
かつて日本の輸出品といえば自動車やAV機器などの「工業製品」ばかり。だが現在ではラーメンなどの「食べもの」やアニメなどの「ポップカルチャー」も海外で人気を博している。
では世界各国では実際にどんな日本文化がトレンドとなっているのか。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターたちの集まり「海外書き人クラブ」が、居住国や旅先で出会った「日本文化」を紹介する。

松花堂弁当風だが独特なオーストラリアの「Bento Box」。
松花堂弁当のような「Bento Box」が人気
オーストラリアの日本料理店で今人気があるのが「Bento Box」だ。「Bento」は「弁当」。つまり日本語に直訳すると「弁当箱」となる。とはいえ給食がない幼稚園児や児童や生徒、さらには社会人が昼食用に持参したり、遠足に持って行ったりするあの「弁当箱」とは異なる。「Bento Box」は日本の「松花堂弁当」で使われるような仕切りのある容器の入れられた食事の名称だ。
とはいえこの料理が「Shokado Bento」と呼ばれることは聞いたことがない。「Bento Box」のほうが英語が母語の人にしてみたら圧倒的に発音しやすいからだろう。
この「Bento Box」の人気の理由は以前紹介した「Izakaya(居酒屋)」同様、「あれこれちょこちょこつまめること」。さらに「居酒屋」のつまみの場合は何を頼むが自分で選ばなければならないので難易度が高いというか各種日本料理への「慣れ」が必要だが、「Bento Box」の場合最初からすべてセットになっている。日本食初心者にとっては敷居が低いのも人気の理由だ。
オーストラリア人好みの「Bento Box」とは?
実際の中身を見てみると、店によってかなり違いがある。大きく分けると「日本の松花堂弁当に近いもの」と「オーストラリア人などの外国人が好きな日本食を寄せ集めたもの」の二つの傾向がある。
まずは後者の例を見てみよう。

内陸部の小都市の日本料理店のもの。
右上から時計回りで「てんぷらのものあわせ」「揚げ出し豆腐」「揚げ餃子」とかなり揚げ物率が高い。左下は「照り焼きチキン」とライス。天つゆの入った小皿の上は「生野菜のサラダ」。そして「裏巻きのアボカドロール」で一周だ。

円形の「Bento Box」も。
こちらはトンカツ、かき揚げ、クリームコロッケ、揚げ出し豆腐、揚げ春巻き。小さな卵焼きと漬物を除くと、揚げ物で押し切った感がある。
日本の松花堂弁当に見られる「上品さ」よりも「モリモリ感」が強いが、食べ盛りの高校生など日本人でもひかれる組み合わせといえるかもしれない。

こちらはもう少し上品ではあるがメニューにかなり偏りがある。
右上が「てりやきサーモン」とライス。その下が「鶏の唐揚げ」。「海老とブリとサーモンの握り寿司」に、「マグロとサーモンとブリの刺身」と「卵焼き」。こちらも「松花堂弁当」とはかけ離れているが、寿司と刺身と照り焼きと三パターンでシーフードが味わえる魚好きにはたまらない組み合わせだろう。
ちなみに日本で照り焼きにする魚というと「ブリ」が多いだろうが、オーストラリアでは「サーモン」のほうが主流だ。
「日豪いいとこどり」のハイブリット型「Bento Box」
一方でもう少し日本の松花堂弁当に近い「Bento Box」もある。

こちらはグッと品数が多くなるが……。
写真右側が「てんぷら」と「さしみ」。左側の奥がおそらく「アボカドとサーモンと卵焼き」「サーモン」「照り焼きチキン」の3種類の「裏巻き寿司」。そして「松花堂弁当」かつ「幕の内弁当」っぽくなるのが左下の部分。「鶏の唐揚げ」「揚げ豆腐の田楽」「蒸しエビ」「卵焼き」「焼き魚」「煮物の盛り合わせ」の他に「揚げ春巻き」と「スモークサーモン」が所狭しと入れられている。

