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AI相場の波に浮かれている投資家に伝えたい「空売りの哲学」

2025.11.17

株式市場では「上がれば儲かる」が常識です──ですが、本当に賢い投資家は“下がる”ときも動きます。「空売り」は投機でも裏技でもなく、市場を冷静に観察する“負の知性”です。

2025年、AI相場の波に浮かれる投資家が増えるいまこそ、空売りの本質を知る必要があると考えます。

空売りとは「下げ相場の投資」ではなく、「市場のバランス感覚」である

株式市場には常に強気(ブル)と弱気(ベア)のせめぎ合いが存在します。強気派が買いで利益を狙う一方、弱気派は売りで応戦し、この力関係が市場の均衡を保っています。欧州の証券取引所前にある牛(ブル)と熊(ベア)の像は、上昇相場と下落相場を象徴し、市場には両者のバランスが不可欠であることを示しています。

空売りは、まさにこの弱気側に立つ戦略です。ただし、それは単に「相場の下落に賭ける」行為ではありません。過熱しすぎた市場に冷静な評価を取り戻す、“バランス感覚”としての役割を果たします。

では具体的に空売りとは何でしょうか。空売り(ショートセル)とは、証券会社から株式を借りて売却し、後で株価が下がったときに買い戻して株を返却することで、差額利益を得る手法です。例えばある銘柄を1株1000円で100株空売りし、その後に株価が800円に下がれば、100株を買い戻すことで最初との差額(1株あたり200円)×100株=2万円の利益が得られます。逆に予想に反して株価が上昇した場合、買い戻し価格が売値より高くなって損失を被ります。

実際、近年ではネット掲示板で結集した個人投資家がゲーム小売株を急騰させ、空売りしていたヘッジファンドが数十億ドル(数千億円)規模の損失を被った事件も記憶に新しいです。つまり空売りはリターン追求と同時にリスク管理が求められる高度な戦略と言えます。

それでも空売りが市場で重要視されるのは、その「市場健全化装置」としての機能ゆえです。強気相場では多くの投資家が楽観的な見通しに引きずられ、過大評価やバブルが生まれやすくなります。そこで冷静な目で「それは行き過ぎではないか」と疑問を呈するのが空売り投資家です。空売りによる売り圧力は、行き過ぎた株価を押し下げ適正水準に近づける効果があり、価格発見を促進します。実際、空売りが活発な市場ほど株価の効率性が高い(価格が適正価値に近い)ことが統計的にも示されています。

また空売り投資家は往々にして企業の不正や虚飾を暴き、市場に健全な警鐘を鳴らす役割も担ってきました。エンロン不正会計事件(2001年)では、当時著名でなかったヘッジファンドマネージャーのジム・チャノス氏がいち早く同社の粉飾を見抜き、「皇帝の裸」を暴いたことで結果的に大損失を回避したのは象徴的です。空売りは市場における過熱や不正という「負の側面」に光を当て、長期的に持続可能な相場環境を維持するためのバランサーとしても機能しているのです。

「空売りする人」は悲観主義者ではなく、“冷静な観察者”

空売りというと「弱気」「悲観的」といったイメージで語られがちです。実際、企業側や強気派の投資家からは市場の嫌われ者扱いされることも多くあります。「企業の成功に賭けず失敗に賭けるなんて不健全だ」「空売りは市場を混乱させるだけだ」といった批判も根強いです。たとえば米国のゲーム小売大手ゲームストップの元会長は「事業の失敗に賭けるのはアメリカ精神に反する」と公言しました。リーマン危機時には各国で空売り禁止措置が取られ、1929年の大暴落でも空売り業者が「暴落の戦犯」扱いされた歴史もあります。こうした背景から、空売り投資家は往々にして悲観主義者や投機的な「ハゲタカ」のように誤解されやすいのです。

しかし実態はその逆で、多くの空売り投資家はむしろ市場で最も冷静な観察者です。彼らは感情的な楽観や群集心理に流されず、企業の本質価値を見極めるために緻密なリサーチを行います。事実、アクティブな空売り投資家の中には、不正の芽を摘む「影の監査人」さながらに企業調査に奔走する方々もいます。彼らはウォール街の奥底に潜む闇を暴く独立した探偵のように、企業の嘘を見抜くために奔走しているからです。財務諸表の細かな数字に目を凝らし、ビジネスモデルのほころびや矛盾を探し出すその姿勢は、安易な悲観論とは一線を画します。まさに「疑うこと」を仕事にしていると言えるでしょう。

伝説的な空売り投資家ジム・チャノス氏のキャリアは、その“冷静な観察”の力を物語っています。氏は1980年代から近年まで30年以上にわたり、数々の企業の不正や虚構を暴いてマーケットに警鐘を鳴らしてきました)。代表例が冒頭で触れた米エンロンで、チャノス氏は誰も疑問を抱かなかった同社の財務にいち早く着目し、2000年に空売りを開始しました。周囲が「新時代の優良企業」ともてはやす中でただ一人「いや、この会社はおかしい」と旗を振ったのです。結果は周知の通り、エンロンは2001年末に巨額不正が露見して倒産しました。氏は巨額の利益を得るとともに、不正を暴いた“社会的功労者”として脚光を浴びました。

