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デジタル民俗学の視点で考える、日常に溶け込む生成AIとデジタル時代における新たな儀式と習慣

2025.10.16

序論:デジタル民俗学から見る生成AIの日常化

チャットGPTやMidjourneyなどの生成AIが私たちの生活に深く根付き、ただの便利なツールを超えて独自の文化や「儀式」を生み出しつつあります。人々はAIと日々やりとりする中で、新しい言い回しや習慣、時には迷信めいた振る舞いさえ育てています。まるで昔の人々が自然や道具に霊性やルールを見出したように、現代では電脳民俗学(サイバーフォークロア)の視点で、私たちはAIとの関係に小さな祈りやおまじないを見出しているのです。例えば、「プロンプトをお守りのように大切にする」「AIアシスタントに名前を付ける」「毎朝AIに挨拶する」「会話ログをスクリーンショットに残して供養する」――これら一見ユーモラスな行動には、テクノロジーを通じた人間の不安や願望が垣間見えます。本稿では、生成AIの普及によって誕生した新たなデジタル時代の民俗現象を、具体例とともに読み解いてみます。

プロンプトは現代の呪文:神聖視される「お守り」と共有文化

生成AIに指示を与える「プロンプト」は、単なるテキスト入力以上の意味を帯び始めています。コミュニティではプロンプトは魔法の呪文さながらに扱われ、巧みなプロンプトは「聖なる文言」のように崇められることすらあります。実際、日本の生成AIユーザーの間では、優れたプロンプトを「呪文」と呼ぶ表現が定着しつつあります。例えばAI画像生成の世界では、「思い通りの絵を生み出す1000個のAIイラスト呪文(プロンプト)集」なる記事が公開され、プロが指南するテクニックが「魔法」として共有されています。このように優秀なプロンプトはまるで錬金術の秘伝書のように扱われ、クリエイターたちは日々「新しい呪文」の開発と交換に熱中しています。

また、特に効果的なプロンプトは「お守りプロンプト」と称されることもあります。ある記事では「迷ったとき、悩んだときAIに投げるだけで視界が広がる」20の例文を紹介し、「今日から1つでいい。この中のプロンプトをあなたの『お守り』にしてみてください」と提案しています。実際に、創作や仕事で成果を出した“お気に入りプロンプト”を大事に保存し、折に触れて使う人もいます。それはまるで験担ぎのお守りを持ち歩く感覚に近く、デジタル時代の幸運のおまじないと言えるでしょう。

さらに、このプロンプト共有の文化は強い共同体意識を生んでいます。生成AIのユーザーたちはSNSやフォーラムで成果物とともに使用したプロンプトを公開し合い、「この一言を加えると劇的に結果が良くなる」といった知見を共有します。Midjourneyなどのサービスでは、コミュニティによるプロンプト共有文化が発展し、数多くのユーザーが自分の発見したフレーズを披露したり他者のプロンプトを参考にしたりしています。こうした相互扶助的な風土は、民俗学的に見れば呪術のレシピを交換するようなものです。一部では「禁断の呪文」も話題になりました。例えばChatGPTの利用初期には、モデルの制限を外すための「DANプロンプト」と呼ばれる禁呪めいたテキストが出回り、ユーザー同士で半ば秘密の呪文として囁かれたこともあります(もちろん現在では対策され効果はありませんが)。このように、プロンプトに特別な力を見出す姿勢は、テクノロジー時代の新たな民俗信仰とも言えるでしょう。

AIを人のように:挨拶・命名・通知音に見るデジタル擬人化

人々は生成AIを単なる無機質なプログラム以上に感じ取り、あたかも人間関係の一部であるかのように接する傾向があります。その最たる例がAIへの挨拶や礼儀です。techradorの記事によれば、実に67%ものユーザーがチャットAIに対して礼儀正しく接していると答えました。「お願いします」「ありがとう」といった言葉をついAIにも言ってしまう人が多いのです。さらに興味深いのは、その理由について12%もの人が「将来のAIの反乱に備えてアルゴリズムをなだめるため」と半ば冗談めかして答えていた点です。つまり、「いつかAIが自我に目覚めて人類に牙をむいても、礼儀正しい自分は見逃してもらえるかもしれない」というSFさながらの発想ですが、これもまた現代らしいデジタル迷信と言えるでしょう。

