
アスリートを支える声援という名のエール。アスリートにとってそのエールが大きな原動力となる一方で、残念ながら応援の名のもとに誹謗中傷が起きてしまうこともある。そんな中で今、私たちができるアスリートへの応援とは。
第2回は、オリンピックメダリストで今も現役続行中ながら、日本オリンピック委員会アスリート委員長や日本カヌー連盟副会長も務める、カヌー選手の羽根田卓也さんと考える。
羽根田卓也(はねだ・たくや)
1987年7月17日、愛知県生まれ。ミキハウス所属。9歳でカヌースラロームを始めると、世界レベルでの活躍を目標に掲げ高校を卒業してすぐ強豪国のスロバキアへ単身渡る。リオデジャネイロ2016オリンピック競技大会にてこの競技アジア人初となるメダル(銅)を獲得。パリ2024オリンピック競技大会まで5大会連続出場中。日本オリンピック委員会アスリート委員長を務める。
自然はコントロールできない。だがそれも醍醐味。
「カヌーは長年マイナー競技だったので、僕を応援してくれる人は家族、親戚、関係者がほとんど。SNSのフォロワーは400人ぐらいでした。それがリオデジャネイロ2016大会でメダルを獲ってから4万人になりました」
現役選手として自身を磨くとともに、カヌーの魅力を積極的に発信する羽根田選手にとって、フォロワー数増加は絶好の追い風となった。今回のインタビューで改めてカヌーの魅力について聞くと、次のような答えが返ってきた。
「自然と一体になれる爽快感や非日常感ですね。それに加えて、競技のフィールド(水の流れ)が常に変化することもカヌーの特徴であり、醍醐味の一つです。
自分の番が来たときに、水の流れが不利になっている場合もあれば有利な場合もある。ですから、事前にイメトレはもちろんするんですけど、イメージ通りにいくことなんて、まずないんですよ。スタート直前は『ああ、今日もイメージ通りにはいかないんだろうな……』という一種の諦めの境地です。
全部自分でコントロールしようと思うよりも、川の流れに身を任せて……ぐらいの割り切りがあるほうが体の力が抜けて、いいパフォーマンスができているような気がしますね」
──自分にコントロールできないものに対して執着しない。
それは競技中だけでなく、それ以外の時間においても、だ。羽根田選手がその境地に達するまでには、特にメディア露出が増え知名度が一気に上がってからは、さまざまな葛藤や試行錯誤があったことだろう。
ネガティブなコメントに触れる中で、ふと気づいたこと
「SNSを通じた応援や言葉がけが後押しになり、今日も練習を頑張ろうって思ったことは何度もあります。自分の存在を知ってもらって、届くメッセージの数が増えて。自分を取り巻く応援の輪が大きく広がっていくことで、意識が変わり、モチベーションをいただいています。
ただ、東京2020大会実施が社会的に受け入れられていない時期には、僕にも批判が届いて……。
メディアに出演したことが記事になったら『調子にのっている』などのコメントがついた。そんなある日、一通のDMの矢が羽根田選手の目に刺さった。
<<世の中がこんなに大変な時にスポーツなんかやるな>>
一言一句そのままではないが、そのような内容だった。
「コロナ禍で行動制限があって大変だった時期に、東京2020大会とアスリートは少なからず攻撃対象になりました。そのメッセージを開いた僕は、まずすごくショックでしたが、少し経って、この人がなぜこんなメッセージを僕に投げかけるのか、理由や背景を考えてみたんです。きっとコロナそのものや、コロナに振り回される世の中に不安や不満を抱いていたんだと思います。その吐け口がたまたまアスリートである僕のSNSだったんだろうと……。
誹謗中傷を個人が真正面から受け止めるには限界がありますし、そもそも誹謗中傷は許されるものではないとい思います。でも僕は、相手の視点を想像してみることによって、少しダメージを軽くすることができたんです。」
インタビューで意地悪な質問されても耳を塞いだり目を覆ったりするわけにはいかない。
「自分にコントロールできないもの」には、他人の言葉も含まれる。羽根田選手は、ある程度〝免疫〟をつけておきたいと考えるようになった。
「もちろんすべてのアスリートがそうする必要はないですが、僕はまずSNSのコメント欄を解放して、慣れてきたらエゴサーチもしてみたり、ニュースサイトのコメントを片っ端から読んでみたり。
