来年秋に開催予定の岡山県の瀬戸内産業芸術祭が注目を集めている。
これまでアートで地域振興を行っていた事例は多いが、地元経済を支えてきた「産業」と「芸術」を融合させた「産業芸術」という新しいテーマの芸術祭は全国でも珍しい。ものづくりとアートを融合させて、単なる工場見学を進化させた産業芸術が、これからの地域活性化のカギになりそう。
アートを見た後に見学する工場見学は感動が増す
日本の産業を支えてきた工場も、違った視点で見せることで、アートとなり、訪れた人の感性を揺さぶる体験となる。ものづくりの現場をアートとして見せる「産業芸術」という観点から始まったのが、瀬戸内産業芸術祭だ。
2026年に実施予定で、今年、トライアルツアーが実施されたが、全国から参加者が集まり、大好評だった。今回、トライアルツアーに参加した株式会社パワーエックス取締役代表執行役社長CEO伊藤正裕さんは、産業芸術の可能性を実感したと言う。
「パワーエックスは系統用大型蓄電池を中心とした製品とサービスを提供する次世代のエネルギーカンパニーです。岡山県玉野市で創業し、地元経済を担う一員として活動してきました。
今回のトライアルでは目に見えない電気を可視化する作品を展示したところ、大変好評でした。
工場見学はつまらないと言われることもありましたが、アートと組み合わせるともっと面白く感じていただくことができました。インスタレーションを体験した後に、現場を見てもらうと、すごくかっこいいと、見方が変わってきて、モノづくりの現場の素晴らしさが心まで浸透してくるようになりました。
今回のトライアルではナイカイ塩業さんと宮原製作所さんとうちの3社で、それぞれ分散型の美術館として見てもらいましたが、ものづくりの素晴らしさと感動をより感じていただけたと思います」(伊藤さん)。
パワーエックスの産業芸術のテーマは「調整力」
パワーエックスの展示タイトルは「調整力」で、コンセプトは「蓄電池による電力の安定供給」。
日々当たり前に使っている電力は数多くの発電所で発電され、日本中に張り巡らされた送電線で供給されている。そのさまざまな発電所の中には、自然由来の太陽光や風力もあり、その時の天候によって、発電量や発電の時間も変わる。
蓄電池は社会が必要な電力を供給が過剰になる瞬間と、供給が足りない瞬間を、上手に調整するための装置だ。
作品は電力の安定供給と発電所をライトで表現。点灯するタイミングの異なるライトを日本中にある発電所に見立て、地面に投射。1つのライト(=発電所)が消えても他のライト(=発電所)によって地面が照らされる、つまり「電力の安定供給」を可視化したアート作品だ。
蓄電池を持てば、日本全国の多様なエネルギーが安定的に活用され、より持続可能な形で循環していくことを、アートを通じて伝えている。
作品を制作したのはアーティスト集団のSAI(サイ)で、今回の芸術祭のために発足した。電力の需要と供給は、絶妙なバランスで成り立っている。電力が余っても足りなくても停電を起こしてしまう。
これを解消するために蓄電池は非常に大きな役割を担っている。この点をインスタレーションで体験できるのが今回の展示のポイントだ。
パワーエックスは再生可能エネルギーを含むさまざまな電源から得た電気を貯める蓄電池の開発・生産技術を持っている。光のアートでは発電所に見立てた電気の光は、ついたり消えたり明滅している。
しかし、蓄電池により全体的には安定した光が地面に降り注いでいる。
光のアートによって、まるで絵画の内部に入るように影ができ、光の調整力を体に浴びることで、参加者は電力について関心を高めることができる。
「みなさん、アートを見てから工場を見学されると、とても心に響くと言ってくださいました」(伊藤さん)。
パワーエックスの本社工場は、代表的な作品に「金沢21世紀美術館」やフランスのルーヴル美術館の別館「ルーヴル・ランス」をもつ建築家の妹島和代さんが手掛けた。鑑賞者は現代建築とインスタレーションの二つを同時に体験できる。
ナイカイ塩業の「時」を感じる壮大な芸術
瀬戸内の重要産業である塩業は、土地の風土を生かしながら続いてきた産業である。1829年創業のナイカイ塩業では、古くから伝わる塩田の技術をベースにした製法を守りながら、殺菌等の化学処理を行わず自然な状態で安全安心な塩を製造している。
瀬戸内の温暖な気候と豊かな海水を活利用し、丁寧な製塩工程を経てつくられる塩は、高品質な製品として知られている。
瀬戸内産業芸術祭のトライアルツアーで展示されたアート作品/瀬戸内芸術祭で展示するアート作品のタイトルは「時の輪郭」。担当したアーティストは広島県尾道市出身の山本基さん。