もっとも当初は警告に耳を貸す人は少なく、「市場の破壊者」と非難されたのです。こうした例に象徴されるように、優れた空売り投資家は決して根拠なき悲観で動くのではなく、周到に集めたファクト(事実)を武器に市場の過ちを正そうとしています。

もちろん、空売り投資家が常に正しいとは限りません。時に読み違えて損失を被ることもありますし、正しくてもタイミングが早過ぎて一時的に多大な含み損を抱えることもあります。それでも彼らが一貫しているのは、楽観に沸く市場において冷めた目線を維持する点です。

過熱した相場では多くの人がリスクに目をつぶりたがりますが、空売りを仕掛ける人々はあくまで現実に即した疑問を投げかけます。その姿勢は決して「市場の敵」ではなく、長期的にはむしろ他の投資家を守る防波堤ともなり得ます。実際、空売り投資家に批判的な企業ほど後になって大きな失速を見せるケースが多いとの分析もあります。耳障りな警告役は敬遠されがちですが、いざバブル崩壊となれば真っ先に頼りにされます。空売り投資家とはそんな逆説的なポジションにいる“観察者”なのです。

AI時代の“空売り”──感情ではなく確率で動く投資

昨今の市場はAI(人工知能)ブームに沸いています。生成AIや大規模言語モデルの登場を受け、関連テック株は軒並み急騰し、2023~2024年にかけて米半導体大手エヌビディアは一躍「世界で最も時価総額の高い企業」となりました。株価指数も過去最高水準を更新し、まさにAI相場の熱狂が広がっています。

しかし、その熱狂の裏で静かに牙を研ぐ空売り勢も存在します。2025年秋、「ビッグ・ショート」で知られる著名投資家マイケル・バーリ氏は、自身のポートフォリオの8割近くをAI関連株の空売りポジション(具体的にはパランティアとエヌビディアに対する大規模なプットポジション)に費やしていることを明らかにしました。氏はAIブームが「過熱し過ぎている」と判断し、静かに逆張りの賭けに出たのです。その直後、パランティア社のカープCEOはテレビ番組で「彼(バーリ)は正気じゃない」と激しく反発しました。このエピソードは、AI旋風に浮かれる経営者と、それを冷めた視点で見る空売り投資家とのコントラストを如実に物語っていると言えます。

実際、ウォール街でも「AIバブル」の可能性についての議論が高まりつつあります。2025年11月には複数の大手金融機関トップが相次いで市場の調整リスクに言及し、「AIブームも永遠には続かない」と警鐘を鳴らしました。今後の動向をこの記事で断言はできませんが、市場全体は依然として強気ムードが優勢とはいえ、一部では利益確定の売りの動きがあるのも事実です。このような局面で存在感を増すのが、データに基づき淡々と行動する空売りのスタンスといえるでしょう。

感情的な楽観に流されず、「確率」と「価値」に照らして投資判断を下す手法は、AI時代の理性的な投資アプローチと合致します。近年はAIを駆使したアルゴリズム取引も発達し、マーケットの動きは一段と高速かつ複雑になったと言われます。そのような環境下で求められるのは、人間の欲望や恐怖ではなく冷徹な統計分析です。空売りはもともと「勝率」をシビアに計算し、リスク管理とセットで戦略を組み立てる投資手法です。AIによる自動分析はその意思決定を一層客観化し、個人のバイアスを排したショート戦略を可能にしつつあります。

さらにAI技術は、空売りの世界にも新たな武器を提供しています。膨大な財務データやニュース、SNS上の投資家心理を解析し、企業の異常兆候を早期に察知する試みも進んでいます。過去には見逃された微細なサイン(例えば決算書の文言パターンや異常な株主動向など)も、AIであれば多数の企業群から自動抽出できます。これにより「怪しい会社」を炙り出し、早めに空売りで備えるといった対応も現実味を帯びてきました。まさに「感情ではなく確率で動く」投資が現実のものとなりつつあるのです。

とはいえ、AI時代であっても市場心理そのものが消えるわけではありません。むしろAIがもたらす楽観も悲観も、最終的には人間の投資行動に反映されます。だからこそ重要なのは、熱狂に踊ることなく一歩引いて眺める視点です。

空売りの哲学は、まさにそこに通じます。強欲や楽観に陰りが見えたとき、いち早く「下げ」に張ることで利益を狙うこの手法は、裏を返せば市場の健全性を守る理性の投資とも言えるでしょう。「強気」が支配する相場環境でも、敢えて逆張りの提案を突きつける空売りという存在があるからこそ、マーケットは長期的なバランスを保てます。

熱狂の2025年にあって、空売りの視点を学ぶ意義は決して小さくありません。株価上昇の快感に浮かれる今だからこそ、負の知性で市場を見つめ直す──それが「空売りの哲学」なのです。

著者名/ 鈴木林太郎 経済ライター
テックと経済の“交差点”を主戦場に、フィンテック、Web3、決済、越境EC、地域通貨などの実務に効くテーマをやさしく解説。企業・自治体の取材とデータ検証を重ね、現場の課題を言語化する記事づくりが得意。難解な制度や技術を、比喩と事例で“今日使える知識”に翻訳します。

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