かつて「ウェルビーイング」という言葉は、どこかスピリチュアルな響きを伴って語られてきた。瞑想やヨガ、マインドフルネスなどが“癒し”や“心の浄化”の文脈で取り上げられることが多かったためである。
しかし近年、そのイメージが静かに変化している。テクノロジーやデータを駆使して心身の最適化を試みる“バイオハッカー”たちが登場し、ウェルビーイングは「科学」として再定義されつつある。
そのバイオ・ハッカーたちが生み出したアイテムが一堂に介したイベント「ホロライフサミット東京2025」が、去る2025年10月10日から2日間開催された。
ホロライフセンターJapan創設者である松田干城氏に、バイオハック、ホロライフの定義をはじめ、科学的な知見とともに、心の豊かさも同時に追求していく、答えのない時代の新しいウェルビーイングについて伺った。
個人の実験から始まった“DIYバイオ”
「私ちは過去10年、バイオハッカーサミット」というイベントを開催していました。バイオハッキングの歴史を簡単に説明しますと、つまり“DIYバイオ”なんです。生物学(バイオロジー)をDIYでやるということです。
どこかの研究所や大学のラボに所属していなくても、自分の部屋でハツカネズミを飼ったり、フラスコをいじったり、ペトリ皿で何かを培養したりする。そういった人たちがいて、インターネットの発展とともに、個人の研究者たちがオープンソースの考え方でつながるようになっていった。
「君はこれやっている?」「僕はこれを試しているよ」「すごいね、コラボしよう」みたいな感じで知識が共有されていったんです。これが、“バイオハッキング”、 “バイオハッカー”の語源です。」
日本で「ハッカー・ハッキング」と聞くとちょっとネガティヴなイメージがあるが、ここでのハックは効率化のための工夫である。このバイオ・ハックの流れが、ある時期を境に健康やウェルビーイングの領域へと広がっていく。
「例えば、ちょっと怪しいのんではないか?と言われるものを自分自身で実験し、効果があったものから、どうしたら自分に一番カスタマイズされたアプローチになるのかをハックする人たちが出てきたわけです。データに基づき見える化し、自分の遺伝子にあった最適なアプローチをしていく。それがバイオハッカーのライフスタイルです。」
バイオハックの象徴、オーラリング
例えば、現在ではユニコーン企業となったオーラリング(Oura Ring)も、もともとはバイオハッカーたちのコミュニティから注目を集めた商品である。
「バイオハッカーサミットがまだ小規模だった頃、指輪型のデバイスが初めて協賛出展し、『生体データを見える化するスマートリング』として話題になりました。
当時はまだサイズも大きく、いわば“メリケンサックのような”試作品でしたが、世界中から集まったバイオハッカーたちが『これは面白い!』とそれを持ち帰り、SNSやカンファレンスを通じて広まっていっきました。
オーラリングが世界的なムーブメントになった背景には、そうした国際的なバイオハッカーのネットワークがありました」
健康こそ、究極の資産──ウェルビーイングが新たな投資対象に
一方で、アンチエイジングの限界突破を目指す動きは、次第に“投資型のウェルビーイング”とも言える領域に拡大し、富裕層が莫大な資金を注ぎ込む世界になりつつあるも事実だ。
「使い切れないほどお金稼ぎきった人たちが、お金よりも自分自身の健康自体が最終的な資産なんだというところに気づいて、今、そこにお金が集まってきていますね。
そして永遠の命を手に入れようとする人々が、象徴的な存在として位置付けられ、彼らの周囲では巨大なコミュニティと資本が動いています。実際、最先端の分野では、富裕層が資金を投じて、永遠の命を追求するという動きが現実として存在しています。」
ホロライフとは?── “全体性”としてのウェルビーイング
このようなバイオハッキングの流れと、今回の「ホロライフサミット東京2025」の意義は少し異なるとと松田さんは言う。
「答えのない時代だからこそ、心の豊かさも同時に追求することが重要だと考えています。みんなで力を合わせてコミュニティに還元し、集団的知性(コレクティブ・インテリジェンス)を活かしてウェルビーイングを共有していくべきです。発祥地のフィンランドをはじめ、ヨーロッパや日本のバイオハッキングもこの方向性を目指しており、いかに多くの人々に広めていくかが大きな課題となっています。」
ホロライフはバイオハックを進化させ、ホロス、つまり全体論(ホリスティック)の考え方に基づいてネーミングされている。
「私たちは自己実現から、社会やコミュニティに還元していくことをホロライフの理念としています。つまりホロライフとは、フィジカルだけでなく、内面や心の豊かさも含めた全体的なウェルビーイングを追求する生き方を指しているのです。」
これからのホロライフサミット東京が担う役割
最後に今後のホロライフサミット東京についての展望を語ってもらった。
「これからの世界がAIとの付き合い方によってどういう方向に進んでいくのか、それはもう誰にも予測できません。
たとえば、「これ体にいいよ・よくないよ」みたいな事をひとつ取っても、AIの提示の仕方次第では間違った方向に人を導いてしまう可能性もある。そう考えると、やっぱり大切なのは「誰がどう発信するか」ということなんですよね。
ここに集まっている各国のウェルネスリーダーたちが、ちゃんとした言葉を選んで、正確なリソースをもとに自分のコミュニティへ届けていく。その積み重ねがすごく重要だと思っています。
自分自身も当事者のひとりとして、どうAIと関わっていくのか、どう正しい情報を伝えていくのか、それを考えていかなきゃいけない時代なんだと思っています。
だからこそ、ホロライフサミット東京は、まさにその“始まりの場”になればいいなと思っています。」
取材・文/高田あさこ、撮影/杉原賢紀(小学館)
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