
いきなりですが、ちょっと勇気を出して告白します。私はスポーツ観戦の楽しみ方があまりわかりません。
これまでの人生でサッカー、バスケ、ラグビーやカーリングなど、数多くの競技の話題で世の中が盛り上がり、ニュース番組がいつも以上にスポーツ報道に時間を割くたびになんとも言えない気持ちで過ごしていました。そんな申し訳なくなるぐらいスポーツ観戦にハマれなかった私でも、最近、「コレはおもしろい!」とアツく語りたくなるスポーツと出会ったのです。どれもヘンテコで過激な競技で、日本ではほとんど全く知られていないものばかりですが、「こんなヘンなスポーツがこんなに人気なの?」と驚くかもしれません。
「ビンタ」が世界的競技に?
最初の衝撃スポーツは『スラップファイト』。一言で表すなら ”エクストリーム平手打ち”。二人の選手が全身の力で猛烈なビンタ(slap)をお見舞いする、というシンプルながらも激しい接戦が瞬時に繰り広げられるコンバットスポーツです。2010年代にロシアで開催されたビンタ大会の動画がネットででバズったことが広がりのきっかけと言われていますが、今ではアメリカのPower Slapトーナメントが総合格闘技団体UFCの傘下で世界最大手を誇っています。
基本的なスラップファイトのルールを説明すると、スラップ・ファイターたちはコイントスで順番を決め、スラップするときは対戦相手の頬を手のひら全体でビンタします。事前に左右のどちらかの手を使うかを申請し、目や顎や耳などは避けるのがルールです。一方、スラップされる側の選手はビンタされる瞬間まで目を開き、両腕を背中にまわして胸を張った姿勢を維持しなければ減点されます。スラップされた側が60秒以内に体勢を整えて、お返しのスラップを行ったところで1ラウンド終了です。一回のマッチは大体10ラウンドほどで、その間に最もダメージを与えた選手が勝ちとなります。ここまで読んだだけで頬がジンジン痛くなる人もいるんじゃないんでしょうか…実際の映像を見ると、思わず顔をしかめてしまうほどの威力が伝わってきます。
仁王立ちで向かい合う大漢たちがすさまじい音を立てながら容赦ない平手打ちを交互にお見舞いする瞬間をスローリプレイで見返すと、人間の顔ってここまで変形するの?と、見てはいけないものを見てしまったような驚愕と感動が混ざった気持ちに。ソーシャルメディアでシェアされやすい短時間で非日常的な接戦が繰り広げられるのが多くのファンを魅了するポイントなのかもしれません。
日本でも2024年に国内初のスラップファイトのトーナメントが開催され、今後本格的な日本進出も起こる可能性はゼロではありません。しかし、このスポーツは激しい平手打による脳震盪や脳挫傷など健康被害の危険があるなどとして、医療従事者などから批判が集まっており、試合の数週間後、外傷性脳症から生じた多臓器不全で死亡したファイターの事例も報告されています。平手打ちスポーツ選手の80%が脳挫傷のリスクを抱えていると警鐘を鳴らす論文も出ているので、決して容易に真似しないようにしましょう。
「チェス x ボクシング」の意外な組み合わせに世界が熱狂
世界には他にもビックリするような変わったスポーツがたくさんあります。例えば、チェスの頭脳戦とボクシングの肉弾戦を掛け合わせたハイブリッドスポーツ、その名も『チェス・ボクシング』。ボクシングリングの中に設置されたテーブルで上半身裸に大きなヘッドフォンを被った男性たちがチェスをしている映像を初めて見た時はパロディ動画だと思ってしまいましたが、全員いたって真剣に王者の座を競い合っているのです。スピードチェスを4分、装具やリングのセッティングに1分、そしてボクシングを3分。このローテーションを交互に行い、11ラウンドのうちにノックアウトかチェックメイトのどちらかで勝負をつけるというのが大まかなルールです。チェスの間にヘッドフォンをつけるのは観客の歓声などを遮断して集中するため。理にかなっているけれど、どうしても奇妙に見えてしまいます。
チェスボクシングは2003年に第一回世界チャンピオンシップがアムステルダムで開催され、2010年代には世界各国にチェスボクシング協会が誕生し、今ではパリオリンピックに伴った文化オリンピアードでもエキシビションマッチが開催されるなど、世界中でマッチが盛んに行われています。
そもそもチェスってスポーツなの?と驚く人もいるかもしれませんが、国際オリンピック委員会からも認定されている競技なのです。チェスもチェスボクシングも、正式な五輪種目認定を狙っています。先に実現させるのはどちらでしょうか?
「エクストリーム鬼ごっこ」は日本でもバズるか?
他にも、壁や階段などの障害物を登ったり飛び越えたりしながら素早く移動するフランス発祥のストリートスポーツ「パルクール」と鬼ごっこを組み合わせた『チェイスタグ』もスリル満点の観戦体験で、こちらは日本で12歳未満のキッズ向け大会が開かれたり、Netflixオリジナルシリーズ『ファイナルドラフト』にワールドチェイスタグ公式コースが導入されたりと、国内でじわじわと注目度が高まりつつある新種スポーツの一つです。
二つの対戦チームからマッチに出場するのは「チェイサー(鬼)」と「イヴェイダー(逃げる人)」が一人ずつ。イヴェイダーは縦横12メートルの面積の中に建てられた数々の障害物の間を素早くすり抜けながらチェイサーから20秒間逃げ切ることが目的です。この短時間で予測のつかない動きや常人離れした技をいくつも見られるのがチェイスタグの見どころです。私はチェイスタグと出会って、スポーツ観戦をしながら手に汗を握る感覚がようやくわかるようになりました!
こんなふうに「シンプルなルール」と「意外性と非日常性」を持ち合わせ、「短時間で決着がつく」新時代スポーツが海外の一部で地道な人気を誇っています。今までスポーツに無頓着だった私も、こういう競技が日本に上陸する日がくれば、思わず観戦チケットを買ってしまいそうです。
文/キニマンス塚本ニキ
ラジオパーソナリティ、翻訳家。1985年、東京都生まれ。9歳まで日本で育ち、その後15年間をニュージーランドで生活。現在は英語通訳・翻訳や執筆のほか、ラジオパーソナリティ、コメンテーターとして活躍している。