「遊園地」といえば、親子や友達同士で思いっきり遊ぶキラキラまぶしい場所。
でもそこが、誰もいないコンクリートの建物が残る「元・廃墟」だとしたら?しかも「かつての原子力発電所」だと言われたら・・・?
そんなありえないような場所がドイツにあるんです。
稼働前に廃止となった原子力発電所
オランダとの国境に近い、ドイツのカルカー市。そこにある「ワンダーランド・カルカー」という遊園地は、原子力発電所の跡地に作られました。
高速増殖炉SNR-300の建設計画が始まったのは、今から50年以上前の1972年。最新の夢の原子力発電所として建設が進められていましたが、稼働間近という1986年、ウクライナ(当時ソ連)でチェルノブイリ原子力発電所の事故が発生。
SNR-300の建設も中断され、小さなこどもを持つ親たちが中心となり計画中止を求める運動が大きくなりました。そして膨れ上がった資金面の問題もあり、運営許可は取り消しに。
そうして結局一度も稼働しないまま、1991年に正式に計画中止となったのです。
しかしこの廃墟となった原子力発電所を買い取る人物が現れました。オランダ人実業家のヘンニー・ファン・デル・モーストです。
彼はこれまでも使われなくなった施設を買い取り、公園などに作り替えるビジネスを行っていました。そしてこの原子力発電所の廃墟を、今後はなんと遊園地に生まれ変わらせてしまったのです!
しかも更地にするのではなく、原発施設の建物を残したままリノベーションしてしまいました。最初のオープンは1995年。その後少しずつ設備を増やしていき、2005年にワンダーランド・カルカーとして全面オープン。
その後運営会社が変わったりと変遷がありつつも、年間60万人もの入場者数がある人気施設です。これは実際に見てみたいと思い、多くの親子連れで賑わう夏休みに訪れてみました。
小学生が考える「夢の国」のような遊園地

駐車場から遊園地をのぞむ。どう見てもこれだけじゃ、遊園地に来たとは思えない。
駐車場に着くと大きな工場のような建物が見えます。遊園地というよりも工場見学に来たような感じもしますが・・・。
でも入場してみてびっくり!子連れでも無理なく回りきれる規模感の敷地内に、30以上のアトラクションがぎっしり並んでいます。小さい子向けの遊具からゴーカート、スリル満点の回転系やジェットコースターまで、幅広い年齢層が楽しめるようになっていました。
さらになんと園内ではフライドポテト、ソフトドリンク、ソフトクリームが食べ放題・飲み放題!まさに「小学生が考える夢の国」みたいなところじゃないですか。
これで入場料は、身長130㎝以上の料金で28ユーロ。日本円にすると約4800円ですが、ユーロ圏内の生活感だとめちゃくちゃお得料金です。それもあってか、昼頃を過ぎると園内は大勢の家族連れで賑わっていました。
しかしやはりここは元・原発。園内ではそこかしこにその痕跡を感じるものが残されています。
ワンダーランド・カルカーに問い合わせてみたところ、かつて建設にも携わっていたカール・ハインツ氏が当時の写真や敷地内図面と共に詳しく教えてくれました。
今も残る原子力発電所の建物たち

当時の原子力発電所全体の様子(写真提供:ワンダーランド・カルカー ©Wunderland Kalkar)

様々な施設が並ぶ敷地内の図(写真提供:ワンダーランドカルカー ©Wunderland Kalkar)
例えばこの大きなコンクリートの廃墟は原子炉建屋と蒸気発生建屋でした。更に左側に見える黄色い建物はタービン建屋です。ここで核分裂反応によってナトリウムを540℃まで加熱し、その熱を利用して蒸気を発生させてタービンを回し、電気を作る仕組みだったのです。

