上がりの追い風になったような気がします。
野球やサッカーバレーボール、バスケなどはもちろん、今まであまり知られていなかった競技もそう。テレビで観たり、現地に行った人の感動がSNSに上がって、それを見た人が『自分も行ってみたい』となって、どんどん輪が広がっていく。
僕も、世界陸上でマラソンの応援をしに行きました。遠くから地鳴りのような応援が走る選手と共にだんだん近づいてきて…、『これは現地に行かないと、絶対味わえない感動だ』と実感しました」
「障がい=見てはいけないもの」その色眼鏡が壁になっている
さまざまなSNSの投稿が拡散される分、誹謗中傷のようなネガティブな声が混ざってくることもあるはず。そういった言葉を目にしてしまった時、意識していることはあるのだろうか。
川除 「僕は、これまでひどい誹謗中傷を受けたことがないので、あくまでも個人的な意見ですが、もしそういう声を目にしたり聞いたりしても、僕はあまり気にしないと思う。
『じゃあ、やってみろよ』って思うタイプです。競技をやってもいない人が言うのは簡単だし、やってみて初めて分かることがたくさんあると思うんです」
新田 「僕は・・・、一瞬気にすると思います。でも、大輝が言ったように、そういうことを言う人たちって、自分が持っていないもの、自分が得られなかったものに対して、強く噛みついてしまうところがあるんじゃないかと思っていて。
それに誹謗中傷をする方のバックグラウンドはこちらには分からないので、あまり真に受けすぎない方がいいと思っています。それでも気になる言葉が続くようであれば、競技団体や正式な相談窓口に連絡した方がいい。
冷静に対応して、自分の心をこれ以上すり減らさないようにする。自分の権利をきちんと守ることは、とても大事なことだと思っています」
むしろ誹謗中傷のような露骨な言葉よりも、「無意識の固定概念」に、社会の壁を感じることがあるという。
新田 「僕の場合、子どもの目線の高さにちょうど『左手がない』部分がくるので、最初に子どもが気づくんです。お父さんお母さんに『あの人、手がないよ』と伝えると、親は『そんなこと言っちゃダメでしょ』と注意する。
僕からすると、『障がい者を見てはいけないもの』という色眼鏡で見ているから、そういう注意の仕方になるんじゃないかなと思うんです。ある意味すごく古い時代の考え方だなと感じていて」
川除 「昔、サッカーをやっていました。チーム内でいじめられることは全くなかったですけど、違うチームの人から『あいつ、指ねえぞ』みたいなことを言われたことがあって。初めて他人からそういうことを言われたので、当時はショックですごく悔しかったことを覚えています。
ただ、大人になった今は、世間の考え方が変わってきているとも感じていて。むしろ、障がいに触れてほしいくらいの気持ちがあります。僕の個性をきっかけに、コミュニケーションをとってほしいなと思うんです」
無意識の中に「悪意」があるわけではない。世の中には「障害の話を聞いてほしくない」という声もあるかもしれないから、慎重になってしまうこともあるはずだ。
新田 「そうですよね。世の中には、いろんな意見の人がいると思います。でも、普通に人と人が仲良くなる方法として、小さなコミュニケーションを積み重ねていくことが必要です。
そのきっかけとして、見ぬふりをして違う話をするよりも、軽く障がいに触れてみるという方法は決して悪い手ではないと僕は思います。『あ、こういう人たちなんだな』と思ってくれる人が一人でも増えたらうれしいです」
川除 「僕の友人は、『障がい者だから、ちょっと優しくしよう』という感覚はなくて、むしろ『指がないくせに、ゲーム上手いじゃん』みたいなことを平気で言ってきます。もちろん、知らない人にいきなりそんなことを言ってほしいという意味ではありません。
でも、友人との関係もお互いに一歩踏み出してコミュニケーションを重ねた結果なので。だから最初のきっかけとして「ちょっと聞いてもいいですか?」と声をかけてもらえれば、僕は全然話せますよ」
新田 「父親になる前は、『子どもたちが、僕の障がいのことでいじめられたりしないかな』と心配していた時期もありました。でも今では、逆に子どもたちが「うちのお父さんはパラリンピックに出てるんだよ」と誇らしそうに、周囲に話してくれているみたいなんです。
たまに子供の学校に行くと、先生から『〇〇さんのお父さんですね。応援しています」と声をかけてもらうこともある。障がいって見方を変えれば、コミュニケーションの武器になる。もちろんマイナスの面があることも分かっているけれど、でも最近は、社会の空気が少しずつ変わってきているなと感じます。
障がいあるなしに関係なく、例えばベビーカーを押している人が階段の前で困っているのに、誰も行動をしようとしないとしたら、そういう社会のほうが“障がい”なんじゃないかと思う。
相手を思う気持ちで社会がつながっていけるように、自分なりのやり方で発信していくことも、僕たちのような選手がやるべきことなのかなと思っています」
“人としての可能性”を極限まで追い求める選手たちにエールを
オリンピックもパラリンピックも、“人としての可能性”を極限まで追い求める選手たちの姿に、私たちは心を揺さぶられているのかもしれない。ミラノ・コルティナ2026大会に向けて、どんな「声援」をおくるといいのだろうか。
川除 「シンプルに応援してほしいです。特にパラリンピックは『どの部分がすごいのか』を考えながら見ると面白いのかなと思います。
単純に、速いからすごいだけではなくて、『この障がいで、ここまでできるのがすごい!』という視点で見てもらえると、楽しく観てもらえるのかなと思います」
新田 「僕も、ひとつのスポーツとして楽しんで観てもらいたいなというのがいちばんです。
先ほど、大輝が世界選手権に出場した話がありましたが、『こういう障がいのある選手が、こういう競技をしているんだ』とか『あのスポーツって、こんな向き合い方もあるんだ』と知ってもらえたらうれしいです。
そしてその延長線上に、目の前に困っている人がいたら『何かサポートできることはあるかな』と、自然と思ってもらえるような社会になっていくことも願っています」
ふたりを勇気づける言葉
川除「実は、チャンスって頑張っていると巡ってくるものだと思うんです。でもそのチャンスに乗る準備ができていないと、見逃してしまう。いつチャンスが来てもいいように準備を整えておける人が、トップを狙えるのだと思うので、僕もそうありたいと思います」
新田「できないと決めつけるのはすごく簡単なんです。でも、考え方を少し変えれば、状況は大きく変わる。「自分の考え方ひとつで、可能性はいくらでも広がる」ということを大事にしていて、その思いを込めてこの言葉を書きました」
最後に5つの一問一答!