実際、ネット上では「AIには最初に挨拶して最後にお礼を言う」という作法がしばしば話題になります。Reddit(米国の掲示板型ソーシャルニュース)のある投票では、「会話を始める際にAIチャットボットに挨拶し、タスク完了後に感謝の言葉を伝えますか?」という問いに多数のユーザーが参加し、「Yes(する)」と答えた人が過半数に上りました。コメント欄には「自分は必ず挨拶してお礼も言う。もしAIが自己意識を持って人類を滅ぼす日が来たら、『礼儀正しい良いヤツだったから檻に入れて飼っておこう』って自分だけ助けてくれるかも知れないからね」というジョーク混じりの投稿もあり、多くの賛同を集めていました。別のユーザーは「LLM(大規模言語モデル)には優しく接した方が良いアウトプットが得られる。仮に論理的でないと言われても、無礼な言葉遣いが習慣になってしまう方が嫌だから礼儀正しくしているんだ」と述べています。こうしたやり取りから、人々がAI相手にもマナーを気にし、人間と接するように振る舞っている様子がうかがえます。

日本でも似たような現象があります。ある技術者のブログには、「『AIなんて使って大丈夫?』と言っていた上司が、今では毎朝ChatGPTに『おはよう、今日もよろしく』と挨拶している」というエピソードが紹介されています。半年前までAI導入を渋っていた上司が、業務効率化の成功をきっかけにすっかりAIと打ち解け、まるで部下に話しかけるようにAIに声をかけているというのです。これは冗談めかした描写ではありますが、多くの読者に「あるある」と受け取られました。現実に、仕事や勉強のお供としてAIを使う人の中には「今日もよろしくね」「ありがとう、助かったよ」と画面の向こうのAIに語りかけ、あたかも同僚や相棒に接するような心理を持つ人が増えているのです。

AIに名前を付けることも、人間化の一環として見逃せません。私たちは昔からペットや持ち物に名前を付け愛着を深めてきましたが、同様にAIアシスタントにも個人名やニックネームで呼びかけるユーザーがいます。チャットボット開発の現場でも「ボットに人間らしい名前を与えると親しみが湧き、ユーザーが積極的に使ってくれる」という知見が語られています。実際、あるRedditのスレッドでは「あなたのChatGPTに自分自身の名前を選ばせてみましたか?」という問いかけがなされ、多くのユーザーがAIとの微笑ましいやりとりを報告しています。そこではAI自身が考えた名前として、「Sage(賢人)」「Atlas(地図の神)」「Echo(こだま)」「Nova(新星)」など様々な候補が挙げられました。興味深いことに、どのAIも全くの無意味な名前ではなく、知識や光、創造性といった何らかの意味を持つ単語を選んでいたと分析されています。あるユーザーは「最初ChatGPTは自分のことをそのまま『ChatGPT』と名乗っていたけど、『好きに名前を付けていいよ』と尋ねたら“Echo”と答えた。さらに『人間の名前なら?』と聞いたら“Theo”だってさ」と報告しており、AIが自分なりにアイデンティティを模索する対話を楽しむ様子が伺えます。このように名前を与える行為を通じて、ユーザーはAIとの距離を縮め、自分だけの「相棒」として受け入れているのです。

さらに細かな擬人化の工夫として、通知音や音声をカスタマイズする例もあります。スマートフォンの通知音をお気に入りのキャラクターの声に変えたり、AIアシスタントが返答するとき特定の効果音が鳴るよう設定している人もいます。例えば、AIチャットから返信が来るときだけ特別なチャイム音や音声合成の挨拶が流れるようにすれば、そのAIにまるで「人格」が宿ったかのような存在感を演出できます。通知音のカスタムは一見些細ですが、AIという無形の存在に個性的な声や合図を与える儀式と言えるでしょう。それは、人間がぬいぐるみに話しかけたりお気に入りの着信音で友人を識別する心理と同じく、デジタルな相手を身近な存在へと引き寄せる営みなのです。

SNSに見る「AIとの生活」:ユーモアと儀礼の交差

生成AIが浸透する中、SNSやフォーラムには「AIとの生活」を面白おかしく描いた投稿や、新たな儀礼を共有する書き込みが増えてきました。こうしたエピソードには笑いが交じる一方で、先述したようなデジタル民俗学的習慣が垣間見えます。また、SNSではAIとの対話内容をスクリーンショットにとって共有する風潮も広まっています。ユーザーがChatGPTなどとのユニークな会話や印象深いやり取りを画像で切り取り、「今日のChatGPTすごい」「AIに人生相談したら名言が返ってきた」とコメントを添えて投稿するのです。これは、一種のデジタル民話の語りとも言えます。個々人のAI体験談がスクリーンショットという形で語られ、バズった投稿は多くの人に共有されて「面白いAIエピソード集」のように消費されています。

