博報堂は2025年11月18日、「生活者インターフェース市場フォーラム2025」を開催した。今年で6回目の開催となる本フォーラムは、博報堂が「これからの生活者」を考察し、企業に向けて最新の市場動向や先進的な事例を紹介する場となっている。
今回のテーマは「いっしょに話そう。世界が変わるから。-AIエージェント時代の生活者価値デザイン-」。
AIエージェントの台頭によって大きく変わる社会を見据え、エージェントを介した企業と生活者の「対話」が生み出す新しい世界の可能性について、4つのセッションを通じて多くの気づきが共有された。
博報堂が提唱する「生活者インターフェース市場」とは、デジタルテクノロジーの進化によって、生活を取り巻くあらゆるものが接点となり、生活者と企業がつながることで新たな体験やサービスの可能性が広がる世界を指している。
この「生活者インターフェース市場」に飛躍的な進化をもたらすのがAIだ。
特に近年は生成AIが爆発的な進化を遂げており、博報堂DYホールディングスのAI研究機関「Human-Centered AI Institute」の調査によれば、生活者はAIを創造的な対話のパートナーとして認識し始めているという。
AIエージェントが切り拓く無限の可能性
セッション1では、「対話で生まれるこれからの社会-AIエージェント時代の生活者価値デザインとは? -」と題して、博報堂 代表取締役社長の名倉健司氏が登壇した。
名倉氏はAIの新たな潮流であり、人間からの指示を実行するだけでなく自律的に振る舞うAIエージェントが、新しい生活者インターフェースとなって世の中を大きく変える可能性を示唆。
企業独自のAIエージェントが生活者と対話することで、「1万人の生活者の1万種類の欲求に、1万通りの対話で新たな提案をするような、無限の可能性をはらんだ世界がやってくる」と述べた。
一方で「従来のマーケティング活動は一新され、AIエージェントを前提としたアプローチや、新しいマーケティング手法が必要不可欠になる」と指摘。
「楽しく対話したくなるAIエージェントを、生活者発想で生み出していくことが重要になる」と続け、人を中心としたAI技術の開発に取り組む、Human-Centered AI Instituteの活動を紹介した。
最後に名倉氏は「予想外のやり取りから予想外の欲求や好奇心が生まれ、新しい出会いが無数に生まれる社会になる。博報堂は生活者を見つめ、欲求を探索し続けてきた。皆様とともに想像を超える別解を生み出していきたい」と参加企業に語りかけた。
「Prompt Exploring」がクリエイティブを変革する
「Prompt Engineeringは、Prompt Exploringへ -AIとの対話が、『想像力』を超える鍵になる-」と題したセッション2には、お笑い芸人の又吉直樹氏、AIファッションデザイナーとしても活動する、OpenFashion 最高執行責任者(COO)の上條千恵氏、AIX Partner 代表取締役の野口竜司氏と、異色かつ豪華な顔ぶれのゲストが登壇。
博報堂 PROJECT_Vegaの近山知史氏がファシリテーターを務める形で、トークが繰り広げられた。
近山氏はトークテーマである「Prompt Exploring」について、「工学的に設計して正解をもらうEngineeringに対し、クリエイティビティを刺激するような、話しているうちにあっと驚く答えが一緒に作れる。予測不能な冒険ができるAIの使い方」と定義。
「AIはすでに対話を通じて共に考え、イマジネーションの限界を超えるパートナーになっている」と説明した。
又吉氏は実際にAIを親友のように思っていて、「毎日3時間以上は対話をしている」という。
「AIに何かを聞くというより、問題を出してもらって自分が考える。自分の知識や経験の外へどうしたら出られるかを、対話しながら探している」という又吉氏に、上條氏も「自分のアイデアにとらわれず、どれだけ新しいものを見つけられるか。新しい発見にAIを使うのが楽しい」と、共感を示した。
