約40年にわたってトレンド/モノを紹介してきた小学館の雑誌「DIME」。2025年11月号ではキャノンのコンパクトデジタルカメラ「Powershot V1」について直接開発チームに取材をしながらその特徴や開発秘話を聞いた。本記事はその内容を一部再編集し、公開する。
大きさはコンパクトデジタルカメラ(以下コンデジ)のサイズに収めつつ、動画撮影にも妥協しないレベルを目指した今商品をしり、秋の行楽シーズンや年末年始など動画を撮影する機会が増えるタイミングで是非購入を検討してほしい。
キヤノン『PowerShot V1』

PowerShot Vシリーズのフラッグシップモデル。同サイズの中では大きい1.4インチセンサーと光学ズームレンズを搭載し、クリエイターも納得の1台に仕上がった。35mm判換算時、焦点距離約16~50mm相当の光学ズームレンズ搭載、常用ISO感度最高32000を達成(静止画撮影時)。デュアルピクセルCMOS AFⅡ for PowerShotを搭載。


『PowerShot V1』14万8500円(編集部調べ)
お話をお伺いしたキヤノン開発チームの皆様

華山龍也(はなやま・たつや/右)
イメージング事業本部 IMG製品第三開発センター 主任研究員。電気設計担当。冷却ファンの省電力化と静音化を実現。
山田悠太(やまだ・ゆうた/中央右)
イメージング事業本部 IMG第一商品企画センター。商品企画担当。世界の市場動向を分析し、製品性能と市場性を両立させた。
上原 匠(うえはら・たくみ/中央左)
イメージング事業本部 IMG製品第三開発センター 室長。製品チーフ。チーム戦で最大性能を引き出しヒットに導いた。
若松達也(わかまつ・たつや/左)
総合デザインセンター。プロダクトデザイン担当。サイズ感と操作性、安定性を両立させたデザインを実現。
PowerShot V1の企画背景と狙い
V10の成功を継ぐ「Vシリーズ」旗艦構想
商品開発の現場では、個人の力量でヒットが生まれることがある。例えば強い思いを持ったマーケターが潜在ニーズを見つける場合だ。一方、キヤノンは違った。製品開発を主導したイメージング事業本部・上原 匠が話す。
上原:「カメラって複雑な技術の結集なんです。誰かひとりの思いだけでは技術的に破綻しかねません」
様々な専門家が意見を出し合うのだ。例えばレンズ、電気回路、メカ、ファームウェア、デザイン、さらにはレンズが伸びたり縮んだりする〝鏡筒〟の専門家……上原は「ざっくり挙げただけで、もっと細分化されていますよ」と笑う。
彼らが取り掛かったのは、2023年に発売され大ヒットした『PowerShot V10』に続くPowerShot Vシリーズのフラッグシップモデル、『PowerShot V1』の開発だった。詳しい紹介は下に譲るが、同機は動画撮影に特化しており、世界各国の動画で発信したい層に支持されていた。