最後は一問一答で締めくくりを。
Q1好きな食べ物は?
【新田】 お好み焼き
「ふっくらした生地が好きで、長芋を入れて作ります。お好み焼きは、好きな具材を入れてアレンジができるところも魅力。子どもと食べるときは、チーズやスライス餅を入れたりして楽しんでいて。『お父さんのお好み焼きが一番おいしい』と言ってくれます」
【川除】 餃子
「基本的に焼き餃子が好きなのですが、先日高知県で食べた水餃子もとてもおいしかったので、今はどっちも好きです(笑)」
Q2好きな音楽やアーティストは?
【新田】FUNKY MONKEY BABYS 『桜』
「あまり、これ!と決めている曲はないんですが、FUNKY MONKEY BABYSさんの『桜』が好きです。感謝のメッセージがあって聞くと祖父を思い出す曲。落ち込んだ時に聞くことが多いですね。あとはトップ100みたいな最新曲を流して、好きなものを聞いています」
【川除】YouTube Musicのアルゴリズムにおまかせ
「試合前は何も聞かずに静かに集中します。車では YouTube Music を流して、アルゴリズムにまかせています。懐かしい曲もよく流れてきて、サザンオールスターズさんの曲は、家族旅行の思い出もあって、最近よく聴いています」
Q3幸せを感じる瞬間は?
【川除】アラームをかけずに眠れる日(笑)
「本音で言うと、アラームをかけずに眠れる日がいちばん幸せです(笑)。昼まで寝ちゃうと罪悪感はありますが(笑)」
【新田】家族と過ごす時間
「子どもたちの年齢的に、親離れしていく時期なんですが、それでも料理を作っているときに抱きついてきたりと、スキンシップしてくれる瞬間はかけがえがないです。練習や大会で、家にいないことも多いので、家族との時間は何よりも幸せを感じます」
Q4ポジティブでいるためのルーティンは?
【川除】ルーティンはあまりないです
「レースの時に『このパンツでメダル取った』とか『この靴下のときは調子よかったな』みたいなのはありますけど(笑)。今日の練習がよくなくても、それがすべてではないと思うようにしていて。最終的に目指すところでいい結果が出ればいいと考えると、日々の気持ちが軽くなります」
【新田】ルーティンを深く考えすぎない
「それよりも、ネガティブなことがあった時に『その裏にどんな意図があったのか』『自分はどうすればよかったのか』を少し考えてみる。そして、それを次のアクションにつなげていくことで、ネガティブな出来事も少しだけポジティブに捉えられるように。もちろんネガティブなことが続くこともあるんですが、そうした姿勢を習慣化していけば、そこから脱却につながるのではと思っています」
Q5 今年ハマったものは?
【川除】旅行をもっとしたい
「リゾート地に行きたいというよりも、海外の都市のカルチャーに刺激を受けたいです。昨年は韓国に行って、ジェントルモンスターやノースフェイスで買い物をしました。日本にないデザインが多くてかっこいいんですよね」
【新田】YouTubeを見ながら料理を作ること
「子どもたちが、たくさん食べてくれるのでレパートリーを増やしたくて。唐揚げの味を変えたり、油淋鶏を作ってみたり。最近は肉を柔らかくするために砂糖を揉み込む方法を知りました。料理への興味が広がっています」
その道のりに、賞賛を
日本オリンピック委員会(JOC)と日本パラリンピック委員会(JPC)は、SNSの存在感がこれほどまでに大きくなったことを踏まえ、アスリート等に対する誹謗中傷対策の取り組みとして、アスリートや関係者が安心して競技に集中できる環境を整えるため啓発映像を制作し、各競技団体や関係機関の協力のもと、国内主要大会や各種イベント等で広く展開しています。
DIMEでは、第一線で活躍するアスリートとの対話を通じて、これからの“エールの在りか”を探っていきます。ぜひ今後もご注目ください。

JOC-日本オリンピック委員会
JPC-日本パラリンピック委員会
協力/JOC-日本オリンピック委員会 JPC-日本パラリンピック委員会
取材・文/西村真樹 撮影/高田啓矢 編集/髙栁 惠 写真/アフロスポーツ、MA SPORTS/アフロ







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