灰色の建物の右半分が原子炉建屋、左半分は蒸気発生建屋
現在は利用されておらず、外観はまさしく「廃墟」。鳥たちがねぐらにしているようで、時折ギャーギャーと鳴き声をあげながら一斉に飛び出してきます。
でもその横には小さな子も楽しめる大型すべり台があり、さらにすぐ横には原発で使用される巨大なタービンが。なんというか、ここだけでも時代と空間が交差しているような不思議な雰囲気。
その向かいにある別のコンクリートの建物は、非常用ディーゼル発電機が置かれる施設でした。悪天候や落雷などがあっても非常用電源が失われないように、原子炉建屋と同様の堅牢なつくりとなっています。そのコンクリート壁の厚さは2m。建物の入口でそれを実感することができました。
屋上には観覧車や遊具が並んでいますが、中はミュージアムになっています。薄暗い中に当時の報道資料や建設計画の資料、実際に使われていた機材や燃料棒の模型などが展示されていました。

燃料棒の模型。稼働されなかったため、核燃料はそのまま他国の原子力発電所に移送されたそう。説明資料ではその後日本にも売却されたと書かれていた。

建物は厚さ2mのコンクリート製。これは落雷や悪天候などがあっても中の非常用電源を守るため。

たまに上の方に防護服のマネキンがいてドキッとした。
そして遠くからでもよく見える、ここのランドマークともいうべき大きなコンクリートの山のようなもの。これはタービンを回した後の蒸気を再び水に戻すための巨大な冷却塔だったのです。近づいてみると、外側はウォールクライミングになっていました。そして内側に入ってみると・・・

壁に点々と見えるのがウォールクライミングのホールド。

めちゃくちゃ高いとこを回ってる回転ブランコが!
まさか元・原発施設の中にこんなアトラクションがあるなんて。高いところあまり得意じゃないんですが、ここまで来たからには体験せねば。
塔の真ん中にあるポール席と、回転ブランコ席の2種類があります。ポール席ならすぐ乗れるということでそちらへ。乗る前にはサンダルなど落としたら危ないものは置いていきます。携帯もストラップを付けるなど落とさないようにしないと持込禁止。
徐々に上がっていきますが、た、高いー!!なんと最高58メートルまで上がるそう。一番上まで上がった時は冷却塔の高さを超え、外がよく見える絶景!そして冷却塔の高さや規模の大きさも実感しました。しかしポール席でよかった・・・。回転ブランコ席の人たち、ほんと勇気あるなぁ。
すぐ横にはライン川が流れています。冷却装置にもライン川の水が使われる予定でした。

冷却塔の高さを超えると、ライン川と平野が広がる絶景が。
多くのアトラクションを楽しみながらも、すぐそばに元・原発の施設があるという不思議。もし実際に少しでも稼働していたら、この場所に足を踏み入れることなんてなかったはず。歴史の分岐点や、別の世界線がふと頭をよぎります。
ちなみにこの遊園地にはカーニー・ケルン(Kernie Kern)というオリジナルキャラがいます。ドイツ語でKernは核。このカーニーのゴミ箱が園内の至る所にありました。食べ放題・飲み放題なので、紙容器のゴミが多く出るのですが、このゴミ箱のおかげで園内はとてもきれいでした。
カーニーはグリーティングに登場したり、ぬいぐるみが売られていたりと人気。

ドイツは2023年4月に国内すべての原子力発電所の稼働を停止しました。
しかし廃炉作業にはまだ多くの時間がかかります。ワンダーランド・カルカーは稼働前に計画中止となったので、放射線の影響を気にする必要はありません。しかし反対運動の末に中止となった施設でもあり、原発というイメージもあり、普通は痕跡を残さず全て更地にしてから遊園地を作りそうなもの。
なのに施設の名残や歴史も伝えつつ、こんなに子どもたちの笑顔がいっぱいの場所に生まれ変わっているなんてすごすぎる。
当時建設に携わった多くの人たちにとっては、その努力が形にならず残念だったことでしょう。一方、事故発生時には甚大な被害が発生することから、子どもたちを守りたいと大きな反対運動を起こした人々の行動もまた真実。
双方の立場がありつつ、「子どもたちが楽しめる場所」に生まれ変わったというのが、なんだか一つの奇跡のように思えました。
何より、原発施設の廃墟を背景に遊べる遊園地なんて他にありません!



取材協力・写真提供:Wunderland Kalkar https://www.wunderlandkalkar.eu/en
文・写真/福成海央
オランダ在住、ミュージアム好きの科学コミュニケーター。気になったらとりあえずなんでも調べるし、なんでも書く。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員
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