日本を代表するテレビ局が、ARG事業に本格参入した。代替現実ゲームとも呼ばれるこのゲームジャンルは、フィクションと現実の境界を意図的に曖昧にすることで、極めて没入度の高い物語体験を生み出す。SNSを中心に注目が集まるジャンルだ。
ARG制作で注目を集める第四境界と日本テレビの共同ブランド「4×4 sect.」(フォーバイフォーセクト)から2025年8月にリリースされた『503号室の郵便物』」は、プレイヤーに実際に郵送される郵便物から謎が始まる体験型エンターテインメントだ。
プロジェクトの原点には、加速するコンテンツ消費への危機感があった。プロジェクトを率いる日本テレビ放送網株式会社 コンテンツ戦略本部 コンテンツ戦略局 マーケティングセンターの岩﨑林太郎さんに、開発秘話を聞いた。
フィクションと現実の境界を曖昧にする新ジャンル
ARGと通常のゲームとでは、何が違うのか。最も大きな違いは、ゲームをプレイするプラットフォームだ。ARGでは、プレイヤーはゲーム画面の中だけではなく、現実世界のすべてを使い、物語を体験する。
手元に届く郵便物、実在するかのようなWebサイト、実際に送られてくるメール。これらすべてが物語の一部となり、プレイヤーは「この物語は本当に起きているのではないか」と感じながら、謎を解いていく。
今回、日本テレビがタッグを組んだ第四境界の過去作品では、誰かの財布や交換日記、給与明細書といった、日常生活の中で当たり前に目にするものが、プレイヤーの手元に届くところから物語が展開してきた。『503号室の郵便物』でも、実際にプレイヤーの元へ郵送される郵便物から、物語が始まることとなる。
コンテンツ消費の加速に危機感
このARGプロジェクトを立ち上げたのが、岩﨑林太郎さんだ。岩﨑さんが日本テレビに入社したのは2017年。元々はドラマ制作を志望し、同社に入社。入社後はバラエティ番組制作に携わってきた。しかし次第に、コンテンツ消費のスピードに違和感を覚えるようになる。
「TikTokやYouTubeでのショート動画、Netflixなどのサブスクリプションサービスの台頭によって、コンテンツの消費スピードが本当に早くなりました。その結果、視聴者が一つのコンテンツに向き合う時間が短くなり、深く心に刺さるコンテンツを届けることの難易度が格段に上がってしまったんです」
岩﨑さんが見出した解決策は、〝インタラクション〟、つまり作品と視聴者の間で生まれる相互作用だった。視聴者がただ受け取るだけでなく、自ら考え、関わることで、コンテンツとの間に相互作用が生まれる。能動的に参加した体験だからこそ、受動的に視聴するだけの場合よりも、記憶に深く刻まれることになる。
2021年頃、岩﨑さんはゲームの持つインタラクション性に着目した。
これを地上波と接続できれば、新しいインタラクティブドラマが生まれるのではないか。そう考えたが、当時の日本テレビにはゲームの知見を持つ人材が不足しており、この壁を越えられなかった。
そこで岩﨑さんは、日本テレビ独自の休職制度(※現在は廃止)を活用し、ベンチャーのゲーム会社に2年間身を置くことを決めた。知見を得るためだけでなく、そこにはもう一つ理由があった。当時の自分を、岩﨑さんは率直に評価する。
「自分がやりたいことばかり主張して、任された仕事は最低限しかやっていなかった。若手として好まれる働き方では全くなかったと思います」
そんな中、岩﨑さんは移籍したゲーム会社で社長の右腕的なポジションで働く2年間で大きく変わった。大企業の中でも事業を実現するために必要な動き方を習得。部署が目指す方向に、自分のやりたいことのベクトルを揃える。その重要性を理解した。帰任後、上司から「別人が帰ってきた」と言われたと岩﨑さんは笑う。
2024年6月、日本テレビに戻った岩﨑さんは、ゲーム会社から得たノウハウをもとに「ARG」を土台とした新たな事業の可能性を模索していた。
そんな時に出会ったのが、第四境界の代表作『人の財布』だった。
実写ゲームに限定せずとも、写実的な世界とインタラクションをつなげられる拡張性があると気づいた岩﨑さんは、日テレの同期である吉田健人さんとともに7月から事業提案を開始。11月には、本格的にプロジェクトが動き出した。
テレビ局ならではの強みを活かす
テレビ局として、ARG事業に参入する最大の強みは何か。「やはり最大の強みは地上波の放送枠です」と、岩﨑さんは明確に答える。
SNSやYouTubeなどは誰でも活用できるメディアだ。しかし地上波の放送枠は、限られた事業者しか持つことができない。「地上波は、日本中の家庭に届き、多くの人が日常的に接するメディアです。この圧倒的なリーチと日常への浸透度が、ARGにとって大きな強みとなります。地上波でARGの存在を広く告知できるだけでなく、地上波そのものをARGの一部として組み込むこともできる。ニッチになりがちなARGを、大規模な認知へと拡大できる可能性を持っているんです」
そしてもう一つの強みが、映像のクオリティだ。「ニッチな体験型エンタメの領域で、リッチな映像を活用している作品はそこまで多くないのではないでしょうか」と岩﨑さんは強調する。
『503号室の郵便物』」では、このクオリティへのこだわりが随所に見られる。象徴的なのが、ニュース映像の撮影だ。岩﨑さんの同期である伊藤遼アナウンサーに出演を依頼し、普段彼がニュースを読んでいる報道スタジオで撮影を敢行した。本物のアナウンサーが、本物のスタジオでニュースを読む。この徹底したこだわりが、作品の没入感を高めている。
