
「1000円弱」と聞いてあなたは何円をイメージするだろうか。950円くらい?それとも1000円を少し超えた金額だろうか。では、「1000円強」と言われたらどうだろう。
最近になって「○○弱・強」という表現の解釈にギャップがあることがSNSを中心に話題になっている。実際の意味と、なぜ誤解が広がっているのかを見ていきたい。
1000円弱は1000円以下!
結論から言えば、1000円弱は「1000円よりすこし少ない」、つまり950円前後を指すのが正解だ。辞書を引くと、「弱」は“端数を切り上げたとき”、「強」は“端数を切り捨てたとき”に用いるとされている。
「そんなの当たり前だ」と思う人も多いだろう。だが、現代においてそれは常識ではない。NHK放送文化研究所が2024年に実施した調査によると、1000円弱を「1000円より少し上」と誤解している人が20代で19%、30代で21%、40代で15%に上った。また、NHK放送文化研究所の2016年の調査では、「1時間弱」を「1時間より長い」と認識している人が10代で34%、20代で25%、30代で14%に上った。つまり、日常的に耳にする表現でも世代によって意味の捉え方が大きく分かれているのだ。

※NHK放送文化研究所ホームページより
なぜこの誤解が生じたのか?
背景にはいくつかの理由が考えられるが、そもそも「○○弱・強」という言い回しに触れる機会が減ったことが大きいのではないだろうか。かつては活字で頻繁に目にした表現だが、現在では「約」「くらい」「前後」といったシンプルで分かりやすい表現に置き換えられることが多い。特にSNSやチャットといった短い文章が中心のコミュニケーションでは、「1000円弱」と書くより「1000円いかないくらい」と表現する方が直感的で伝わりやすい。「1000円強」と言いたいときも「1000円ちょい」といったカジュアルな言葉が好まれているのが実情だ。「弱・強」という表現はもはや“古めかしさ”を感じさせるいわば死語なのかもしれない。
「弱・強」の誤解が思わぬ事態に発展することも!?
いずれにせよ「ちょっとしたニュアンスの違い」に思えるかもしれないが、意外な事態に発展することもある。たとえば引っ越しの際、不動産業者から「徒歩10分弱」と伝えられた場合、本来は8~9分程度を意味する。ところが12~13分かかると勘違いしてしまい、実際よりも駅から遠い物件だと思い込んでしまうケースがある。
同じように職場でも誤解は起こり得る。上司から「今回のプロジェクトは1年弱見ておいてほしい」と言われた場合、本来は10~11か月程度の想定だ。しかしこれを13~14か月と受け取り、進捗の見通しを誤ってしまえば、チーム全体のスケジュールに影響が及ぶ可能性もある。
8時10分前論争も…。
同じような言葉のニュアンス問題としてよく知られているのが「8時10分前論争」だ。「8時10分前」と聞いて「7時50分」と解釈する人もいれば、「8時8-9分程度」と理解する人もいる。基準を「8時」と取るか「10分」と取るかで意味が全く異なってしまうのだ。この論争は特に世代間のギャップが大きいようで、「8時10分前集合」と言われた部下が「8時9分」に来て驚いたという例がネットではまるで寓話のように囁かれている。
こうした例からも分かるように、便利な言葉ほど微妙なニュアンスの違いを招きやすい。誤解を避けるには、「1000円いかないくらい」や「7時50分」といった、直感的な表現や具体的な表現を使うことが有効だろう。言葉は生き物で、常に死語と新語が生まれ続けている。話す相手を意識し、どう伝わるかを考えて言葉を選ぶことが大切だ。
文/宮沢敬太