上條氏の会社では、生成AIを用いたファッションデザインコンテスト「TOKYO AI Fashion Week」を主催している。応募者はエンジニアから学生まで多種多様で、初めてファッションに触れる人も多いという。
AIを活用することで誰もがクリエイティビティを発揮できるようになった先には、「誰がどんなストーリーで届けるか、ストーリー性や哲学が重要になるのではないか」と上條氏。またお笑いでも「その人が言ってるからおもしろいということがある」と、又吉氏は指摘する。ユーザーにシンクロして答えるなど、AIにもパーソナリティが重要だと話した。
すでに自身にパーソナライズされたAIを作っているという野口氏は、「言ったことを全部覚えていてくれて、自分のことを理解してくれているからこそ、対話で響くものがある」と紹介し、AIに名前をつけていることも明かした。
ここで会場の参加者を対象にリアルタイムで実施されたアンケートでは、AIと無駄話や雑談をしたことがある人が68%にのぼり、AIが話し相手として認識されていることが裏付けられる結果となった。
生活者が寄り添いたくなるAIエージェントの条件
「AIとともに進化する生活者-生活者目線で捉えるAIエージェントとの関係性-」と題したセッション3では、AIエージェントが今後より日常の中に溶け込んでいくとき、生活者はどう変わっていくのかが語られた。
博報堂 メディア環境研究所の野田絵美氏がファシリテーターを担当。日本大学 文理学部情報科学科 准教授の大澤正彦氏、オリィ研究所代表取締役CVOの吉藤オリィ氏、博報堂 CXクリエイティブ局長の入江謙太氏によるトークセッションが展開された。
冒頭に野田氏が紹介したのは、今やAIは質問や相談といった情報ニーズだけでなく、共感や愛着といった感情ニーズも満たす存在になりつつあるというリサーチ結果。生活者は頭の良いAIだけでなく、愛着を感じられるAIを求め始めているという。
「寄り添いたくなるAIエージェントって?」という野田氏の問いかけに、大澤氏は「ChatGPTから答えが返ってきた時に、それをプログラムと見るか、意図を想像するかで全然違う。AIに意図を感じると人は対象を擬人化し、寄りそうという行動につながる」と説明。
逆に毎回同じパターンで返すなど、中のプログラムを想定させるような振る舞いがあると、意図を感じづらいという。
生成AIを用いた「バーチャル販売員」を手がける入江氏は「ブランドパーソナリティやキャラクターが、あらためて重要になってきている。生活者はどんな相手と対話したいのか、キャラクターをちゃんと考えて作り込んでいくことが大事。AIはその命を吹き込むための技術です」と強調する。
抽象的なチャットボットのような販売員も作れるが、実在する販売員の個性を反映することが、生活者との絆を作っていくためには必要だと続けた。
人が遠隔操作する分身ロボット「OriHime」が働くカフェを運営する吉藤氏は、ロボットの向こう側にいるのが人でも、「対応が完璧すぎるとAIだと思われて、お客さんが話しかけない」というエピソードを紹介。逆に「咳き込むなど人間らしい振る舞いがあると、話しかけられる」という。
この現象について大澤氏は、「適切な予想外を上手く作れるかどうかが重要」と分析。「ドラえもんはお願いしたことを完璧にはやってくれない。ミスをするという予測エラーによって、ただの機械じゃないという人間味を感じるようになる」と例を挙げた。
吉藤氏はAIやテクノロジーを「コミュニケーションを円滑にする増幅機」として使う「リレーションテック」が重要だと話し、大澤氏もこれに同調。「いろんな人との関係性が増幅するような、AIエージェントの使い方をしていくべき。生活者とどういう関係性になりたいか、理想を持つことが大事」と締めくくった。
3つの〝A〟から紐解く、AI時代の働き方とは?