「このジャンルは『まさかそこまでやってこないだろう』と思わせる仕掛けこそが、効果的なんです」と岩﨑さんは説明する。
制作は2025年2月頃から本格始動した。岩﨑さん・吉田さんら日テレチームと第四境界のクリエイター・drikara氏をはじめとする第四境界チームが共同で制作を主導し、第四境界の総監督・藤澤仁氏の監修を受けながら、ゲームを一から構築していった。ゲーム業界出身でデザインに強いdrikara氏は、今回ディレクターを務め、デザインのほぼすべてを手がけた。
当初の想定では4か月程度で完成する予定だった。しかし実際には、倍の8か月を要することになる。
「会議室に何回も来てもらって、議論を重ねました。「これは整合性が取れているだろうか」「ゲームの都合を優先した演出になっていないか」。そういった点を、とにかく細かいところまですり合わせ続けました。」と岩﨑氏は振り返る。
例えば、ゲームを進める上で必要な情報を、いかに自然に伝えるか。物語の中で登場人物の誕生日が重要なヒントになる場合、それをどう提示するのが自然なのか。バースデーカードで伝えるのは、今の時代では不自然に感じられる。ではどうするのが最善か。こうした細部まで、徹底的に議論を重ねた。
映像撮影でも同様だ。物語の登場人物が撮影したように見せる映像であっても、スマートフォンのインカメラでの撮影は極力避けた。インカメラ特有の画角や画質は、演出されたものだと気づかれやすく、物語への没入を妨げてしまうからだ。こうした妥協のない姿勢で、「503号室の郵便物」は制作された。
現代だからこそ輝くARG
では、岩﨑氏はARGの魅力をどう捉えているのか。岩﨑氏が注目するのは、今の時代におけるARGの価値だ。
現代では、ショートドラマや縦型動画など、短時間でわかりやすく消費できるコンテンツが次々と流れてくる。アルゴリズムによって最適化され、効率的に消費できるよう設計されている。しかしこうしたコンテンツは、記憶には残りにくい。
一方でARGは、プレイヤーが時間をかけて取り組む必要がある体験だ。岩﨑氏はこう語る。
「通常のゲームのように、やるべきことが明示されているわけではありません。何が起きているのか、何をすればいいのか。プレイヤーは手探りで進めていくしかない。しかし、この一定の不親切さもARGの魅力なんです」
明示されていないからこそ、プレイヤーは自分で考え、試行錯誤する。受動的に情報を受け取るのではなく、能動的に物語に関与する。そして自分なりに解釈し、理解していく。この能動的な関与が、記憶に深く刻まれる理由だ。
「利便性や正解が追求されすぎた時代において、じっくり取り組める、深く向き合える、自分なりの解釈で、物語を理解することができる。それがARGの良さなんじゃないでしょうか」
ARG市場の拡大を目指して
興味深いのは、岩﨑氏がARGを単なる謎解きゲームとは捉えていない点だ。
「ARGは、謎解きゲームではなく、物語を深く届けるための手法の一つだと考えています」
岩﨑氏が最も重視するのは、物語が本物のように迫ってくること、そして視聴者が能動的に参加できることだ。謎解き要素は、その手段の一つに過ぎないという。
「プレイヤーが何かを解決したり、関与したりする際に、謎解き的な体験は作りやすい。ただ、『謎を解かなければいけない』と思った瞬間、多くの人をフィルタリングしてしまう気がするんです」
リリース後の反響は上々だ。クリア後のアンケートでは700名以上が回答し、5点満点で4.6~4.7点の高評価を獲得した。「今後も買いたいか」という項目も4.6点と、高い満足度が示されている。
今回のプロジェクトで、岩﨑氏は確かな手応えを掴んだ。だが同時に、次のステージへの課題も見えている。
「高いクオリティを実現できたこと、そしてプレイヤーの皆さんに喜んでいただけたことは確認できました。ただ、本当はもう一桁上の人数に届けなければいけないと思っているんです」
現状のARG市場は、まだニッチな領域にとどまっている。岩﨑氏が目指すのは、この規模を数十万人が楽しむ市場へと拡大していくことだ。
なぜ規模の拡大にこだわるのか。岩﨑氏はこう語る。
「ビジネスとして成立させて夢があるものにして、ARGという分野を発展させたい、という言葉が出てきたのですが……本当は、僕が感じた感動を多くの人に共有したいだけなのかもしれません。そのためにも、ちゃんとビジネスとして成長・継続させ、物語を届けていきたいと思っています」
今後、日本テレビではドラマや映画、展示会、舞台、アニメといった既存のコンテンツに、ARGを組み合わせていく方針だ。それぞれのコンテンツのファンに対して、物語をより深く体験できる手法として、ARGを提案していく。
2025年度、岩﨑氏は次の企画を準備している。
「地上波を活用したARGを準備しています。今回は映画とのコラボレーションでしたが、次はより日本テレビらしい、テレビ局らしい形でのARGをお届けしたいと思っています」
地上波という巨大なプラットフォームを持つ日本テレビが、ARGという新しい体験をどこまで広げられるのか。岩﨑氏の挑戦は、始まったばかりだ。
取材・文/宮﨑 駿
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