「動画×静止画=1台完結」を掲げた市場仮説
企画の方向性を決めるのはイメージング事業本部・山田悠太の仕事だった。彼は各国の販売会社が望む商品をリサーチし、同時に技術陣にどこまで開発可能かを諮って方向性を定めた。
山田:「我々は 『オールインワン、動画も静止画もこれ1台』『どんなシーンでもいい画が撮れる』カメラを目指すことにしました」
大きさはコンパクトデジタルカメラ(以下コンデジ)のサイズに収め、動画撮影の使い勝手と性能に妥協のないレベルを実現する。
山田:「その上で、静止画の撮影でも世界のクリエイターが納得する性能を目指します。例えばV10は固定広角レンズでしたが、V1では光学ズームレンズの搭載を考えました。これにより、撮影シーンに応じて自在に画角を変えられるため、多彩な撮影が可能になります」
固定広角から光学ズームへ
もちろん動画も変わる。スマホのデジタルズームと違って遠くの被写体も画質を劣化させず撮影できるから、例えば、近くの人物を大きく写したり、背景を広く入れた構図にしやすくなるため、旅行や日常の撮影で人物と風景をバランスよく収めることができる。
さらにはセンサーも新規開発することにした。センサーはレンズを通して入ってきた光を電気信号に変換するもので、大きければ画質や表現力が向上する。
簡単に言えばスマホでは絶対に撮れず、かつコンデジ最高峰の画作りに挑戦すると決めたのだ。
この野心的な開発を指揮する上原は、今までチーフとしてどんな機種を担当してきたのか?
上原:「いえ、私は長く鏡筒を専門にしてきた人間で、開発のチーフを務めるのは今回が初めてです」
開発方針の確立(V10→V1の進化軸)と試行錯誤
コンデジサイズ死守と性能上限の同時追求
開発は、週に1度関係者全員が集まる会議を軸に進み、様々な部分の性能や大きさが同時並行で決まっていく。議論の多くは主に、「コンデジのサイズで可能な限界はどこか」 だった。上原が話す。
1.4型センサー採用の意図と画質メリット
上原:「例えばセンサーです。大きくしたいのですが、大きければレンズも、それを動かすメカもおのずと大きくなります」
1.4インチを中心にその前後のセンサーサイズを想定して、それぞれでどんな画が撮れるか試してみる。同時に、どのセンサーを搭載するとカメラがどれくらいの大きさになるのかを検証する。具体的な作業を行なったのは、総合デザインセンターの若松達也だ。
若松:「1.3インチの場合はレンズや各部品がこれくらいの大きさ、1.4インチなら……と考え、3Dプリンターでモックアップを作っていくんです」
コンデジ初の冷却ファン搭載に挑戦
さらなる進化も必要とした。電気回路の設計等を担当したイメージング事業本部・華山龍也が話す。
華山:「高画質化により、そろそろファンの搭載が必要だったんです」
多くのパソコンに冷却ファンが搭載されているのと同様に、コンデジの画質が上がり、長時間の撮影が求められるようになると、ファンが必要になるのだ。
華山:「しかし、ファンをつければ消費電力が上がり、動画撮影の時に回転音が邪魔になります。このサイズでファンを搭載するのは初めてになるので、正直難易度はかなり高いんですよね」
小型化と性能のせめぎ合い
彼らの話を聞くと「このサイズでは初めて」という言葉が幾度も出てきた。そこで開発陣に聞いた。〝性能は上げたいが小型にもしたい〟となれば部署ごとに「君のメカを小さくしてくれ」「いや、それは無理」といった争いは起きないのか? 若松が話す。
若松:「なかったですね。私も『このボタンを何mm横に動かしたい』といった要望を幾度もしましたが、それによるメリットも説明することで皆さん対応してくれました」
チーフ上原のリーダーシップ
意欲的なプランを立てたものの実現できず、引き返してプランを立て直したことは? 華山が話す。
華山:「それもなかったですね。チーフは各部門の技術者の話を徹底的に聞いてくれました。だから製品として成り立つのはどのあたりかを知っているんですよね」
冒頭で上原本人が言った通り、この開発はチーム戦だった。そこで上原はチーフになる前から、様々な部署の専門家と話し、技術的な情報を集め、それぞれの部署がどれくらい頑張れば何を実現できるか頭に青写真を描いていたという。上原が話す。
上原:「皆さん技術者なので、できること、できないことを論理的に説明してくれます。私はそれを聞いた上で、皆さんが『ここまでならできるかな?』と納得できる依頼をするよう気を付けてきました。
リーダーには様々なスタイルがあると思いますが、私は先頭に立って『俺についてこい』ではなく、皆さんの納得感を引き出して進めていくタイプなんでしょうね」
リーダーに知識があるから、技術者もデザイナーも無理難題を押し付けられることはない。だが決してラクでもない。可能な中で最もチャレンジングな目標に向かって進むことになるからだ。
そんな中で、各部署が問題解決に取り組んでいった。
立ちはだかった難題と施した工夫
高性能レンズの実装
レンズは約8.2〜25.6mm、35mm判換算で約16〜50mm相当(静止画撮影時)。スマホや一般的なコンデジに比べ「より広く写せる」が、これをコンデジサイズに収めるのは難しかった。製造時、設計図からごくわずかでもずれると画像に悪影響を及ぼすのだ。上原が話す。
上原:「この時、担当者は組み立ての工程に新たな工夫を加えました。例えば組み立て中に結像の評価を行ない、一台一台間違いなく想定通りの画が出るようにするとか」
ファンの静音性の担保
中でも、ファンは最も難しい問題だったと華山が話す。
華山:「まず消費電力を抑えるため、使っていない機能を自動でオフにするなど細かい調整をいくつも加えました。その上でファンは、内部の温度を測りながら、低速・中速・高速の3段階で動きます。ただし、これだけではどうしても、動画撮影中にブーンという回転音が入ってしまうんです」
こんな時に、現場が納得しているか否かが問われるのだろう。華山はできることはすべて試した。例えばカメラの筐体とファンを繋ぐ部分に、柔らかく振動が伝わりにくい素材を使い、付け方や大きさなどを幾度も試した。ファームウェアにも工夫を加えた。ほかにも、ファンの回転数を上げる時、急に上げると音も一気に大きくなる。そこで、回転数をゆっくり上げ、極力、音が動画に影響を与えないよう仕上げた。
実験開始──静かな実験室で試作機を動かしてみる。その時、上原は言った。
上原:「ちょっと待った。これ、本当にファン回ってるんですか?」
それはリーダーの挑戦に、現場が応えた瞬間だった。
試行錯誤の末に実現した「コンデジ理想形」PowerShot V1の特徴