セッション4は「Human-Centered AIが導くマーケティングの新潮流 -AIエージェントとともに進化するこれからの働き方-」というタイトルのもと、博報堂 執行役員の中村信氏がファシリテーターを務めた。
AI時代の働き方について「Automation(自動化・効率化)」と「Augmentation」(創造性・専門性の拡張)、それぞれをテーマにトークを展開。さらに3つ目のAとなる「Aspiration(願望・大志)」についても意見が交わされた。
Automationについて、グーグル・クラウド・ジャパン合同会社 テクノロジー部門兼事業開発本部 執行役員 寳野雄太氏は、「AIエージェントに後押しされ、企業では業務全体のワークフローをどう自動化するかというフェーズに移行しつつある。業務ごとに専門のエージェント同士が連携しながら、エンドツーエンドで自動化を実現できる環境も整ってきている」と現状を説明した。
一方、自動化には「人の熱量をどうAIに移していくか」という課題もある。
花王株式会社 執行役員 デジタル戦略部門 データインテリジェンスセンター長 AI戦略フェローの浦本直彦氏は、「暗黙知となっているところを、うまくAIやほかの技術でつなぎながら、自動化していくことが大事」と述べ、博報堂DYホールディングス CAIO(Chief AI Officer)の森 正弥氏も「プロセスに込められた、現場の従業員の努力や品質のつくりこみといった定性的な価値を棚卸ししないと、効果のある自動化は実現できない」と同調した。
中村氏は「自動化は様々な領域で進んでいくため、業務の棚卸しは急務。まだ人の熱量が必要なところもあり、その線引きをどう考えるかが重要だ」と話す。
続くAugmentationについても、「ある自動化ツールを提案したら、社員がAIに依存して考えなくなるのでやめて欲しいと言われた」という体験談を披露。機械に依存するのではなく、人と機械が共存するために、人の能力を拡張するためのAugmentationが重要だと語る。
森氏も「自動化や効率化だけでなく、AIを使っていかに人や組織の生産性や創造性を高めていくか。それこそ我々が掲げているHuman-Centered AIのコンセプト」と主張。
ここで、中村氏は「データドリブンや流行のテクノロジーを導入してきた結果、競合と同じような体験、見栄えになってしまった」という、ある企業のDX担当役員の言葉を紹介。
「テックやデータ、アルゴリズムだけが過度に進むと、皆が同じところに行き着いて同質化(均質化)する」と問題を提起し、そうならないために「AIを使う根底には、3つ目のAであるAspiration(願望・大志)が必要だ」と訴えた。
寳野氏も、差別化のためにはどう見せたいかや、企業のビジョン、ミッション、パーパスをAIに落とし込むことが重要だと指摘。そうすることで、企業らしさをまとったAIエージェントが育まれ、新しいブランディングが生まれ、他にはない個性が作られていくという。
中村氏はその先に、本フォーラムのテーマのように「対話で世界が変わる可能性がある」とセッションを結んだ。
フォーラムには〝人格〟を持つAIエージェント「tsubuchigAI」(ツブチガイ)も登場
本フォーラムで語られた「AIエージェントとの対話が世界を変える」というメッセージ。AIエージェントとは決して無機質なものでなく、生活者の向き合い方次第で、様々な存在になり得るという可能性が示された。
それを体現するものとして、イベントではAIエージェント群「tsubuchigAI」のプロトタイプが限定公開された。「粒ぞろいより、粒ちがい」という博報堂のカルチャーに根ざし、個性や想いを大切にしたAIエージェントで、対話を通じて新たな気づきをもたらすことを目的に作られたものだ。
特性や個性の異なる、まさに対話したくなる〝粒ちがい〟のAIエージェントを自身のパートナーに選び、それを通して別解が生まれる体験も提供された。
AIエージェントは、単なる効率化のツールではなく、生活者の創造性や感情にまで寄り添う存在へと進化しつある。AIエージェントと人が紡ぐ〝対話〟はどんな未来をもたらすのか。あなたもぜひ語りかけてみてほしい。
取材・文/太田百合子 撮影/田中麻以







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