
バイクに乗らない私が夏のある日、八丈島で電動スクーター、ホンダ 「EM1e:」に乗る機会があった。電動スクーターは、モーター駆動のため、2ストエンジン独特の「ブルル~」という音を発することなく、排気ガスのニオイもなく(嫌いではないのですが)、「シィ~シィ~」と極めて静かに走る。
豊かな自然をたっぷり味わえる静音性
ヘルメット超しに聞こえてくるのはタイヤが路面を捉える音と風切り音くらいでとにかく静か。おかげで、島では蝉や鳥の鳴き声、木々を通り抜ける風のそよぎを感じやすく、バイクに不慣れな私でも操作はやさしく、楽ちんだった。クルマでは得られない八丈島の豊かな自然をたっぷり味わうことができたのだと思う。
ところで、この電動スクーターはバッテリーの脱着ができるのが特徴。これを自宅で充電したり、“ガチャコ”というバッテリーのシェアリングサービスを利用すると、街中にあるステーションで交換しながら走行を続けられるという。パーソナルモビリティならではの新しい移動スタイルを提案している乗り物だと言える。「EM1e:」は50ccバイク相当の走行性能が与えられており、カタログスペック上の航続距離は53km(30km/h低地走行テスト値)となっている。実際の走行距離がカタログ値の7割ぐらいだとしても、近距離の移動にはかなり便利な乗り物ではないかと思った。
話は少し逸れるが、ホンダの移動の提案については過去に、ユニークな発想で開発された2輪車を発表している。それが、初代「シティ」(1981年)のコンパクトなトランクに搭載できる「モトコンポ」だ。また、誰も覚えていないかもしれないが、「ステップコンポ」という折りたたみ式のコンパクト電動アシスト自転車も存在した。これは2001年に、ホンダが同年に発表した新型「ステップワゴン」に収納できる専用マシンということで注目された。実は私、このホンダらしい発想に惹かれ、当時の生活環境にマッチしていたということもあり「ステップワゴン」ユーザーでなかったが、「ステップコンポ」を購入した記憶がある。
「EM1e:」が2023年に登場した際のコンセプトワード「ちょうどe(いい)Scooter」。特別なデザインが施されているわけではないところが良いとも言えるし、せっかくなら、もっとホンダらしいコンセプトバイクのようなスタイリッシュなデザインも見てみたい気がした。だが、足代わりに使って盗難のリスクも考えると、飾らない存在感がかえってちょうど良いのかもしれない。
ところがこの外観、実は通常のスクーターと大きく異なる点がある。リヤにインホイールモーターで駆動することだ。エンジンを搭載していないのでマフラーがないのは当然だが、チェーンのようなメカパーツもない。そのせいか、とてもスッキリして見える。脱着式のホンダ[モバイルバッテリーパックe:]に内蔵されるリチウムイオンバッテリーの性能は、50.26V/26.1A、重さは約10kg。脱着はとても簡単に行なうことができる。
専用のバッテリーチャージャーを使えば、自宅の部屋で約6時間(バッテリーの状態にもよる)で満充電になるそうだ。またこのスクーターにはUSB-Aの充電ソケットやドリンクホルダーも充実しており、バイクに詳しくない私としては意外と快適装備に配慮していることに感心させられたが、今どきは常識なのかもしれない。
今回は、ひょうたん型の八丈島の下の方、南東部を反時計回りにグルッとまわるルートを27kmほどプチツーリングした。観光名所をいくつか立ち寄り、カフェでお茶をしたり、「PEARL」のギョサンを物色したり・・・電動スクーターで島内をゆるゆるっとツーリングした。八丈島は信号も少なければ、クルマも少ないので(町中は時間帯によってはやや混雑することもあるらしけれど)、私のようなバイクに不慣れな者にも優しい。一方で、実は八丈島はアップダウンも多く、サイクリストにとって「挑戦しがいのあるコース」だと言われているらしい。そんなわけで電動スクーターは本当に快適だった。
部屋で充電して静かでスイスイと快適なチョイノリができる利便性
「EM1e:」の加速は唐突ではなくバイクに不慣れな私でもスロットル操作に神経を使うこともなく、スロットルを緩めれば思うような減速も得られる。さらにブレーキも非常に安定していた。左レバーでブレーキをかけるとフロントタイヤにもほどよくブレーキ配分をする「コンビブレーキ」を採用。減速時の前後バランスがより安定するおかげで、峠道のコーナー進入も心強かった。唯一、スクーターは両足を揃えて乗るため、コーナリングは少し難しくやはり慣れが必要みたい。
八丈ブルーの海を真横に走ることもできたし、三原山の麓を走る山間路でも所々で海をのぞくことができる。このルート(八丈一周道路)には難所の「登龍峠」(※山の上から道路を見下ろすと龍が天に昇るように連続カーブが続く(見える)ことからその名が付いたという)の過酷なワインディングもあり、ここでは「EM1e:」が少々非力に思える場面も正直あったことも一応記しておきたい、クルマの少ない峠道を気兼ねなくスクーターで走るのはちょうど良く、とにかく気持ちが良かった。南国のような樹木の密度や大地を肌で感じられ冒険するような感覚、クルマでドライブするのともまた違う。
27km程度走った後、バッテリーの残量は49%。平均車速は不慣れなライダーが観光ツーリングをゆるゆる楽しんだため電費には優しかったかもしれない。島の移動は自家用車の移動が基本で、中でも軽自動車が圧倒的に多い印象だった。買い物に出かければ荷物を積む必要があるだろうから、やはりクルマ社会なのだろう。とはいえ、移動の範囲(距離)がある程度限定されるエリアの移動には「EM1e:」のような航続距離のスクーターも活躍できるかもしれない。
今後、バッテリーのシェアリングサービスがより利用しやすくなれば可能性も移動範囲もより拡がりそうだ。電気自動車のニーズと同様、より長距離走行が可能なバイクを求める人もいるかもしれないけれど、コミューターとして一定の距離を走ることのできる電動バイク、部屋で充電して静かでスイスイと快適なチョイノリができる利便性も含め、これはこれで「ちょうどe(いい)」と思う人もいるもいるのではないか。
■関連情報
https://www.honda.co.jp/EM1e/
文/飯田裕子