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60兆円は何を意味するのか?バークシャーが〝史上最大の現金〟を積む本当の理由

2025.12.09

ウォーレン・バフェット氏率いる(年末で退任予定)同社の現金残高はおよそ3,800億ドル(約60兆円)と過去最高。総資産の3割近くが現金・短期債という、超・ディフェンシブな姿勢をとっています。

一方で、ここ3年ほどは株式を“売り越し”ており、「オマハの賢人」と呼ばれるバフェット氏が、なぜこの局面でリスク資産から距離を置いているのかに注目が集まっています。

さらに2025年には、長年CEOを務めてきたバフェット氏がその座を退き、後継者グレッグ・アベル氏の体制へ移行する予定です。“史上最大の現金”を抱えたまま、バトンが渡されることになるわけです。

この巨大キャッシュは、いったい何を意味しているのでしょうか。

そして、私たち個人投資家は、この動きからどんな投資戦略を学べるのでしょうか。

バークシャーの「史上最大キャッシュ」は、何が異例なのか

まず押さえておきたいのは、バークシャー・ハサウェイがもともと「現金嫌い」な会社ではないという事実です。

保険事業を中核にもつバークシャーは、保険料として預かった資金(フロート)を運用して利益を上げるビジネスモデルです。

そのため、景気の急変や大規模な保険金支払いに備えて、一定の現金・短期債を持っておくことは昔からの“お家芸”でした。

とはいえ、ここ数年のキャッシュの積み上がり方は、歴史的に見ても異例です。

• 現金・短期債残高は過去最高の水準
• 総資産に占める現金比率は約3割
• 3年間連続で株式は売り越し(売却額>購入額)

本来ならば、株式市場が堅調で、企業の利益も過去最高を更新している局面では、長期投資家にとっても「攻め時」のはずです。

それにもかかわらず、バークシャーは“投資を控え、キャッシュを厚くする方向に舵を切っています。

これは「相場観が外れているから」でも、「年を取って慎重になったから」でもありません。

むしろバフェット氏らしい、極めて合理的な“期待値の計算結果”と見るべきでしょう。

高金利で「現金」がディフェンスから“戦略資産”に変わった

次に、マクロ環境の変化を見てみましょう。

長く続いたゼロ金利の時代、現金は「持っているだけで損をする資産」でした。

預金金利はほぼゼロ、インフレ率はそこそこある──となれば、現金を抱え続けること自体が“機会損失”です。

ところが直近数年は様相が一変しました。

• 米国の政策金利は高水準
• 短期の米国債や短期運用商品でも年4~5%程度の利回りが期待できる環境
• インフレ率はピークから落ち着きつつある

つまりいまや、現金+短期債=「ほぼノーリスクでそこそこの利回りが取れる資産」に変貌しているのです。

バークシャーが大量に保有しているのは、単なるタンス預金ではありません。

主な中身は、アメリカ国債などの高格付けの短期証券です。これらは流動性が高く、必要とあらばすぐに現金化できます。

「いつ大きなチャンスが来るかわからない。

そのとき、すぐに動けるようにしておく。」

バフェット氏は常々、こうした趣旨のことを語ってきました。

高金利で利息を受け取りながら、“次の一手” を待つためのキャッシュポジション。これが、現在のバークシャーの立ち位置です。

危機のとき「現金を持っている人がいちばん強い」

バークシャーの歴史を振り返ると、「現金=守りの資産」ではなく「危機で攻めるための切り札」だったことがよくわかります。

代表的なのが、2008年のリーマン・ショック前後です。

• 金融危機で世界中の金融機関が資金繰りに苦しんだとき
• ゴールドマン・サックスやバンク・オブ・アメリカなど、名だたる銀行が「資本の注入」を求めたとき
• 潤沢なキャッシュを持っていたバークシャーだけが、“超好条件”で資金を提供できた

このときバークシャーは、

「高い配当がついた優先株+株を安く買える権利」

という、通常では考えられないほど有利な条件で契約を結び、後に巨額の利益を手にしました。

なぜこんなことが可能だったかと言えば、シンプルです。

みんなが「現金をください」と叫んでいるとき、

すでに現金を持っていたから。

危機のど真ん中で、

「株を売って現金を作ってから、誰かを助けます」

では手遅れです。株価はすでに暴落しており、売れば売るほど損が膨らみます

一方で、暴落前から現金を準備していたプレイヤーはどうでしょうか。

周囲がパニックになっているときにこそ、

「困っているが優良な企業」に対して、冷静に資金を出すことができます。

バークシャーの巨大キャッシュは、まさにこの「次の2008年」に備える布陣と考えてよいでしょう。

グレッグ・アベル体制へのバトンと「安全マージン」

もうひとつ見逃せないのが、経営トップ交代のタイミングです。

• ウォーレン・バフェット氏は95歳を超え、高齢
• 後継者としてグレッグ・アベル氏が来年からトップになる

新体制のスタート時に、現金が薄く、リスク資産だらけのバランスシートだったらどうでしょうか。

もし就任直後に市場が急落したら、「新CEOでいきなり大損」という構図になりかねません。

逆に言えば──

• 「現金3割」という、過去最高レベルに安全な状態でバトンを渡す
• 高金利で利息もそこそこ入ってくる
• 大きな投資案件が見つかったときには、新体制で“最初の一手”として仕掛けることができる

