
かつて日本の輸出品といえば自動車やAV機器などの「工業製品」ばかり。だが現在ではラーメンなどの「食べもの」やアニメなどの「ポップカルチャー」も海外で人気を博している。
では世界各国では実際にどんな日本文化がトレンドとなっているのか。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターたちの集まり「海外書き人クラブ」が、居住国や旅先で出会った「日本文化」を紹介する。

居酒屋ブームのおかげで、オーストラリアでも上質な刺身が手軽に食べられるようになった。
【世界の「日本ブーム」を追え!】
世界を席巻している日本食。先進国だろうが途上国だろうが少なくとも大都会で暮らす人たちでSushiやRamenを知らない人はいないだろう。そんな中、今回オーストラリアから紹介するのは特定の料理ではなく「業態」。それは「Izakaya(居酒屋)」だ。
かつての典型的なオーストラリアのディナーというと、「一つの皿にステーキがド~ン! そこに大量のポテトがド~ン! グリーンピースやニンジンといった温野菜が加わることも」というワンパターンだった。特に地方に行けば行くほどその傾向は強かった。
そんな話も今は昔。この20年くらいの間でオーストラリアの食は本当に多様化した。「人出不足の田舎に住めば永住権を与える」という政策により、昔は白人ばかりだった地方の町にもアジア系などの移民が増えたのも、その理由の一つだろう。「ああ、こんなにもいろいろな食べ物があったのか」と、地方に住む人たちも「発見」したのだ。
Izakaya人気の理由は訪日客の急増
そんな中、今オーストラリアで人気を呼んでいるのが「一つの皿にステーキとポテトと温野菜がドーン」とは正反対で、「あれこれちょこまかと食べる」というスタイルが楽しめる「居酒屋」だ。
シドニー、メルボルン、ブリスベンといった大都市では「Izakaya 〇〇」という店名も増えてきたし、「Top10 Izakaya in Sydney」とか「Best 5 Izakaya in Melbourne」といった記事を目にするようになった。
背景として挙げられるのはオーストラリア人の訪日客の急増だ。2014年はオーストラリア人の訪日客が年間約30万人だったのに対して、10年後の2024年には約3倍の92万人! さらに2024年7月から2025年6月までの1年間の訪日客数は100万人を突破したというからこの傾向はまだまだ続くだろう。日本とオーストラリアを結ぶ便の機内を見ても、昔は7~8割が日本人だったのに今やオーストラリア人が完全に主流だ。
さらに彼らは平均宿泊数13泊と滞在日数が長く、日本旅行中に消費する金額は1人当たり40万円を超えて国別で最も多いと言われている。当然飲食にかける予算も潤沢で夕食も牛丼店やラーメン店で済ませるのではなく、居酒屋などに向かう。
そこで「つまみをあれこれ食べる」という居酒屋という今まで知らなかった食のスタイルに遭遇し、SNSなどで発信。それをオーストラリアにいる飲食店関係者が目をつけ、居酒屋ブームにつながったのだと思われる。
人気のメニューは「揚げ物」
能書きはこれくらいにして実際の居酒屋系の店に入ってみよう。

居酒屋スタイルの日本料理店のテーブル
お皿の上に和模様のひざ掛け用のナプキンが置かれていたり、テーブルにキャンドルが置かれていたりと多少洋風なところはあるが、テーブルの天板が黒やそれに近い濃い色の木目調で居酒屋らしさは十分に表現されている。
人気のメニューはなんといっても揚げ物、特に鶏の唐揚げだ。それにトンカツ、タコの唐揚げやカキフライ、てんぷらなどが加わる。そんなに脂質が多いものばかり食べてだいじょうぶなのかと気になるが、「日本食はヘルシー」神話を頑なに信じているオーストラリア人も多く、気にするそぶりも見せない。ほとんどお笑い芸人サンドウィッチマンの「ドーナッツは形が0だからカロリーゼロ」理論に近い。

