『攻殻機動隊』を初めて映像化したのが、日本のアニメを世界に認識させた歴史的巨匠・押井守監督だ。同作品の映像に込めたディテールへのこだわりについて聞く。

押井 守監督
おしい まもる/1951年生まれ、東京都出身。1977年にアニメ業界でのキャリアをスタート。TVアニメ『うる星やつら』のチーフディレクターとしてブレイクした後、アニメ・実写で数々の作品を監督する。主な作品に『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』『天使のたまご』『機動警察パトレイバー2 the Movie』『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』など。
サイボーグから銃器に至るまでリアリティーを追求して描いた
『攻殻機動隊』の原作との出合いを押井監督は次のように振り返る。
「士郎(正宗)さんの作品は『アップルシード』の頃から注目していました。というのも、彼は基本的にサイボーグに関心がある人だから。僕もそう。古くは『8マン』の頃から、サイボーグという存在に興味があった。サイボーグを表現するということは、人間を表現することにつながるので。そうした興味で接していた士郎さんの作品の中でも『攻殻機動隊』は特に映画的なところがあって、映像化するならこれだろうなと。そして、もし企画されるとしたら、監督として自分に声がかかる可能性はありうるだろうと。だから初めて本を開いた時から映画にするならどこがポイントになるのか、何が使えるのか、を考えながら読んでました」
つまり実際にオファーが来た段階で、すでに監督としてのシミュレーションは済んでいたわけだ。
「与えられた予算から考えて映画の長さは80分程度。そこから逆算すると、原作に描かれた『サイボーグ』と『AI』という2つのテーマを両方扱うことはできない。そこでテーマを前者だけに絞り、それを取り巻くシステムを考えることにしました。サイボーグの義体は定期的なメンテナンスが必要。その問題をクリアするために『義体は政府の官給品である』とする。国家レベルで管理しなければ維持できない個体だと設定すれば『組織との戦い』というテーマも生じる……というふうに考えました。義体にケーブルが大量に接続されるのは、設定を視覚的にわかるようにしたかったからです」
テーマとも緊密に結びつく、ディテールへのこだわり。それは作品全体で貫かれている。
「サイボーグは水に弱い。機械だし、重たい体は沈んだら浮かばないはず。でも、草薙素子が趣味でダイビングに行くシーンをわざわざ作りました。これはサイボーグの重さを視覚的に表現するためです。高いところから着地すると鉄板が凹むのもそう。ほかにもいろいろとサイボーグらしさを視覚的に表現する演出を考えました。一番簡単で効率がいいと思ったのは、まばたきをさせないこと。作画の枚数が減るし、作業効率が上がると思ったから。けれど、意外にそれが難しかった部分もありましたね。表情でキャラクターが表現できないという別の制約を、アニメーターに課してしまったので」


キャラクターのデザインも重要なディテールのひとつだ。
「原作とは、素子の骨格が違います。士郎さんの描く女性キャラクターは首が細く、頭も胸も大きい。そのデザインでもアニメーションとして成立させることはできるけど、映画にはリアリティーとアクチュアリティーが必要だから、そのまま描くことはできないと。銃器を扱うキャラクターなので、素子の首は太く、胸は小さく、肩幅は広く、そして腰回りは太くしてもらったんです。胸が大きいとハンドガンをツーハンドでホールド(両手撃ち)できないし、長物(ショットガンなどの大型銃器のこと)も扱えず、おまけに走りづらくもなる。ボディービルダーの体を参考にしつつ、極端ではない筋肉が骨格についたキャラクターデザインを起こしてもらいました。士郎さんの原作に似せた絵が描きたくて参加したアニメーターは『話が違う!』と不満そうだったね(笑)。でも、撮ろうとする映画に必要なデザインにすべきだと判断しました。士郎さん本人には今話したことを説明して『全部お任せします』と言ってもらえましたし。出来上がった設定を確認されることもなく、任せていただけたことは、ありがたかったです」
ガジェットのディテールも当然、作品の完成度につながる。
「銃器の設定も、磯光雄くんという凄腕のアニメーター(のちに『電脳コイル』などの作品を監督)が4か月くらいかけてこだわって描いてくれました。当時まだアナログとデジタルの過渡期で、CGを使っているカットが実は映画全体でもわずか。熱光学迷彩の表現も、大半はアナログの手法でそれらしく見せています。時間と予算の制約のある中でディテールを追求することには、かなり成功したと思っています。リアリティーを持たせるために目標を立てて頑張れたからこそ、作品が生き延びてこられたんだろうね。映画って当たることが大事なんだけど、僕の価値観としては10年後、20年後に残っていることのほうがもっと重要。興行面とともに目的を満たすことができた、自分にとって稀有な作品のひとつですね」

ビルからの落下中、熱光学迷彩で徐々に姿が見えなくなっていく印象的なシーン。当初、熱光学迷彩をパーカーに施してかぶらせる案もあったという。しかし「素子に似合わない」との理由からベールで隠すようにしたそうだ。
1995年『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』
配信先:Netflix|Amazon Prime Video|U-NEXTほか

舞台は、企業のネットが星を被い、電子や光が駆け巡っても国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない西暦2029年。公安9課(通称「攻殻機動隊」)所属の草薙素子は、指名手配された謎のハッカー〝人形使い〟の捜査に乗り出す。それが自分に何をもたらすことになるかも知らずに。85分。
2004年『イノセンス』
配信先:Amazon Prime Video|U-NEXTほか

『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の続編。素子が電脳の世界へと去った後、バトーは公安9課の刑事としての活動を続けていた。そんなある日、少女型ロボットが暴走する事件が発生。「人間のために作られたロボットがなぜ?」。バトーとトグサは捜査に向かう。99分。
取材・文/前田 久 撮影/タナカヨシトモ
© 1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT
© 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD
DIME最新号は攻殻機動隊を大特集!バトー役とトグサ役の2人に聞く、公安9課の絆と素子に宿るゴーストの正体
2025年10月16日に発売されたDIMEの『攻殻機動隊』特集では、1問1答形式による原作者のコメントをはじめ、歴代映像作品の主な監督の証言、クリエイターなどが…







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