「私たちは、犬のことを知っているようで、実は犬がなにを感じ、なんのためにその行動をとっているのか、深く理解しないまま接しているケースがほとんどです。というのも、犬についての科学的な研究が本格化したのは2000年以降になってから。つまり、この20年ほどの間で動物行動学や、認知科学の見地から得られたデータによって、犬の研究は飛躍的に進んだのです」――と、「人と犬の関係学」の分野で日本初の博士号を取得したドッグトレーナーの鹿野正顕さんはいいます。この連載では、科学に基づいた愛犬との信頼関係の結び方、効果的なトレーニングについて鹿野さんに語ってもらいます。
※本稿は、鹿野正顕『なぜ犬は全力で私を愛してくれるのか』(小学館)の一部を再編集したものです。
イラスト/しまだなな
犬に理性はあるのかーー前頭葉の割合は、人間が約30%、あなたの愛犬は7%!?
大脳皮質の前頭葉は、思考、判断、情動のコントロール、行動の指令といった理性的なはたらきを司る領域です。人間の場合、前頭葉が非常に発達しており、間脳から感情が生まれても、前頭葉との協議によって最終的な行動が決定されるので、抑制の利いた行動がとれます。犬に散らかされて怒りを感じても、怒鳴ることなく冷静でいられるのは前頭葉が機能しているからです。
しかし、犬は人間と比較して前頭葉の割合が小さいので、人間のように理性で感情をコントロールすることが苦手です。善悪の判断もできませんし、先のことなんて予測もできません。純真な子どもが、感情の赴くまま無邪気に行動しているだけなのです。
たとえば、公共の場で人間の赤ちゃんが大泣きしていて、それを親がなだめようとしてもなかなか泣きやんではくれません。空腹だったり、眠気だったり、その原因となる欲求が叶えてもらえない限り、言葉でいって聞かせても感情を抑えることが難しいのが赤ちゃんの特徴です。赤ちゃんはまだ、前頭葉の発達が不十分であり、理性による抑制が利かないことから、このようなことが起こります。
犬にも同じことがいえます。成犬でも犬の前頭葉が大脳皮質に占める割合はごくわずか。高ぶった感情を自分で落ち着かせたり、ガマンしたり、感情をコントロールするのが苦手なのです。
犬は先のことなんて考えていない
行動の良し悪しの基準を設けるのも前頭葉です。しかも、なにをもってその行動を是非とするかは、人間の都合でしかありません。
たとえば、行動の意味を理解できない人間の赤ちゃんに対し、部屋のなかを散らかしてメチャメチャにしたとしても「なぜ散らかしたのか?」と問い詰めたりはしないはずです。
犬も同じく、人間のモラルやルールは通じず、行動の意味も理解することができません。犬にしてみれば、そこにあったから散らかしただけです。
言葉でいってもわからないので、してほしくない行動があったら、それをしないようにしつけたり、環境を整えたりすることが親の責任です。
たとえば、雨上がりの公園に行ったところ、犬はうれしさのあまり芝生の上を駆けまわって遊んでいました。その結果、全身泥だらけに……という、人間なら簡単に予測がつきそうなことも、犬にはまったく予測がつきません。
これをやったらこの先どうなるのか? ということを考えないし、考えることができないのです。
やはり、前頭葉が発達していないので、過去に経験したことのないようなことを予測して行動することが苦手です。その瞬間ごとの感情に突き動かされ、自分がやりたいと思ったことだけをやるのが、犬の自然な習性であり、行動といえるでしょう。
叱られても反省はしない
犬に長時間の留守番をさせたとき、いつもはトイレで排泄できるのに、そのときだけトイレを失敗するようなこともあると思います。そうした場合に「犬が留守番をさせた腹いせに失敗したのでは?」と誤解するケースも少なくありません。
しかし、犬は人間に嫌がらせをすることはありません。なぜなら、前述のように「これをやったら飼い主が嫌がるだろう」といった先のことを予測することができませんし、排泄物を「汚いもの」と認識する概念もないからです。
もし、留守中にトイレを失敗するなら、それは不安の表れかもしれません。ストレスを感じているので、叱ると逆効果になる可能性があります。
犬を叱ったとき、まるで反省しているような上目遣いの表情を見せることがあると思います。しかし、このシュンとした上目遣いの表情は、反省しているのではなく、叱ってきた飼い主に対し、恐怖や不安を感じていることの表れであることが、実験で明らかになっています。
上目遣いの表情は犬のストレス反応だということ。犬からすれば意味もわからず怒られているので、怖くてしょうがないだけなのです。
著者/鹿野 正顕(かの・まさあき)
ドッグトレーナー、スタディ・ドッグ・スクール代表
1977年、千葉県生まれ。スタディ・ドッグ・スクール代表。学術博士(人と犬の関係学)。獣医大学の名門・麻布大学にて「人と犬の関係学」の分野で日本初の博士号を取得する。
卒業後、人と動物のよりよい共生を目指す専門家、ドッグトレーナーの育成を目指し、株式会社Animal Life Solutionsを設立。犬の飼い主教育を目的とした、しつけ方教室「スタディ・ドッグ・スクール」の企画・運営を行いながら、みずからもドッグトレーナーとして指導に携わっている。2009年、犬の行動改善やトレーニングに関して、信頼性の高い知識とスキルを持つと評価されるドッグトレーナーの国際資格CPDT-KAを取得。日本ペットドッグトレーナーズ協会理事長。「犬の行動学のスペシャリスト」としてメディアでも活躍中。最新著書は『なぜ犬は全力で私を愛してくれるのか 飼い主の「なぜ?」に科学ですべて答える本』(小学館)。








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