揚げ物が並ぶテーブル。

マヨネーズがデフォルトでかかっていることも多い。

写真奥の餃子も人気メニューの一つ。
限られた種類の刺身
日本の居酒屋で力を入れている料理の一つが刺身だろう。定番以外に旬のものを提供することで、リピーター獲得につなげている店も多い。
一方オーストラリアで出される刺身はサーモン、マグロ、ブリ、タイ、ホタテ、イカ、締めサバなど種類が限られている。
大陸とはいえ海に囲まれている国なのにと不思議に思われるかもしれないが、獲れるかどうかという問題ではなく、「珍しい種類の刺身を出してもなかなか注文されず結局は売れ残る」からだろう。白子とかこのわたとかなめろうといった少々マニアマックな一品を好む「のん兵衛気質」がこの国に輸入されるまでには、まだ少し時間がかかるかもしれない。
また刺身のツマもニンジンだったり、ラディッシュやキュウリのスライスで代用されたりすることが多いのもオーストラリアの特徴だ。

ラディッシュのスライスが乗った刺身盛り合わせ。
オーストラリアではアジア食材店ではない普通のスーパーマーケットや青果店ではダイコンはあまり売られておらず、食べたことがない人たちも多い。彼らから「これはなんだ?」と質問されたりいぶかしがられたりするのを避けるためだろう。

わさびがまるで「ラテアート」のような状態になっているのは、オーストラリアのみならず海外の刺身盛りの「あるある」だ。
「派手」「華やか」に振った盛り付け
その刺身も含めて盛り付けが全体的に「派手」または「華やか」なのも、オーストラリアの居酒屋メニューの特徴の一つだ。

全体的に華やかなイメージであることがおわかりいただけるだろう。

どことなくパステル調の色合い。左上のニンジンとライムのスライスとガリの組み合わせが特にその傾向を強めている。
日本の「粋」な盛りつけとは一味違うが、見慣れてくると「これはこれであり」だと思うようになる。日本の居酒屋だとどうしてもスペースの関係で小さめの皿に多く乗せる盛りつけになりがちだが、オーストラリアでは大きめの皿を用いることでそれをキャンバスに見立てた「刺身アート」がつくれるといった感じだ。
当然他の料理の盛りつけも「派手」または「華やか」なものになる。

牛肉のたたき。肉の上にスライスしたラディッシュやガーリックチップ、刻みネギが載せられてまるで大輪の花のよう。
昨今の「SNS映え」ブームを考えるとこうした「派手な盛りつけ」が日本に逆輸入されることもあるかもしれない。
「便乗商法」と「問題点」
ただしこのようにブームになると「便乗商法」が出てくるのは世の常。たとえばショッピングセンターの通路にある「各種巻き寿司のテイクアウト店」でアルコールは一切提供しないのにも関わらず、サーモンの刺身やタコ焼きや枝豆を提供するだけで「Izakaya」と名乗る店などだ。これが居酒屋だと勘違いされてしまうと、「話題になっているけど……大したことないね」と本物に足を運んでもらう機会が奪われてしまいかねない。
同様に利益を生みそうなところに「新規参入組」が群がるのも世の常。もちろん店舗が増えるのは悪いことではなく、現地在住の日本人としても喜ばしい限りだが、質が低い店が増えればブームも一過性のものに終わってしまう。
とはいえ先ほどもお伝えしたように訪日客数は年間約100万人と、オーストラリア人口の約4パーセント近く。「本場日本の居酒屋の味」を知るオージーたちだから、質の低い店も自然と淘汰されていくのかもしれない。
それを願って乾杯!
文/柳沢有紀夫
世界約115ヵ国350名の会員を擁する現地在住日本人ライター集団「海外書き人クラブ」の創設者兼お世話係。『値段から世界が見える』(朝日新書)などのお堅い本から、『日本語でどづぞ』(中経の文庫)などのお笑いまで著書多数。オーストラリア在住