「私たちは、犬のことを知っているようで、実は犬がなにを感じ、なんのためにその行動をとっているのか、深く理解しないまま接しているケースがほとんどです。
というのも、犬についての科学的な研究が本格化したのは2000年以降になってから。つまり、この20年ほどの間で動物行動学や、認知科学の見地から得られたデータによって、犬の研究は飛躍的に進んだのです」
――と、「人と犬の関係学」の分野で日本初の博士号を取得したドッグトレーナーの鹿野正顕さんはいいます。
この連載では、科学に基づいた愛犬との信頼関係の結び方、効果的なトレーニングについて鹿野さんに語ってもらいます。
※本稿は、鹿野正顕『なぜ犬は全力で私を愛してくれるのか』(小学館)の一部を再編集したものです。
イラスト/しまだなな
自分の身の危険をかえりみずに必死に飼い主を守る犬の忠誠心は本物?それとも・・・・
アメリカ西部に生息するベルディングジリスは、捕食者を発見するとジジッという警戒音を発して同じ群れの仲間を逃がし、自分は捕食されてしまうという自己犠牲的な行動をとることがあります。
また、インドに生息するサルの一種のオスは非血縁の子を襲ってしまう習性があります。しかしこのとき、群れのなかで子育て経験のある年長のメスが襲われた子どもを守り、代わりに育てるという行動をとることがあります。
このように哺乳類には、仲間を助け、弱いものを守るという一面が本能的に備わっている可能性が考えられます。もしかすると、人間や犬も見返りを求めない無償の愛を注ぎながら、本能的に双方の結びつきを深めているのかもしれません。
自分の生存に必要だからこその行動・・・・?
前述した動物の利他的な行動も実は解釈が難しい面があります。
自分を犠牲にした行動も突き詰めていけば、自分の生存につながる行動ともいえるからです。つまり、利他的な行動は利己性を維持するために行っているのではないかということです。
たとえば、犬がカラダを張って飼い主を危険から守るという行動の動機も、飼い主が死ねば、世話をしてくれる養育者がいなくなり、結果的に自分の生存も危うくなるからと解釈できます。
牧羊犬なども群れを外敵から守る行動をとりますが、自分の縄張り内での危険な状況を避けたいだけかもしれません。心情的に忠誠心を信じたいところではありますが、その真意はわかりません。
小さくて丸い=かわいい、と感じてしまう「ベビースキーマ」
先に、哺乳類には仲間を助け、弱いものを守るという一面が本能的に備わっている可能性があると述べましたが、そもそもなぜ私たちは犬を見ると本能的に「かわいい!」と感じてしまうのでしょうか。
オーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツが、1943年に提唱した「ベビースキーマ(Kindchenschema)」という概念があります。「小さい、丸い、手足が短い」といった見た目の特徴をかわいいと感じ、世話をしたくなるという説です。
狼を先祖に持つ犬ですが、家畜化していく際により扱いやすいよう、また見た目もかわいがられるように、顔が丸くて目がクリッとした愛らしい顔つきのままおとなになるように改良されてきました。
幼いもの同士を掛け合わせると、性質も幼くなっていき、しかも、獲物を狩るために頭を使わなくなったので脳が小さくなり、嗅覚も使わないので鼻も短くなっていきました。
こうして見た目も性質も幼いままおとなになっていったのですが、このような現象を「幼形成熟」といいます。
人間はベビースキーマによって、目がクリッとして幼く見える犬たちを「かわいい」と感じるようプログラムされているので、より世話をしたくなり、世話をするほど愛してしまうわけです。
著者/鹿野 正顕(かの・まさあき)
ドッグトレーナー、スタディ・ドッグ・スクール代表
1977年、千葉県生まれ。スタディ・ドッグ・スクール代表。学術博士(人と犬の関係学)。獣医大学の名門・麻布大学にて「人と犬の関係学」の分野で日本初の博士号を取得する。
卒業後、人と動物のよりよい共生を目指す専門家、ドッグトレーナーの育成を目指し、株式会社Animal Life Solutionsを設立。犬の飼い主教育を目的とした、しつけ方教室「スタディ・ドッグ・スクール」の企画・運営を行いながら、みずからもドッグトレーナーとして指導に携わっている。2009年、犬の行動改善やトレーニングに関して、信頼性の高い知識とスキルを持つと評価されるドッグトレーナーの国際資格CPDT-KAを取得。日本ペットドッグトレーナーズ協会理事長。「犬の行動学のスペシャリスト」としてメディアでも活躍中。最新著書は『なぜ犬は全力で私を愛してくれるのか 飼い主の「なぜ?」に科学ですべて答える本』(小学館)。








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