これは、ある意味で最高のスタートラインとも言えます。

「無理に投資して“置き土産”を作るより、

現金という“選択肢”を残しておく」

バフェット氏の巨大キャッシュは、単に相場を警戒しているだけでなく、次世代への安全マージンの役割も果たしていると考えられます。

なぜ今、「現金」が“攻めの武器”になるのか

ここまでを整理すると、バークシャーの現金戦略には、次の3つの意味が見えてきます。

1. 高金利で「持っているだけ」で利回りがつく

以前のようなゼロ金利なら、現金は時間とともに価値を失うだけでした。

しかしいまは短期国債などで年数%の利回りが期待できます。

「攻めても割に合わない水準の株」を無理に買うくらいなら、高金利の“待機資金”に置いておくほうが合理的とも言えます。

2. 危機や調整局面での“買い手”になる準備

相場はいつか調整します。

どのタイミングか、どの程度かは誰にも読めませんが、「よい企業が安く買えるタイミング」は必ず訪れます

• そのときに株を投げて現金を作る側になるのか
• そのときに現金を持って、安く買う側になるのか

両者の長期的なリターンは、大きく違ってきます。

バークシャーは明らかに「後者」を選ぶ準備をしていると言えます。

3. 「何もしない」という選択の価値

もうひとつ重要なのは、「投資アイデアがないなら、何もしない」という姿勢を貫くことです。

バフェット氏は、

「素晴らしいチャンスが来るまでは、

退屈なことをして待っていればいい」

といった趣旨の言葉を残しています。

いまの巨大キャッシュは、まさにこの「待つ」姿勢の表明でもあります。

個人投資家はどう応用すべきか? 3つのヒント

では、「バークシャーの巨大キャッシュ」から、私たち個人投資家は何を学べるのでしょうか。ここでは、DIME読者の方にも取り入れやすい3つのポイントに絞ってご紹介します。

(1) 「フルインベストメント信仰」を一度疑ってみる

SNSなどではよく、「余剰資金はすべて投資に回せ」「現金は悪だ」といった極端な言説も目にします。

しかし、世界屈指の長期投資家であるバフェット氏ですら、現金比率を3割まで引き上げているのです。

もちろん、個人投資家が同じ比率をマネする必要はありません。

大切なのは、

• 「今の株価水準に、リスクをとるだけの妙味があるか」
• 「もし暴落が来たとき、自分は“売らされる側”にならないか」

を一度立ち止まって考え、あえて現金を残すという選択肢も持っておくことです。

「常に100%リスク資産でなければならない」という考え方はいったん脇に置き、自分の年齢・収入・家族構成・睡眠の質 (!) なども含めて、“自分が無理なく続けられる現金比率”を考えてみるのがおすすめです。

(2) 「守りながら増やす」ための現金・短期債の使い方

日本の個人投資家の場合、

• 円預金
• 個人向け国債
• 円建ての短期債券ファンド
• 外貨建てMMFや短期債ファンド(リスク要因は要理解)

など、「比較的リスクを抑えつつ利回りを狙える選択肢」も増えてきています。

すべてを株式や投資信託に突っ込むのではなく、たとえば

• 「当面使う予定のない資金の一部を、短期の安全資産で運用する」
• 「株価が高いと感じるときは、定期買付の枠の一部を現金・短期債に回す」

といった形で、守りと攻めのバランスを調整することもできます。

「キャッシュ=ただ寝かせるもの」ではなく、

「キャッシュ=次の一手を打つための“有利な待機場所”」と捉え直すだけでも、ポートフォリオの発想は大きく変わります。

(3) 「暴落したらどうするか」を“今のうちに決めておく”

バークシャーのように完璧なタイミングで動くことは、個人投資家にはまず不可能です。

そこで有効なのが、

「もし市場が○%下がったら、

事前に決めた投資信託/ETFを、現金枠からいくら買うか」

あらかじめルール化しておくことです。

例としては、

• インデックスが10%下落したら、現金枠の一部で追加購入
• 20%下落したら、もう一段階買い増し
• 上記とは別に、通常のつみたて投資は淡々と継続

など、段階的に買い向かうためのシナリオを、平常時に決めておくのがポイントです。

これにより、暴落局面でも「感情で動く」のではなく、あらかじめ定めた自分ルールに沿って行動しやすくなります。

巨大キャッシュは「弱気」ではなく「次の一手」への構え

バークシャー・ハサウェイの“史上最大の現金ポジション”は、一見すると

• 「バフェットが弱気になった」
• 「もう魅力的な投資先がないのでは」

といった印象を与えるかもしれません。

しかし中身をよく見ていくと、それはむしろ、

• 高金利を味方につけて
• 次の危機や調整局面で
• 「唯一の買い手」になれるポジションを、じっくり作り上げている

という、極めて攻めの戦略でもあります。

そして、この戦略から個人投資家が学べるのは、次のようなシンプルな教訓です。

• 「よいチャンスがないときは、無理に動かない」
• 「現金は“恐怖”のためではなく、“選択肢”のために持つ」
• 「危機のときに売らされる側ではなく、冷静に買う側に回る準備をしておく」

相場の先行きは誰にも読めません。

ただし、どんな相場になっても「動ける自分」でいられるかどうかは、事前の準備で大きく変えられます

バークシャーの巨大キャッシュは、

「いまはその準備をするフェーズなのかもしれない」

という、ひとつのサインとも言えるでしょう。

あなたのポートフォリオにとっての「戦略的な現金」とはどれくらいなのか。

この機会に、一度じっくり見直してみてはいかがでしょうか。

文/鈴木林太郎 経済ライター
テックと経済の“交差点”を主戦場に、フィンテック、Web3、決済、越境EC、地域通貨などの実務に効くテーマをやさしく解説。企業・自治体の取材とデータ検証を重ね、現場の課題を言語化する記事づくりが得意。難解な制度や技術を、比喩と事例で“今日使える知識”に翻訳します。

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