カプセルトイ「赤の他人の証明写真」が話題になっている。
しかも、その証明写真は特に表情をつくっているわけでもなく、写真店の入り口やインスタント証明写真機の見本として貼られているような、いわゆる〝ふつうの証明写真〟だ。
ただ真正面を向いた、〝どこにでもいそうな誰か〟の証明写真。名前も年齢もわからないのに、「なんかエモい」「ずっと見ていたくなる」とSNSには共感の声があふれ、スマホケースに挟んで持ち歩く人まで現れている。
なぜ、人は赤の他人の証明写真にここまで心を動かされるのか。
バズる謎を追うべく、「赤の他人の証明写真」をほぼ1人で企画・販売している「奇人クラブ」の寺井広樹さんに話を聞いた。
なぜ〝知らない他人〟の証明写真に惹かれてしまうのか

「証明写真って、人生の節目に撮影するもので、笑ったり、怒ったり、悲しんだりと表情を出すものではないですよね」と寺井氏は言う。
ある意味、その時の自分を表現することを前提に撮るプリクラやスナップ写真と違い、証明写真は〝提出先の担当者〟以外の目に触れることはほとんどない。だからこそ、真正面に浮かぶわずかな緊張や硬さが、その人の無防備さを逆に際立たせる。
「他人に見せるつもりではない写真を、あえて商品にする。その違和感がおもしろいと思ったんです」
〝本来誰にも見られない顔〟が、カプセルに入り、知らない誰かの手に渡る。この構造そのものが、私たちの感覚を揺さぶる装置になっている。
「赤の他人の証明写真」はこうして生まれた
寺井氏は、文筆家や映画監督としても活動する傍ら、「涙活イベント」や「離婚式」など、人の感情や関係性にフォーカスしたユニークなイベントの企画を次々と生み出してきた人物だ。
「赤の他人の証明写真」が生まれたきっかけも、寺井氏のアイデアだ。

「以前、料理やグルメマンガの第一人者と言われるビッグ錠先生のお宅に伺う機会がありました。その時、棚の上に証明写真を見つけたんです。その写真を一枚、先生にお願いしていただいてきたのですが、証明写真って保管がむずかしい。ハガキ入れにいれたり、写真立てにいれたりしたけれど、何だか収まりが悪い。それで、たまたま手元にあったカプセルトイのカプセルにいれてみたんです」
その光景が、寺井氏の心を強く揺さぶったという。
すぐにビジネスにするべく、知り合い10人ほどに声をかけて、男性5人、女性5人、サラリーマンから主婦、学生といった10人分の証明写真を集めた。
カプセルトイマシンを友人から借りて、神楽坂でペットショップを運営している別の友人に頼んで建物の入り口にマシンを置かせてもらって「赤の他人の証明写真」を始めることができたという。
思いつきから10日で商品化、そして販売数37万個のヒットへ
なんと「赤の他人の証明写真」を思いついてから、カプセルトイとして売り出すまで、わずか10日程度だったという。企業の商品企画を担当したこともある筆者としては考えられないスピード感で、思わず驚いてしまった。
「販売を始めた初日に、Xで『このカプセルトイがエモい』という投稿を複数見つけたんです。それで『これはいける』と思いました」
ただし、そこからすぐヒットしたわけではない。2年半は大きな動きもなく、静かな状態が続いた。
「証明写真のラインナップに犬や猫などの動物を加えたあたりから、少しずつ人間の写真も売れるようになってきました。その頃、たまたまヴィレッジヴァンガードにふらっと立ち寄って、『ダメ元で置いてもらえせんか』と交渉したんです。そしたら『マシンを自分で手配するなら置いていいよ』と店長さんが言ってくれて」
これをきっかけに販売網が一気に広がり、現在ではヴィレッジヴァンガード102店舗、200台以上を設置。シリーズ累計37万個を売り上げるヒット商品となった。
不思議な証明写真を買い求める人たちとは?

では、「赤の他人の証明写真」を買っているのは、どんな人たちなのか。
「主に10~20代の女性とか40代の女性が多いようですね。スマホケースの裏に挟んで、『誰やねん、この人』って会話を楽しんでいるようです」と寺井氏。
実際、Xには「スマホの裏に知らないおじさんを入れている」「友達に『この人誰?』と聞かれるのが楽しい」といった投稿が並ぶ。
推しのアイドルやキャラクターではなく、〝正体不明の誰か〟をあえて入れることが、シュールなコミュニケーションのネタになっているようだ。
さらに意外なのは、人気があるのはイケメンではなく〝おじさん〟だという点。
「証明写真の世界では、イケメンはあまり人気がなくて。きれいすぎると、『韓国アイドルかな? 』『推しかな?』 と意味を持って受け取られてしまう。むしろ、どこか疲れていたり、人生が刻まれている感じのおじさんのほうが〝エモい〟と言われるんです」
スマホの裏からこちらを見つめる〝知らないおじさん〟に、「この人どんな人生送ってきたんだろう」「なんか物語ありそう」と勝手に想像してしまう。その想像の余地こそが、購入者にとっての楽しみになっている。
寺井氏自身、「正直、なぜこんなに売れているのかはいまだに完全にはわかっていない」と笑う。
だが、そこには〝推し活〟とは対極にある、「誰でもない誰か」を面白がる感覚が確かに存在しているようだ。
〝推し活〟とは逆方向の、新しい感情消費
「赤の他人の証明写真」は、見た目こそただの証明写真だが、そこには〝余白〟がある。その余白とは、情報の少なさであり、そこに勝手に物語を付け足してしまう、私たちの習性でもある。
とりわけ人気があるのが、〝おじさん〟の証明写真だというのも面白い。
主な購買層である若い女性にとって、おじさんは遠い存在。名前も年齢も職業もわからず、生活圏も重ならない。つまりもっとも情報を持っていない存在だ。だからこそ 〝想像の余白〟 が最大化され、「この人、どんな人生だったんだろう?」と自然に引き込まれる。
推し活のように、情報を集めて距離を縮めていく感情消費とは対照的に、「あえて知らないままで楽しむ」という新しい遊び方が、ここには成立しているのだ。
「なぜか心を動かされる」、「ずっと見ていたくなる」。その感覚こそが〝エモい〟ということばの本質であり、このカプセルトイがビジネスとしても成立している秘密なのかもしれない。
現在、証明写真を提供している一般協力者は500人超。

「赤の他人の証明写真」のほか、「赤の他人の卒業写真」や「赤の他人の履歴書」、「重要指名手配風」「赤ちゃんの証明写真」「じじプリ」など、ラインナップは次々と広がりを見せている。
「意味がないようでいて、だれかの感情を動かすもの」。そうしたモノづくりが、これからのヒットのヒントになるのかもしれない。
取材・文/内山郁恵
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