
韓国・永宗島。名前だけを聞いてピンと来る日本人はあまり多くないだろうが、仁川国際空港がある島と言えば理解してくれる人はぐっと増えるだろう。
この島が、日本人にとっては「手軽な海外旅行先」になっているという。
確かに、日本から仁川までは飛行機で僅か2時間ほど。東京から新大阪まで、新幹線のぞみで行くようなものだ。しかし、永宗島が旅行スポットとして注目されている理由はそれだけではないらしい。1泊2日、或いは2泊3日だけの弾丸旅行であれば、ソウルはおろか仁川市内に移動しなくとも十分に満足させてくれるだけの設備や遊び場を備えているという話を筆者は耳にした。
さらに——いや、そうであるが故に永宗島は韓国の若者にとっての「流行最先端地」と化しているとのこと。この話を聞いて、「本当か?」と筆者は首をひねってしまった。ならば、早速確認しに行ってみようではないか!
「空港隣接のホテル」のイメージを覆す
静岡の自宅から車で5時間かけて、成田空港に到着した。途中で渋滞に巻き込まれてたため、予定より2時間もかかってしまった。
そんな苦労をした後、たった2時間のフライト時間で仁川国際空港に到着。そして、そこからタクシーで15分。ここは仁川空港の西隣、エンターテインメント統合リゾート『INSPIRE』。外国人専用のカジノが併設されている宿泊施設、日本風に言えば「IR施設」だ。
「空港隣接のホテル」のイメージを、見事に覆す施設と言ってもいいだろう。
成田空港はまさにそうだが、その周辺にあるホテルは要人を歓迎するための宴会プランなども用意されてはいるものの、やはりそこは「トランジットのためのホテル」。現実問題、空港周辺のホテルに宿泊することが目的で来日する観光旅行者は極めて少ないだろう。
しかし、INSPIREはそうではない。カジノのみならず、世界各国の有名飲食店や全天候型屋内プール『スプラッシュ・ベイ』、コンサートや格闘技イベントなどを開催することができるアリーナなどが文字通り統合されている。今回の取材旅行では、総合格闘技団体『Black Combat』の興行を観戦する機会に恵まれた。これは近年注目されつつある団体で、有力選手を続々と輩出している。そうしたスポーツ興行も、INSPIREの中にあるアリーナで催されているのだ。
ここで営業する飲食店を一つ挙げるとすれば、『マイケル・ジョーダン・ステーキハウス』。NBAの伝説的プレイヤー、マイケル・ジョーダンがプロデュースする店舗だ。
韓牛を使ったステーキは、その1枚1枚がとにかく分厚い! が、その見た目に反して肉質が柔らかく、まるで舌の上で溶けるような感触すら覚えてしまう。
肉と言えば、チャイニーズダイニング『ホンパン(紅盤)』の北京ダックもなかなかの迫力。筆者はここで人生初の北京ダックを食べた。長年抱いていた人生の目標の一つが、まさか国外で叶ってしまうとは……。
これらの店をざっと取り上げてみても、空港周辺のホテルにありがちな「とりあえず感」が一切見当たらない。どうせここにいる宿泊客は、これからソウルに向かうはずだ。だから、とりあえず彼らを満足させるだけの食事を提供しよう……という態度では全くないのだ。
INSPIREは、経由地ではなく目的地である。徹頭徹尾永宗島で旅行を完結させようとする観光客を取り込みつつ、トランジット目的の利用者にもタッチできるサービスを展開していると書けば良いか。
永宗島は「新文化形成の地」
永宗島は、海水浴ができるビーチを抱えている。夏は非常に暑く、保健当局が熱中症への警戒を呼びかけるプッシュ通知を発信するほどだ。
だからこそ、7月と8月には外国人だけでなく韓国人もここを訪れる。仮に韓国人がINSPIREに宿泊したとしても、カジノは利用できない。したがって、この施設を拠点に近郊のビーチへ繰り出すか、INSPIREの中にあるスプラッシュ・ベイで休暇を楽しむ。また、外国人の往来が多い永宗島はそれ故に「新文化形成の地」となっている。それはちょうど、アメリカの幹線道路ルート66に沿う都市が独自の発展を遂げたのと似た現象かもしれない。永宗島由来の飲食チェーン店も存在する。
「韓国の最先端文化」を味わう目的であれば、何も交通費をかけてソウルに行く必要はない……と論じるのは極論だろうか。しかし、INSPIREには上述のようにアリーナが設けられている。アイドルユニットの公演も頻繁に行われているため、それが目的であれば永宗島の外へ行く必要性は(他に目的がない限り)あまりないと言える。
10万ウォンでも長く遊べる!
さて、INSPIREの目玉施設と言えばやはりカジノ。
上述の通り、このカジノは韓国人は入場禁止。入口でパスポートを提示して会員カードを作成する。このカードはクレジットやポイントを読み込ませる機能を有しているため、プレイには絶対に欠かせない。インスパイアカジノのもう一つの特長として、日本語対応のスタッフが常駐しているということ。換金方法、ゲームのルールなど分からないことは何でも近くのスタッフに聞くと教えてくれる。
カジノというと、賭けた金があっという間に吸収されてしまうというイメージがある。しかし、INSPIREのカジノのスロットは10万ウォン(約1万600円)あればかなり長く遊べる。ベット額が最も低い設定のスロットであれば、数時間のうちに何度も波乱展開が訪れるはずだ。
なお、今回の筆者の戦果は6万1720ウォン。日本円にすると6,000円ほどだ。このくらいの勝ちが一番身の丈に合っている。6万ウォンあれば、リキュールショップでそれなりのワインを購入することができる。
もちろん、バカラやポーカー、ブラックジャックといったテーブルゲームの台も豊富に用意されている。日本にも「テーブルゲームを楽しめるバー」は存在するが、金を賭けることは当然できない。このあたりは、海外旅行だからこその体験と言えよう。
カジノで「心の垢」を洗い流す
年に数回しか食べないような豪華な食事に舌鼓を打ち、アリーナでコンサートを鑑賞し、夜はカジノで少しだけ遊ぶ。大人に許されている「たまの贅沢」が、ここでは完全保証されている―—と表現すればよいか。
筆者が20代の頃、シンガポールのカジノでプレイをした時は心臓がずっと高鳴っていた。パチンコなどとは比べ物にならないほどのクレジットの乱高下と、それがもたらす興奮。スロットで倍々ゲームのような当たりを出した時などは、ボタンを押す手が震えていたほどだ。
あの日から年月が流れ、今や筆者は40代。この世の理屈を大体知ってしまったため、今更カジノで一攫千金などを狙う気はない。では、ここでスロットを回す目的は何か。敢えて言えば「何者でもないただの男」になるためだ。
手元の小遣い銭が、INSPIREのカジノで必ずしも増えるとは限らない。が、普段できない遊びをすることで胸の内に蓄積された垢を洗い流す。それと同時に、仕事での肩書きや立場から一時的にでも解放されるためにカジノへ足を運んでいるという側面も確かに含まれている。
仕事とは、業種はどうあれ常に生産性を追求する行為。しかし――いや、だからこそ人間は時折「生産的でないこと」を敢えて行い、心の垢を洗い流す必要がある。生産的でないこと、それは要するに「遊び」だ。そして、大人の遊びの最たるものは賭博ではないか。
その遊びの末に土産を買える分の払戻金を手にすることができたら、賭博の心構えを知っているか非常に強い運を持っているかのどちらかである。
文/澤田真一