海からわずか200mの場所で育ったという年少時代の思い出には瀬戸内海があり、今回のナイカイ塩業の周辺の風景にも懐かしさを感じたと語っている。
「今回の作品では鏡を用いることで、描いた海が反転し外へと広がっていくようなイメージを持たせました。円の外側に広がる海は、もはや瀬戸内ではなく瀬戸外とでも呼べるものでしょうか。
閉ざされた海でありながら、その先へと繋がっている海。時間に置き換えて考えると、作品の奥には過去の記憶が宿り、そこから鑑賞者が立つ現代へと広がっていくような感覚があります。
描かれたもの自体には未来の要素はありませんが、時間の流れのなかで現在からさらに未来へと繋がっていく感覚を抱かせる作品になったと感じています」とコメントしている。
床に描かれた巨大な模様は、アーティスト一人で描き上げた大作。展示最終日には作品に使用した塩を鑑賞者とともに海に帰すプロジェクトも予定しているという。
トライアルでは最後に参加者に出汁のスープを出して、塩を入れたものと入れないものの味の違いを楽しんでもらった。体の深い部分で感じる塩の味。視覚と味覚の両方を満たしてくれる体験となっていた。
高度な技術をアートで体感できる宮原製作所の作品
瀬戸内は古くからの造船が盛んで、造船会社やそのサプライチェーンが集まっている。宮原製作所では大型船舶用エンジンのピストンなどを製造しており、船のピストンは人の身長よりも大きく、大型船では長さ5m、重いもので4t以上もある。
これを寸法公差1/1000未満の超高精度で製作できる、世界でも類を見ない高い技術力をもっている。今回の、宮原製作所の工場内設置作品のタイトルは「呼吸する椅子」だ。
インスタレーションを作成したアーティストは渡辺翔(SYMBOLPLUS)さん。作品は3つの考え方を下地に構成されており、1)宮原製作所における魂を再構築、2)再構築した魂を鑑賞者にとって身近なものに変換する、3)作品を含む空間全体をアートとして捉えるという考え方からつくられた。
ピストン駆動で生まれる上下運動からは「呼吸」が連動される。船舶の心臓部に酸素を送り込む生命体の脈動を感じさせ、無機質でありながらも命ある生き物を思わせる力を持っている。
椅子は製造所内に2点、屋外に1点設置した。屋外テラスに設置した椅子に座ると、より高い視点から瀬戸内海を見下ろすような風景を眺めることができると同時に、生命の呼吸も感じられる。
工場も鑑賞者も地域も幸せになる産業芸術
瀬戸内産業芸術祭のトライアルは3社で行われたが、来年の芸術祭はさらに企業数を増やして開催される予定だ。
産業芸術は工場見学以上の感動をもたらしてくれるだけでなく、従来の芸術祭にはない雇用の創出や、知られていない製造過程を周知することができ、高い技術力を鑑賞者に訴えることが可能になる。
芸術や文化体験と結びつけることで、単なる工場見学が、一歩進んだ感動を生み出す点も産業芸術のメリットだ。
パワーエックスの伊藤さんは「一般的な工場見学では、見た後は『そうだったのか、面白かった』で、終わってしまいがちですが、アートを体験した後で見学してもらうと、工場内でも作品以外のいろいろなアートを発見できるなど、鑑賞する目が変わって、より深く心に刻んでもらえました」と語ってくれた。
見学される企業側も、自分の仕事をアートの切り口で表現されることで、自社への誇りが生まれる。見学者に評価されることで、現場で働く職人のモチベーションアップとなり、真のエンゲージメントが実現できる。
さらに企業の立地はその土地の風土や文化に深く関係している。企業を深堀していけば、地域への関心にもつながってくる。良いことづくし、なのである。
一方で、見学を受け入れる側の企業負担は大きい。アーティストが作品を生み出すための環境整備や情報交換が必要となる。特に作品を常時展示できるだけのスペースを確保できるかどうかという点は、大きな課題のひとつだろう。
機密保持の観点から、不特定多数の見学者を工場内部に入れることができない製造現場も多い。産業芸術を実現させるためには、企業側にもある程度の覚悟が必要となってくる。
とはいえ、一般の芸術祭に比べるとコストは圧倒的に低い。日本には知られざるものづくり企業がたくさんある。
瀬戸内産業芸術祭が成功すれば、全国に広まるはずだ。地域活性化策のひとつとして、産業芸術が社会に与える影響は大きいかもしれない。
文/柿川鮎子







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