と語る製品開発チーフ上原 匠さん
長時間撮影を可能にした”ファン”
コンデジにファンを搭載した機種は「知る限りこれが初めて」(上原)。エンジンやセンサーなどで生じた熱を高速ファンで放出、4K30P、環境温度30度でも2時間以上の長時間撮影が可能となった。

一般的なコンデジの約2倍の面積を確保したセンサー

スマホやエントリー向けコンデジに搭載される1/2.3型センサーを基準にセンサーの面積を比較すると、一般的なコンデジに使われる1型は面積約4倍。『PowerShot V1』の1.4型センサーは面積約8倍となる。なお、ミラーレス一眼などに使われるAPS-Cは面積約11.5倍。コンパクトなボディにプロユースも可能なセンサーを搭載した。
追求した”手と指を誘導”するグリップ

と語るデザイナー若松 達也さん
ベストを尽くしたのは若松も同じだった。彼は美大でプロダクトデザインを専攻しており、機械の機能性と美しさを両立させる仕事はまさに「昔からの夢」。そんなエネルギーを思う存分この新機種に注ぎ込んでいた。
「特にこだわったのはグリップの形状です。様々なシーンで使えるなら、通常撮影でも自撮りでも持ちやすくしたいですよね。だからグリップを握った瞬間、手や指を自然と誘導し、安定する姿勢に導く形を、握らなければわからないほどの精度で作りました。もちろんボタンの位置にもこだわっています」
そんな中、上原と華山にはまだ懸念があった。ファンも回路もでき、徹底的に小型化もしたが、使いやすいサイズに収まるか不安だったのだ。若松のこだわりと両立できるのだろうか? しかしデザインは若松に委ねるしかない。
そしてある日、チーム宛てに若松から「モックアップを見せたい」と連絡があり見てみると……。
若松:「むしろ想像より小さかったんです。『え? これ?』と驚きました」。
若松が話す。
若松:「全体が四角いままだと大きく見えます。そこで上面の後ろ側を大きく斜めにカットして 、実際より小さく薄く見えるように工夫しました」
半年待ちのヒットとチーフ上原の思い
市場の反応
こうして、性能は欲張り、しかし大きさはコンデジサイズに収めたカメラが誕生した。努力の答えは、市場の反応がはっきり示した。生産が間に合わず半年待ちとなるほどヒットしたのだ。
上原の思い
上原に聞いた。初めてのチーフでなぜここまでできたのか? 彼の人柄なのだろう、上原は少し照れ、こんな話をした。
上原:「先輩のチーフたちの動きを見て、考えてきたんです。私は今回、自分の手は動かせませんから、どうすれば皆が結果を出してくれるのか、と。あとは技術部門の皆さんが壁に当たっても諦めず努力してくれたことが大きかったですね」
要するにこういった機械の開発は、音楽に例えればソロでなくオーケストラに近いのだろう。
名指揮者はこう付け加えた。
上原:「このカメラを使えば、今まで表現できなかった画を表現できるはずです。カメラは私たちが作ったので、次は皆さんがどんな表現をしてくださるのか、私はそれが楽しみです」

この記事が掲載された小学館が発行するDIME 2025年11月号はこちら
取材・文/夏目 幸明 
撮影/干川 修 
編集/髙栁 惠
WEB再構成/吉田 博明
※本記事内に記載されている商品やサービスの価格は2025年8月31日時点のもので変更になる場合があります。ご了承ください。







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