
明るく広い店内には、カワイイ系のキャラクターが描かれた漢字練習帳やノートがずらり。
日本でおなじみの「ダイソー」が、観光地でもなく日系企業がひしめく大都市でもない、アメリカ西部の街で注目を集めている。2025年7月にオープンしたばかりの、ユタ州クリントン市もそのひとつだ。
グランドオープニング当日は、朝早くから建物を一周取り囲むほどの列が。地元の若者や家族連れ、おじいちゃんおばあちゃんまでが次々と吸い寄せられている。
なぜ今、アメリカの地方都市に「日本的な暮らしの知恵」が受け入れられているのか。現地のリアルな反応とともに深掘りする。

なぜユタ州の郊外にダイソーを出店したのか?
現在では全米に150以上の店舗を展開する、広島県に本社を置く「ダイソー」。アメリカ初のダイソーUSAが、ワシントン州シアトル近郊にオープンしたのが2005年。20年後の2025年、ユタ州の州都ソルトレイクシティの郊外に3店舗がオープンした。その背景にはいくつかの要素があるようだ。
ユタ州は全米でも人口増加率が高い州のひとつ。特に今年ダイソーUSAがオープンした、クリントン市、プロボ市、ミッドベール市では住宅開発が進み、家族世帯が急増している。

2025年7月にクリントン市にオープンしたダイソーUSA
州都のソルトレイクシティ中心部は、駐車スペースが限られている。ほとんどが屋内駐車場や路肩駐車スペースで、時間制限があり有料な場所が多い。
一方、郊外は無料の広い駐車場が完備された大型ショッピングモールやパワーセンター型の商業施設(屋外駐車場を中心に、店舗が点在・並列している商業施設)が集まっており、アクセスしやすいのだ。
車社会のユタ州は、来店客は車で来て目的の店に入り、まとめ買いをするライフスタイルが主流。広い駐車場は、ベビーカーを押した子ども連れファミリーにとって便利なので、生活者にとって大きな魅力と言えるだろう。
家族層が多く、雑貨や収納グッズがヒットしやすい地域性も加わり、ダイソーの「安くて便利、ついでに買いやすい」業態が相性抜群なのだ。
店員が語るリアル、「日本以上に丁寧」と驚いた日本人女性客
オープン初日から入店する顧客の層が、子ども連れファミリーから、10代の若者グループ、そして年配の方までと幅広いダイソーUSA。アジア系だけではなく、さまざまな背景を持つ人たちが来てくれてうれしいと語るのは、アルバイトスタッフのまとめ役を担う、アメリカ人のロンダさんだ。

取材協力をしてくれたロンダさん。手に持っているのは大好きな日本のドリンク「なっちゃんオレンジ」
ロンダさんが開店当初に日本人の顧客から受けた、驚きのエピソードを語ってくれた。
「ある日本人女性のお客さんが、すごく親切に接してもらえたって驚いてたんです。日本でもここまで気を配って、声をかけてもらったことはないそうです。それを聞いて、わぁ、ありがたいなって思いました。その女性はユタ州に住んでいるわけではなく、旅行で来ていたんです」
日本の「おもてなし文化」が注目されるなか、アメリカでは丁寧な接客を期待していない人も多い。ダイソーUSAでの思いがけない心配りが、その女性には一層うれしく感じられたのかもしれない。
日本企業のグローバル市場での優位性は、商品や価格だけでなく、接客体験そのものが強みになると言えるのではないだろうか。
ユタ州で「日本文化が人気」という追い風
ユタ州はアニメや漫画、日本食などの「日本ブーム」が根強い地域。毎年ソルトレイクシティで盛大に開催されるユタ州日本祭りでは、浴衣やコスプレを着てイベントを訪れるアメリカ人の若者が年々増えている。
そんな日本好き消費者の期待に応えるかのように、ダイソーUSAの広い店内には生活便利グッズ以外にも、日本のお菓子や飲料水、ラーメンや調味料までそろっているのだ。
それもそのはず。ダイソーUSA公式サイトによると、「10万品目を超える商品をそろえた、家庭のニーズに応えるワンストップショップ」というブランドの方向性が明記されている。

棚を埋め尽くす日本のカップラーメン。根強い人気がうかがえる
店内を案内してくれた販売スタッフのエンジェラさんは、母親が日本人で、英語と日本語に堪能だ。
「開店以来人気を集めているのは、ラーメンやお菓子です。ポッキーやうまい棒、レモン味のスナック類は特に好まれています。でも意外だったのは、お掃除用のスポンジなんです。眉毛が吊り上がったキャラクターが、アメリカ人と日本人の両方から大人気なんですよ」

驚くほど売れているスポンジ。アメリカ人にとっては「日本らしいユニークさ」が購買動機になっているようだ
エンジェラさんにはもうひとつ「日本文化が人気」を感じる理由がある。
「アメリカ人のお客さんはよくしゃべります。これはどう使うの?と商品のことを次々と聞いてくるんです」
見慣れない商品がズラリと並ぶ店内で、店員に積極的に声をかける顧客の様子から、日本文化への好奇心と親しみの広がりが自然と伝わってくるようだ。
課題もあるが未開拓市場としてのブルーオーシャン
エンジェラさんによると、顧客から「値段が少し高い」という声が寄せられることもあるそう。
「為替レートの変動だけでなく、輸送コストや関税が上乗せされるため、どうしても価格設定が日本より高くなってしまいます。お客さんから、どうやって値段を見るの?と聞かれることもありますが、説明すれば納得して買い物を楽しんでくれます」
価格の表示方法そのものに対して強い不満があるわけではないようだ。つまり、商品そのものの魅力や日本ブランドへの信頼感が、価格のハードルをある程度乗り越えているといえる。

店内のあちこちに表示されている価格表
ダイソーUSAでは「2.25米ドルから」という価格にすることで、日本のユニークな商品を買えるお得感を残しつつ、輸送費や関税、人件費などのコストをカバーできる位置づけにしている。
また日本のようにSNSを効果的に活用しており、商品を「見せる」だけではなく「面白い使い方や便利な活用シーン」まで伝えることで、ファンを増やす工夫をしている。
しかしユタ州在住の日本人コミュニティからは、「まだまだ認知が足りない」「利用方法の楽しいSNS投稿が少ない」「価値が分かりにくいのではないか?」という声もあがっている。
同じアメリカ西部でも、カリフォルニア州やワシントン州ほど日系小売りが進出しておらず、競合も少ないユタ州。「日系ブランドがまだ珍しい=話題性が高い」という観点から、ダイソーUSAの今後の展開が楽しみだ。
取材・撮影/トロリオ牧
2001年渡米、ユタ州ウチナー民間大使。アメリカでスーパーの棚入れ係やウェイトレス、保育士を経験したあとアメリカ政府の仕事に就く。政府職員として17年間務めるが、パンデミックをきっかけに「いつ死んでもOK!な生き方」を意識するようになり2023年辞職。現在はNHKラジオ出演や日本のWebメディア執筆など幅広く活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。