天ぷら別盛りの「Bento Box」も。
こちらはさらに豪華になる。中央がマグロとサーモンとイカの「刺身の盛り合わせ」。写真手前が「巻き寿司」で、具はおそらくツナやてりやきチキン。
左は「モートンベイバグ」の蒸したもの。和名は「ウチワエビモドキ」という身もふたもないものだが、英語の「バグ」も「虫」「甲虫」という意味なので似たようなものだ。だが味のほうはエビに近いし、見た目の大きさから豪華感もある。
その奥が「スモークサーモン」とか「オイスター・キルパトリックス」(細かく刻んだベーコンとウスターソースを乗せた焼き牡蠣でオーストラリアの名物料理の一つ)。この2つのエリアはグッとオーストラリア食が強くなる。
だがその隣は「鶏の唐揚げ」「揚げ豆腐の田楽」「蒸しエビ」「卵焼き」「焼き魚」「揚げ春巻き」と松花堂弁当っぽくなり、右側に見えるのは「手羽先の唐揚げ」。ちなみに「てんぷらの盛り合わせ」は別に出てくる。
和洋混合だがボリュームはたっぷりだ。
日本の「松花堂弁当」に近い「Bento Box」も
日本の「松花堂弁当」風のものが食べられないわけではない。

日本で出されても違和感がない「Bento Box」もある。
左上から時計回りに「てんぷらの盛り合わせ」「刺身の盛り合わせ」「茶碗蒸し」。右下は「卵焼き」や「きんぴらごぼう」、そしておそらく「里芋の煮物」。中央下は「海鮮チラシ」。左下は画像提供者も覚えていないとのことだったが「ミニステーキ」かもしれない。

こちらは9つに仕切られた豪華版。
いちばん奥は左から「サーモンと黒とびっこの刺身」「牛肉のたたき」「ブリの刺身」。中段は「鶏のから揚げ」「揚げ出し豆腐」「イカゲソの唐揚げ」の揚げ物系。手前は「生野菜のサラダ」「白米」、右下はガリやラッキョウやワサビなどが混在している。
豪州版「Bento Box」の特徴とは?
改めてこれらの日本の「松花堂弁当」風のものも含めてオーストラリアの「Bento Box」を並べてみると、ある特徴があることがわかる。その一つは「煮物」が少ないこと。野菜は「サラダ」か「天ぷら」、はたまた「刺身のツマ」のみのものが多い。
この煮物が少ない理由はオーストラリア人が「薄味のものを好まない」からだろう。寿司や刺身を醤油にべたべたと浸して食べる人も多いし、中には「味がしないから」と白米に醤油をかける猛者もいる。
また「練り物」があまり見られないのも「Bento Box」の特徴だ。これは刺身や寿司や天ぷらや唐揚げなどはオーストラリアで最近人気のIzakaya(居酒屋)風の店舗などや回転寿司などでよく食べられているのに対して、「練り物」はこうした店舗でも提供される機会があまりないからだろう。
さらにある意味で「ゲテモノ」食いを「珍味」と称して喜ぶ傾向がある日本人(特に筆者も含めた飲兵衛たち)と比べて、オーストラリア人は食に保守的な人が多い。煮物に使われるレンコンやサトイモなど「見たこともないもの」には食指が動かないし、練り物のように「元の素材が不明なもの」に警戒心を持つ人がほとんどだ。
よって店側もこうした料理を避けるようになった結果、煮物と練り物が少ないオーストラリア風の「Bento Box」ができ上ったといえる。
それを「邪道」と呼ぶのは簡単だ。だが「日本では食べられない松花堂弁当風弁当」をたのしんでみるのもまたオツだ。なにより箱に仕切りをしてちょこちょことあれこれ食べるという日本の「弁当箱文化」が世界に広がるのを見るのは楽しい。
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住
写真/Taiga
オーストラリアを拠点に活動するIT系なんでも屋。時計と旅と猫が好き。世界115ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。