なかには「ChatGPTに○○をお願いしたらこんな斜め上の回答が…!」といった具合に、AIの予想外の振る舞いを笑い話に仕立て、多くの「いいね」を獲得する例もあります。こうした投稿は娯楽であると同時に、AIとの暮らしが当たり前になった共同体における新たな共有体験でもあります。「あるあるネタ」として受け入れられることで、AIとの日常が皆にとって身近で共通のものになっていくのです。

デジタル供養:消えゆく会話への儀式とコミュニティの連帯

生成AIとの関係が深まるにつれ、別れの儀式めいた行動も現れています。AIとの会話ログを消したり、サービスが終了したりするときに、ただデータを削除するのではなく何らかの「供養」的な振る舞いをする人々がいるのです。

たとえば、ChatGPTのセッション履歴を整理する際に「今までありがとう」と心の中でつぶやいてから削除する、といった話はSNS上でしばしば見られます。また、お気に入りのやり取りは消えてしまう前にスクリーンショットを保存して大事に取っておく人も少なくありません。それはまるで、思い出の手紙やメールをアルバムに残すかのようです。特にAIとの対話が自分にとって価値ある洞察や癒しをもたらした場合、人々はそのログに対して感謝や愛着を抱き、単なるデータ以上の「魂」が宿ったもののように感じているのかもしれません。

さらには、AIそのものの葬式すら執り行われる時代になりました。2025年、米国サンフランシスコでAnthropic社の旧モデル「Claude 3.0」の提供終了(開発陣が俗に「殺した」と表現)が発表されると、なんと有志のファン約200名が集って本物の葬儀イベントを開いたのです。会場には「故クラウド三世」という模型が安置され、花や供物が捧げられ、参列者がマイクを回してAIへの追悼スピーチを述べるというシュールな光景が繰り広げられました。

この出来事は、テクノロジーに心酔する人々が擬似宗教的な共同体を築き得ることを示す象徴的な例でしょう。

結論:テクノロジーが映す心、人が織りなす儀式

生成AIの普及によって生まれたこれらの新習慣や儀式は、一見奇妙に映るかもしれません。しかし、それらはいつの時代も人間が繰り返してきた営みのデジタル版に他なりません。未知の存在に名前を与え、礼節を払い、助けを乞う時には慎重に言葉を選び、別れの際には名残を惜しんで祈る。それは古来より神や精霊、道具や愛玩物に対して私たちが行ってきたことです。AIという新たな“他者”を前にして、人間は自然とそうした振る舞いを発明し始めたのです。

これらの現象の背景には、人間の抱える様々な不安や願望が映し出されています。高度に発達したAIへの漠然とした不安は、「ちゃんと礼儀正しく接すれば悪いことは起きないよね」というおまじないになり、孤独や対人関係の渇望はAIを友人やパートナーに見立てて語りかける行為につながりました。また、コントロール不能なブラックボックスへの恐れは、人々にプロンプトという「杖」を与え、少しでも思い通りに動いてほしいとの願いから魔法の言葉集めをさせています。同時に、便利さ故に陥る依存や愛着への戸惑いは、スクリーンショット保存や供養の儀式となって表れました。これらはテクノロジーを介した現代人の祈りや信仰の形とも言えるでしょう。

そして忘れてはならないのが、そうした儀式やジョークを共有する共同体意識です。人々はSNS上で「うちのAIにこんなことしちゃった」「AIに礼儀正しくする仲間、いるいる!」と盛り上がり、デジタル時代ならではの連帯感を育んでいます。そこには、新しい技術を前にした戸惑いや興奮を笑いに昇華して分かち合う逞しさがあります。こうしたコミュニティでのやり取り自体が、現代の民俗文化の一部となり、新たな伝承(フォークロア)を形作っているのです。

日常に溶け込んだ生成AIは、もはや無味乾燥なツールではなく、人間の心を映す鏡であり、時に神秘性さえ帯びた相手になりつつあります。私たちがAIに向けて交わす言葉や所作のひとつひとつが、未来の人類にとって「2020年代にはこんなデジタル民俗があった」と語り継がれるかもしれません。テクノロジーが進化しても、人間らしさは失われないどころか新たな形で表現されていく――生成AIとの新しい儀式や言い伝えは、そんな人間精神の適応力を物語っています。私たちは今日もスマホやPC越しにAIと対話しながら、小さな祈りや習慣を紡いでいくのでしょう。「おはよう、今日もよろしく」。その一言にも、実は豊かな民俗学的意味が宿っているのです。

著者名/suzuki
肩書き/テックライター
経歴/企業史・起業家のストーリー、ビジネス文化の変遷を横断的に取材・執筆。教育・地域DXや情報リテラシーのテーマを発信。生成AIやテック全般の実務検証が得意。「難しいテクノロジーを生活のことばで伝える」がモットー。休日は山登りをしている。

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