
人的資本経営や健康経営への注目が高まる中、従業員の体調管理はいまだ個人任せという企業は少なくない。そんな現状に一石を投じるのが、三菱地所が仕掛ける“休養革命”だ。シェア休養室「とまり木」は、15分で心身を整え、働く人のパフォーマンスを上げ、企業の競争力を変える新たなインフラとなりつつある。
「攻めの休養」を掲げる「とまり木」とはどんな施設なのか? なぜ今、多くの企業から注目を集めているのか? その背景や狙いについて、発案者の三輪弘美さんに伺った。
パフォーマンスを回復するための“攻めの休養”とは?
────「とまり木」をオープンした経緯を教えてください。
三輪弘美さん(以下三輪さん):とまり木をオープンする数年前から、体調不良の方が会社のトイレで休んでいるとか、無理をして働き続けているという話を様々な企業から耳にし、由々しき問題だなと受け止めていました。
加えて、会社の中に休養室があったとしても、目立たないところにあったり、人事や総務部が鍵を管理したりしている企業は少なくありません。体調が悪い時に「自ら申請し鍵を開けてもらい休む」という手間が高いハードルになり、「使いづらい」という声も聞きました。
結局、あるものが使えない、使いたい人が使えない、という状況が起きている企業は少なくないのでは?と思ったのです。ですから、会社の規模にかかわらず、働く人が気兼ねなく休める場所を作りたいという思いからスタートしました。
──「とまり木」という名前にはどのような思いを託されたのでしょうか?
三輪さん:鳥は中継地「とまり木」がないと遠くまで飛べないように、人間も集中力をずっと保ちながら働き続けることはできません。効率的な休養が必要です。そんな、鳥の羽を休める「とまり木」のような施設をつくりたい、という思いからつけました。
──ほかのコミュニティ施設や、企業の休養室と比べ、「とまり木」ならではの特徴や強みはどこにあると思いますか?
三輪さん:企業が「シェア」できるサードプレイス型休養施設というのが最大の特徴です。企業間でシェアしていただくことで、リーズナブルな料金でサービスを提供できます。また、とまり木は予約なし、15分という短時間で体と心を整える施設です。社員さんは業務時間扱いとして利用できると設定されている会社さまが多いのも特徴です。
休むだけではなく、プロのパーソナルトレーナーも常駐していますので、軽い運動やストレッチなど体のリセットや不調解消のための指導を受けることもできます。休むことは次の業務の為の投資であり、ここで過ごす時間は「攻めの休養」となります。
プロのトレーナーが常駐しているので、自宅でもできる簡単なストレッチ指導を受けられるほか、運動、休養に関する相談もできる。他にも、ベッドに横たわり仮眠をとることも出来るし、マッサージチェア、ウォーターウェーブベッドなども使用可能。フットマッサージ機を使用しながらおしゃべりをしたり、一息つけたりするテーブルも。短い時間でリフレッシュできる機能がギュッと詰まっている印象
──使用時間が15分に限られるということですが、15分にこだわった理由はなんですか?
三輪さん:仕事をしていてちょっと疲れたなとか、気分を切り替えたいなっていう時にコーヒーを飲んだりタバコを吸いに行ったり、コンビニに行ったりしますよね? そういう感覚でフラッと来ていただくことを想定しました。また、疲労回復や集中力を向上させると言われているパワーナップも15分程度が理想と言われています。
企業側も15分程度の離席でリフレッシュしてパフォーマンスが上がるのであれば、むしろ活用してほしい。そんな背景があって使用時間を15分としました。
人材確保、エンゲージメントにも直結。福利厚生の新しい選択肢として
──実際に運営をしてみて、企業側の理解や反応はいかがですか?
三輪さん:私も少し驚いたのですが、キャリア採用において「以前より採用しやすくなった」と言われることが増えてきました。いまや企業にとって人材確保は最大の課題です。お給料や仕事内容に大きな差がない場合、どれだけ福利厚生が充実しているか、人財に投資できているかに注目が集まっていることを、改めて実感しています。
──利用している方達の働くスタイルに何か変化はありましたか?
三輪さん:最近は働き方改革が浸透し、テレワークやフレックスなど自由度の高い働き方が増えてきました。重要な会議があるとか、プレゼンがある日に出社するという社員の方も多いなか、とまり木と契約してから出社率が高まったというお声もいただいております。マッサージが受けられる、プロのトレーナーに指導してもらえる、そんなことが出社の楽しみや不調解消という理由になって、「それだったら出社しようかな」と。
やはり会社内で直接顔を合わせることで自然発生的にコニュニケーションが増え、エンゲージメントや生産性も上がって行くこともあると思います。
休養施設の枠を超えて、“居場所”となる『とまり木』の可能性
──実際に運営される中で、想定していなかった使われ方や、新しい可能性を感じたことはありますか?
三輪さん:一昔前だったら「おやつの時間」があったり、給湯室やロッカールームで雑談をしたりしましたよね。そういったコミュニケーションの中から交流や新しいアイデアが生まれることもありましたし、リフレッシュもでき、実はとても大切な時間だったのではないかと思っています。
先ほどもお話しした通り、今の時代はフリーアドレスで自席がないことも珍しくないですし、会議室すらない企業もあります。それは働く人にとって自由な反面、孤立してしまう側面もあるように感じています。効率化の流れの中で、給湯室での雑談のような「余白」もないし居場所も少ない。
そうした背景を踏まえると、このとまり木は「余白」や「居場所」としての役割も担っていくのかなと感じています。
──効率化やデジタル化の中で失われがちな“人と人とのつながり”を体感できる空間ということですね?
三輪さん:休む、運動するだけではなく、利用者さん同士やトレーナーさんとのコミュニケーションもこの施設ならでは。ここを起点にサークル的なものが生まれてくれたら嬉しいですし、イベントなども考えられますよね。そういった仕事だけではない繋がりも積極的に生み出していけるような、新しいタイプの施設になっていけたらいいなと思っています。
──「とまり木」の最終的なゴールや理想の姿をどのように描いていますか?
三輪さん:「とまり木」を通して働き方を見直し、就業者が長く健康に働けるようになってほしいと考えています。将来的にはオフィスビルのインフラとして多くのビルに設置し、業界標準にしていきたいですね。空港や商業施設といった事業でも展開してみたいと考えています。
取材・文/高田あさこ
撮影/杉原賢紀