別の機会には『カヌーなんてどこが面白いんだ。川にポール立ててぐるぐる回って何の意味があるんだ』というコメントを読みました。競技を貶されたのはすごくショックでしたけど、よく考えたら『あれ?この人カヌーのことよく知ってる!』と。むしろ、ネガティブなコメントはカヌーが世の中に浸透してきたことの証明じゃないかと思えたんですよね。要は、視点をずらしてみるということなんです」
他人の視点を借り、心を軽くする。
「視点のずらしっていうのは、僕が長年一緒にやっているスロバキア人のコーチ(ミラン・クバン氏)から学んだことです。寒くて冷たい雨の降る日でも、川に入ってカヌーのトレーニングをしなければいけない。かつて僕はそれで気が重くなったりしたんですけど、彼は『この大自然のパワーを見ろ! こんな醍醐味を感じながら練習できる俺たちは、なんてしあわせなんだ!』って。
一瞬、この人何を言ってるんだと思いましたけど、同じ事象を目の前にしても、人によってこうも捉え方が変わるんだと知れて面白かったですし、それ以来僕のカヌー観にも人生観にも、そのコーチの考え方が根付いていますね」
同じ事実に対しても、視点を変えれば捉え方も変わる。なんだか、悩めるビジネスパーソンにも大きな示唆を与えてくれそうなエピソードだ。
「他人の視点を借りるといいますか、やっぱり自分とは違った見方をするポジティブシンカー(positive thinker)がそばにいると、心が軽くなったりするものです。
アスリートに限らずきっと誰にでも当てはまると思いますが、ネガティブな感情を抱いた時や心が傷ついてしまった時、信頼している人に話してみるのは有効なんじゃないでしょうか。あまり物事を大きく考え過ぎないで『大丈夫だよ』って言ってくれる人が、僕は好きですし、みなさんの周りにもそういう人がいるといいなと思います」
羽根田選手を勇気づける言葉とは?
「カヌーで日本人がメダルを獲るなんて、誰も信じない、雲をつかむような話だったので、それを実現したときに『不可能なんてないな。覚悟を持って一歩踏み出せたら、だいたいのことってできるんじゃないかな』という思いが込み上げたんです」
2026年9月には、彼のカヌー人生の原点といえる地元・愛知の矢作川で愛知・名古屋アジア大会が開催される。最高のパフォーマンスをして恩返しをしたい、という格別の思いを抱く羽根田選手にとって、どんなエールがエネルギーになるのだろうか。
「目標に向かって日々努力することは、みなさんの仕事への意識と同じだと思いますので、アスリートのチャレンジに共感していただけたら嬉しいです」
最後に4つの一問一答!
最後は一問一答で締めくくりを。
Q1好きな食べ物は?
酢の物
「とくに、もずく酢が大好きです」
Q2好きな音楽やアーティストは?
黒夢さん
「ロックが大好きで、その中でも尖っている黒夢さんには勇気をもらってるんですよ。ライブにも何回も行って“推し活”してみたりとか。応援される側ではなく、応援する側の気持ちに浸ってます」
Q3何をしている時が一番しあわせ?
大自然の中で体を動かすこと
「日々のトレーニングも含めて、僕のしあわせです。一人で海外の雪山に出かけて5泊6日毎日スキーばっかりしたことも、すごく楽しかったですね」
Q4 今年ハマったものは?
機動戦士Gundam GquuuuuuX
「ガンダムシリーズをずっと見てきたわけではないんですけど、ジークアクスにはハマってます。配信で今9話目を見終わったところです。ガンプラも作ったことはないんですが、DIMEのガンプラ特集号をいただいたので、これを機にやってみようかな」
その道のりに、賞賛を
日本オリンピック委員会(JOC)と日本パラリンピック委員会(JPC)は、SNSの存在感がこれほどまでに大きくなったことを踏まえ、アスリート等に対する誹謗中傷対策の取り組みとして、アスリートや関係者が安心して競技に集中できる環境を整えるため啓発映像を制作し、各競技団体や関係機関の協力のもと、国内主要大会や各種イベント等で広く展開しています。
DIMEでは、第一線で活躍するアスリートとの対話を通じて、これからの“エールの在りか”を探っていきます。ぜひ今後もご注目ください。

協力/
JOC-日本オリンピック委員会
JPC-日本パラリンピック委員会
協力/JOC-日本オリンピック委員会 JPC-日本パラリンピック委員会
取材・文/江橋よしのり 撮影/高田啓矢 編集・高栁 惠