
来年10月の酒税法改正でビールの酒税が下がるのを見据えた新製品が、大手ビールメーカーから発表されている。10月7日にはキリンビールが高価格帯の「キリングッドエール」を発売。キリン初のホップが味の決め手になっている。
〝手に届く価格帯〟重視のご褒美ビール
現在の酒税法では、350mlあたりビール63.35円、発泡酒とビール系飲料は58.49円。これが2026年10月に54.25円に一本化される。ビールにとってはまたとない追い風だ。
これにむけて、アサヒビールは今年4月に7年ぶりの新ブランド「アサヒ ザ・ビタリスト」を発売。サントリーはビール系飲料「金麦」ブランドを、2026年10月から麦芽の比率を高めてビール化すると発表している。
キリンビールは2024年3月に新ブランド「晴れ風」を発売し、定番が「一番搾り」と2本柱体制になっていたが、今回、3本目の柱になる「キリングッドエール」(以下「グッドエール」)を発売。
発表会で堀口英樹社長は「高価格帯・定番ビールとして育成してまいります」と位置づけた。
オープン価格だが、現状では「一番搾り」「晴れ風」が税込230円前後。「グッドエール」は253円と、20円ほど高い。
物価高騰が続く中、高価格帯を押し出す理由として、キリンは「節約疲れが増える一方、高価格でも〝ちょっとしたご褒美〟を取り入れる消費行動の広がり」(くふう生活者総合研究所「節約・プチ贅沢」に関する意識調査」)に注目。
ビールに対しても「せっかくなら良いものを買いたい」人が6割近くあり(キリン調べ/対象:ビール月1回以上飲用者)、〝ちょっとしたごほうび〟として求められていると分析。スタンダードビールとはひと味違った「ご褒美ビール」のニーズを見込んだ。
一方で、「手に届く価格帯」(山形光晴副社長)であることも重視。最近は、400円以上するクラフトビールが並ぶスーパーも珍しくなくなってきた。ちなみに、キリンビールの高価格帯ブランドに「スプリングバレー」があるが、「グッドエール」はそれよりもやや低い価格設定。あくまで定番になれる価格帯とおいしさの両立を目指していることがうかがえる。
ついに濃縮ルプリン「クライオホップ」が投入された!
では、「グッドエール」の高価格帯たる特徴は? 大きく2つある。
1つは、原材料のホップに「Cryo Hop」(以下、クライオホップ)を採用したことだ。クライオホップとは、アメリカにある世界有数のホップサプライヤー、ヤキマチーフ社の商品だ。
ホップはビールになくてはならない原料で、ビールに苦味や香り、腐敗を抑え、泡持ちを保持する重要な役目を果たしている。通常はホップをまるごと使うが、特に香り成分として作用するのが、苞の中のルプリンという黄色いツブツブだ。このルプリンだけを取り出して極低温の環境下で加工し、高品質な香り成分だけをギュッとペレット化したのが「クライオホップ」という加工法だ。
2017年に開発され、今では世界のブルワリー、特に世界的に人気が高いIPA(ホップを大量に使用し、ホップ香を特徴にしたビール)に取り入れられている。日本でもいくつかのクラフトビールブルワリーが採用しているが、大手のレギュラー製品で使用されたのは初めてだ。
「グッドエール」はクライオホップと、3種類のアロマホップを組み合わせて使用している。アロマホップは文字通り、香りが強いホップだ。一般的には、このほかにビターホップといって苦味を付与するホップが併用されるのだが、「グッドエール」はアロマホップのみを使用している。
クライオホップにはルプリンのオイル分とアルファ酸が多く含まれ、一般的なホップよりも粘度が高い。そのため、キリンの従来の工場設備ではホップが詰まってしまう事態が生じた。そこでキリンは新たな設備を導入。「グッドエール」定番化に向け、大量生産体制を整えた。
日本の長いラガー市場にエールタイプがいよいよ参上
2つめの特徴は製法だ。キリンはホップを麦汁の発酵中に投入する「ディップホップ製法」という独自製法をもつ。これを「グッドエール」に応用。ホップの香りを存分に引き出すために、クライオホップを発酵中に漬け込み、その後に濾過する「ブライトアロマ製法」を採用した。これにより雑味を抑えられ、よりクリアでフレッシュな味わいが生まれる。
キリンビールのマスターブリュワー田山智広さんは、「たっぷりのアロマ感を堪能していただきたいので、ビアスタイルはキレのあるラガーではなく、複雑で香り豊かなエールとしました。(中略)キリンの酵母バンクの中から、華やかな香りを出しつつも味わいを邪魔しない特別なエール酵母を厳選し、醸造しました」と語る。
パッケージの鮮やかなオレンジ色とあいまって、なんとも華やかな雰囲気をかもすビールである。来年の酒税変更を見据えて発売された、ちょっと贅沢なビール。今のところ、大手の主力ビールの中でエールタイプは、サントリーのザ・プレミアムモルツブランドの「香るエール」、サッポロビールのヱビスブランドから繰り出される数量限定ビールなど少数派。長いことラガービール主体だった日本のビール市場に、エールタイプが浸透していくどうかも注目だ。
取材・文/佐藤恵菜