2026年3月31日、NTTドコモの第3世代(3G)移動通信システム「FOMA」と、2000年代に活躍したケータイのインターネットサービス「iモード」が、その歴史に幕を下ろす。
@DIME読者の皆さんの中にも、ガラケーの十字キーを駆使して、サイトを巡り、テンキーで必死にメールを打ち、自作の着メロやiアプリに夢中になった青春時代を過ごした方がいるだろう。
実は、世界に先駆けて手のひら上でのモバイルインターネットを実現したこのサービスは、何を成し遂げ、なぜスマートフォン時代にその役目を終えるのか。

本記事では、その栄光や現代に続く教訓を振り返ってみよう。
(※画像出典の注記無いものは全てNTTドコモより引用)
3Gは電波資源の再分配の対象に
サービスが終了する背景には、古い通信規格である3G(FOMA)が使っている電波帯域を、より通信効率の高い4G(LTE)や5Gに割り当て直すこと(リファーミング)がある。au(CDMA 1X WIN)は2022年に、ソフトバンク(SoftBank 3G)は2024年に既に3Gサービスを終了しており、ドコモの終了はこの流れの最終段階と言える。対象のFOMA専用ガラケー(フィーチャーフォン)等は利用できなくなるが、ドコモは4Gや5G対応機種への無料交換プログラムを提供し、移行を促している。
世界をリードしたFOMAの黄金時代を振り返る
特に、1999年のiモードサービス開始や2001年のFOMAサービス開始からiPhoneが登場するまでの約10年間は、日本の携帯電話が世界をリードした「黄金時代」であったといえる。その歴史年表を振り返ってみよう。
FOMAが登場する以前の通信規格(第1世代、第2世代)はmova(ムーバ)と呼ばれていた。
また、当時の携帯電話は、各メーカーが技術や哲学を競い合うモノづくりの結晶でもあった。ソニー・エリクソンの「premini(SO213i)」が実現した圧倒的な小型化に、三菱電機のスライド式「D902iS」、シャープのサイクロイド機構搭載のAQUOSケータイ「SH903iTV」、NECの驚異的な薄さを実現した「N905iμ」など、個性豊かな端末が次々と登場してユーザーを魅了した。
※上掲図は、最も普及していた折りたたみ型のガラケーの例
■D902iS
■N905iμ
■世界初のモバイル経済圏 と「公式サイト」が生んだブーム
iモードが成功した核心には、ドコモの審査を受けた企業だけがコンテンツを提供できる「公式サイト」という仕組みにあったといえる。
iモードメニューリストへの掲載は企業の信頼性の証であり、また、ユーザーは月額300円の課金で安心してサービスを利用できた。「乗換案内NEXT」といった便利ツールから、「ドラゴンクエスト」などの有名ゲームタイトルまで、この仕組みはAppleのApp Storeに先駆けてアプリ配信と課金のビジネスモデルを確立した。
また、1曲丸ごとダウンロードできる「着うたフル」の登場は、CDに代わる新しい音楽の流通形態を生み出した。
■コミュニケーション文化の変遷「パケ死」の恐怖から「デコメ」で楽しむエンタメへ
iモード初期は、ユーザーが常にパケット通信料(データ通信料金)の高額請求、いわゆる「パケ死」の恐怖と戦い、写真一枚をメールで送るにも躊躇していた。2004年の「パケ・ホーダイ」登場がこの恐怖からユーザーを解放し、モバイルインターネット利用を爆発的に普及させた。サービスデビューしたときの価格は3,900円だった。
画像や派手な装飾でメールを飾る「デコメ」が大流行し、Flashを使った「待ち受け画面」や着信イルミネーションのカスタマイズに凝り、「前略プロフ」に代表されるような個人サイトで自己紹介ページ「プロフ」を作る若者文化も広がった。
■“無法地帯”のインターネットとして、モバイル黎明期が抱えた闇も

iモードの「公式サイト」の外には、誰でもサイトが開設できる自由なサイトの世界が広がっていた。この自由な空間は、今でもよくある「デジタル社会の負の側面」を初めて顕在化させた場所でもあった。社会問題となった出会い系サイトの温床となり、特定の個人を誹謗中傷する「学校裏サイト」問題も深刻化した。これらの問題は、後のフィルタリングサービス導入や法整備に繋がるが、モバイルインターネットがもたらした利便性の裏で、我々社会が初めて直面したデジタル時代のネットリテラシーの課題でもあった。
また携帯電話番号@docomo.ne.jpのメールアドレスが初期設定だったので、大量の詐欺まがいメールが送られてくる迷惑メールも社会前阿知で話題になった。
■世界を席巻した日本の発明「おサイフケータイ」と「emoji」
FeliCaを搭載した「おサイフケータイ」は、電子マネー(Edyなど)や交通系IC(モバイルSuica)を携帯電話に統合した。Apple Payなどが登場する以前に、日本のキャッシュレス文化の礎を築いたのだ。
そして、ドコモの栗田穣崇氏が開発した「絵文字」は、文字だけでは伝わらない感情を表現する画期的な手段として普及した。その後Unicodeに採用され、今や世界中のスマートフォンで使われる「emoji」として、デジタルコミュニケーションに不可欠な言語記号となっている。
なぜ日本のケータイはiPhoneに敗れてしまったのか
iモードは、通信キャリア、端末メーカー、コンテンツプロバイダー(CP)が一体となり、日本のユーザーに最適化した収益性の高い経済圏を国内に作り上げた。しかしその裏で、CPはユーザー課金の数%を手数料としてドコモに支払い、さらに厳しい審査をクリアする必要があった。このキャリアがコンテンツ流通権を握る支配構造は、後に自由なApp Storeへと開発者が流出する一因となったといえる。
また、iモードのサイトコンテンツは、cHTMLといった独自の技術仕様に依存し、世界標準ではなかった。キャリアの厳しい要求に応え、ハードウェアの作り込みに注力するあまり、ソフトウェアプラットフォームの視点を失っていたことが、その後の苦戦に繋がったであるともいえる。一方のiPhoneは指で直感的に画面を滑らせる「マルチタッチ」を実現し、PCと全く同じWebサイトを閲覧できる「フルブラウザ」、世界中の開発者が作った無数のアプリが並ぶ「App Store」など、そのUXの差が、ユーザーの心を掴んでいった。
確かに時代は変わったが、iモードが作ったDNAは然りと受け継がれている
FOMAとiモードのサービス終了は、単に古い通信規格が終わるという以上に、日本が世界最先端を走っていたモバイルインターネット時代の輝かしい成功と、その後の苦い教訓を象徴する一つの時代が終わったことを意味する。
しかし、我々が今、スマートフォンで行っていることの多くは、iモードが切りひいた道の上にある。手のひらで情報を得て、アプリを使い、キャッシュレスで決済する……。そのDNAは、形を変えて現代に受け継がれている。
■FOMAもiモードもお疲れさまでした
“「iモード」は1999年2月にサービスを開始し、携帯電話から9600bps(1999年当時)の通信速度でインターネットを楽しむことや、電子メールの送受信ができる機能がご好評をいただき、2010年7月に約4900万契約を突破するなど、多くの方にご利用いただいてまいりました。”と、日本のモバイルインターネットをけん引した功績は大きい。
文/久我吉史
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